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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第1章 崩れ去る日常
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第4話 もうおしまいにしよう

 翌日、用務員が屋上から転落死したというニュースは周知され、屋上への立ち入り禁止は徹底される事となった。


「ねー聞いた? 用務員さんの話」

「屋上から落ちて死んだんだってね……自殺?」


 当然話題はその事でもちきり。

 加えて、生徒たちの間にはある噂が広まっていた。


「そういや先生に聞いたんだけどさあ、屋上で”青白い肌の不審者”がウロウロしてて逮捕されたらしいよ」

「じゃソイツに突き落とされたとか?」

「つか青白い肌って何よ? ウケる」

「でも怖くなーい?」

「それな」


 クラスメイトたちの話し声を聞き、夜島は苦い気分になった。

 前日に自分が飛ぼうとしていた場所で、死人が出たのだ。

 それを思うと、フェンス修繕のため用務員を向かわせた罪悪感と共に、自分が死と隣り合わせの脆い存在である事を実感するのだった。


***


 あの日以来、芥と夜島は体育館前のベンチで一緒に昼食をとるようになった。


 互いの事もだんだんと分かってきたが、それぞれの抱える闇については詮索していない。

 これは二人間での、暗黙のルールのようなものだ。

 そもそも全幅の信頼を置くつもりなど無いのだから、打ち明ける必要性が無いというのが、芥の思うところであった。


 『言うだけでも楽になるかもしれないよ』などと言う根拠のないお節介かつ無責任なセリフを耳にする度、虫唾が走る。

 芥に言わせれば、”言うだけで楽になる程度の傷”なら、大した事は無い。

 自分の内側の闇をさらけ出す事は、古傷をわざわざこじ開ける行為に他ならない。

 闇を解消する術も無いくせに、『うんうん分かるよ』と軽率に頷いて優越感に浸りたいだけの自己満足偽善者が、彼は心の底から嫌いだった。


「アクヤってさあ」


 夜島の声で、一気に現実に引き戻される。


「文化祭何したいとかあんの?」

「あー、特に無いなあ」


 二年に上がってすぐに例の一件が起き、気付けばもう五月も終わろうとしていた。

 六月には毎年恒例の文化祭が行われるのだ。


「ヤミコは何かあんの?」

「んー別に」

「去年何やったっけ」

「私はえーっと、そうだメイドカフェ。アクヤは?」

「俺は、何だっけ……あーそうだお化け屋敷」

「ありきたりだね」

「メイドカフェに言われたくねーわ」


 二人きりの昼休み。

 こんなやりとりをしていると、本当に二人が旧知の親友であったかのように思えてしまう。

 が、所詮は数週間前に初めて言葉を交わしただけの”他人”だという事を、芥は常々忘れないようにしていた。


 別に夜島を友達だとは思っていない。

 向こうだって、メンヘラに理解のあるやつが自分しかいないから仕方なく群れているのだろう。

 そう、これはただ群れているだけ。

 心を開いたふりをしているだけ。

 友達どうしを演じているに過ぎない。


「今年は何するのかねー」

「俺は何でもいいや」


 文化祭など、全体が団結して取り組まなくてはいけないようなイベントは疲れる。

 楽しそうにしていないと浮いてしまいそうなあの空気がどうも苦手だ。


「はあー……めんどくせ」


 そういえば、夜島は一年生の頃もずっと一人ぼっちだったらしい。

 表面上笑顔で取り繕って"友達ごっこ"が可能な芥とも違う彼女は、文化祭をどう乗り切ったのだろう。


「ヤミコ、去年のメイドカフェの時はどんな感じだったの?」

「どんな感じ? って言われてもなあー。ああいう子供っぽい盛り上がり嫌いだから、静かにしてたよ」

「静かにって、係の仕事とかどうしたの?」

「私は衣装係になったから、一人で端っこで衣装作ってた」

「衣装って、メイド服?」

「うん。私、裁縫とか得意だし」

「すげえな」


 芥は何となく、夜島の手元にある弁当に視線を落とした。

 丁寧に並べられた素朴なおかずに、どことなく懐かしさのようなものを感じる。


「でも、文化祭当日は休んじゃった。可愛い子たちに混ざってメイド服着るの、恥ずかしくて」

「ふーん」


 ヤミコも可愛いけどな、という言葉が芥の舌先まで出かかったが、すんでの所で呑み込んだ。

 そして、そんな事を言いそうになった自分に驚愕した。


(ヤミコと関わり始めてから、どうもおかしい……)


 分かっている。

 他人と仲良くするメリットなど無い。

 大切なものを作ったって、失う悲しみが大きくなるだけだという事を、芥は知っている。

 いやと言うほど、知っている。


「あのさ、ヤミコ」

「何?」

「一緒に飯食うの、もうやめよう」

「……そう。どうして?」


 何も言わずにこのベンチに来るのをやめるという手もあったが、また探されても困る。


「俺は一人が好きなんだ」


 そう言い残して、芥はベンチを後にした。

 友達ごっこは、もうおしまいだ。

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