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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第1章 崩れ去る日常
3/23

第3話 まるで友達みたいな

 とある昼休み。

 屋上には、昨日の一件で引きちぎれたフェンスを撤去するため、二人の用務員がやって来ていた。


「あらら。こりゃ随分派手に折れちまってんなぁ」

「老朽化って聞いてたが、本当か?」

「学生サンのイタズラかね」


 古びて自然に折れたとは思えない、ひしゃげた様子のフェンスを見て、用務員は首を傾げた。


「鍵はかかってたはずだが……つってもあんな古い鍵、あって無いようなもんか」

「そうだな。最近のガキは何しでかすか分かんねえ」


 50歳近い二人の男は、雑談に興じながらダラダラと作業を始めた。


「そういやぁ昨日のニュースでもあったよな。ガキが母親を噛み殺したって」

「あー、おっかねぇ中学生もいたもんだ」

「怖い世の中だぁな。俺たちが若い頃はよ──」

「あっ……」

「ん?」


 男が手を止めて振り返ると、相棒は俯きしゃがみ込んでいる。


「どうしたよ? 具合悪いのか?」


 自身の顔面を覆っている彼の手を伝って、赤黒い液体がポツンと床に垂れた。


「あぁ鼻血か。ティッシュ貸してやるよ」

「うぅ……」

「何だ? 苦しいのか?」


 彼は両手で顔を拭うと、真っ赤になった自分の手の平を見つめ動かなくなった。


「おいおい、どうしたってんだよ? 嫁サンに嫌われ過ぎておかしくなっちまったか?」

「……れは……くない……」

「え? 何て?」


 ボソボソと呟く相棒の声を聞きとろうと、傍らにしゃがんで耳を寄せる。


「俺は……俺は悪クない……」

「お前本当に大丈夫かよ?」


 とりあえずティッシュを差し出そうとポケットに手を入れた瞬間。

 血まみれの手のひらが、介抱しようとする男の喉元を掴み締め上げた。


「グッ……やめ……」

「おれはわるくなイ……わルクないぃぃ……わるくなぃいおおれはおレはおレわオれわ──」


 全身の肌が青白く染まり異形(いぎょう)と化した彼は、男の喉を片手でがっちり掴んだまま引きずっていく。

 そしてそのまま屋上の縁に立つと、ゴミ袋を集積所に出すかのように、男の身体をポーンと放り投げた。


「なん……で……」


 上空20メートルに放り出された男の視界に、”相棒だった男”が映る。

 それは鼻血ではなく、目から血を流すバケモノの姿だった。


***


 同じ頃。

 フェンスの修繕作業により憩いの場を奪われた芥は、体育館前のベンチで一人、購買で買った焼きそばパンを食べていた。


 モグモグとパンを頬張りながら、校庭の方を見た。

 さっきまで雨が降っていたせいで、植え込みの緑色がキラキラと輝いて見える。


 場所が変わっても、ボッチ飯である事に変わりはない。

 一人が好きな彼は別に、寂しいなどとは思わない。

 しかし、なぜだろうか。

 夜島の顔がやけに頭に浮かぶ。


 それにしても、昨日あれだけの事があったというのに、あれ以来一言も喋ってない。

 放課後もすぐに帰った様だったし、ジマミのアカウントも消えていた。


 そういえば夜島さんって、誰と昼食をとっているのだろう。

 いつも一人でいるイメージだけど。


 そんな事を考えていると、芥の肩越しに近い位置から声がした。


「ねえ」

「うおっ!?」


 少し驚いて振り返る。

 横を見ると、いつの間にか夜島が同じベンチに腰掛けていた。


「隣、良い?」

「良いって……もう座ってんじゃん」

「たしかに」


 そう言って彼女は、弁当を取り出した。

 小さく手を合わせてから蓋を開ける。


──不思議な子だな。


 パンをかじりながら、黙々と弁当を食べる彼女の横顔を見る。

 肩にかかるくらいの真っすぐな黒髪に、スッと通った鼻筋。


 和美人って、こういうのを言うんだろうか。

 でも少しあどけなさが残ってたりして……あれ、もしかして夜島さんってけっこう可愛い?


「芥君」

「ん?」


 見とれていたのがバレたかと跳ねる心臓を抑え、校庭を見つめ平然を装う。


「昨日ね、見ちゃったんだ」

「え、何を?」


 どちらかと言うと、決定的瞬間を見ちゃったのは芥の方だが。


「その、手首」

「……ああ」


 そういえば昨日、彼女は芥の左手首を思いっきり掴んでいた。

 その時見たのだろう。

 彼の手首に散乱する、無数の切り傷を。


「これね」


 芥は、何て事ないという風に手首をさらけ出して見せた。

 実際、見られたってかまわないというのが本音だ。

 これらの傷ができたのも数年前なので、跡はだいぶ薄くなった。

 若いうちの傷は消えやすいらしい。


「もうほとんど見えないっしょ」

「そう、かな……」


 彼女は興味深そうにじっくりと傷を見る。


(なに)で切ったの、それ」

「ハサミ」

「へえー。私カミソリ派」


 そう言って彼女も、自分の袖をめくって見せた。

 芥と違って新しい傷らしく、数本の赤い線がくっきり残っている。


「カミソリかぁー、思いっきりやると死ぬやつじゃん」

「そうそう」


 奇抜すぎる会話。

 少なくとも、高校生の男女がランチ中にする会話ではない。

 夜島もそれ以上深掘りしてこなかったので、芥は別の話題を探した。


「えっと……夜島(やじま)さんってさ、そのお弁当自分で作ったの?」

「ヤミコね」

「あ」


 そういえばそうだった。


「ヤミコって呼んでって言ったじゃん。あんな事あった後で、他人行儀にする方が変でしょ」

「そうだね。ごめんヤミコ」

「自分で作ったよ」

「え?」

「だから、お弁当よ」


 ヤミコ。

 浅からざる闇を抱える彼女にはうってつけの名前だと、芥は思った。


「ところで芥君は、あだ名とか無いの?」

「うーん。高校入ってから仲良いヤツいないからな……」

「中学ん時とかは?」

「ああ……」


 中学の時の事は、出来れば何も思い出したくない。

 出来れば、何も。


「じゃあ私がつけてあげる」


 芥の返事を待たずに、夜島は切り出した。

 一人で黙っているイメージだった彼女が普通に喋る意外性に、芥は若干押されていた。


「えーと、下の名前って何だっけ」

千隼(チハヤ)

芥千隼(あくたちはや)ね。アク……チハ……うーん」


 夜島はしばらくぶつぶつと考えていたが、やがて顔を上げた。


「アクヤ。アクヤ良いじゃん」

「アクヤ……」


 響きが”悪役”に似てるな、というのが芥の第一印象。

 しかし、やけにしっくり来た。


「まあ悪くないな」

「じゃあアクヤで決まり。改めて宜しくね、アクヤ」


 夜島はそう言うと、真顔のまま右手を差し出して来た。


「お、おう」


 パンをベンチへ置いて右手で握り返す。


 改めて握手って何だよ。

 欧米か?


 握手が終わると、夜島は何事もなかったかのように弁当を黙々と食べ始めた。

 芥の右手にはまだ、妙に温かく柔らかい感触が残っている。


(こんなのまるで、友達みたいじゃないか)


 芥は感情を殺すかの様に、焼きそばパンを強めに握った。

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