第20話 誰かのために戦う事が、真の勇気だ
「……アクヤ?」
今にも夜島の命を刈り取ろうとしていたハサミを受け止めたのは、進路指導室から飛び出した芥だった。
両腕を前に突き出し、攻撃を真正面から受け止めている。
バケモノは「うぅぅ?」と困惑の声を上げながら後ずさった。
と同時に、床にボタタッと大きめの血だまりが形成される。
夜島は怪我をした片足を庇いながら歩み寄り、芥の腕を見た。
「アクヤ、これ……!」
「いッてぇ……」
彼の両腕の肉はザックリと斬り裂かれ、骨が露出していた。
額には脂汗が浮いている。
「止血しないと……えっ?」
夜島は目を見張った。
切断面から肉がミチミチと再生し、骨まで届いていた切創がみるみるうちに塞がったのだ。
「アクヤ?」
芥も驚いているのか、黙ったまま傷跡を見つめている。
「大丈夫なの?」
「ああ、治った……?」
「きりさいテやるゥウ! おマエもぉお、オまえもおぉオお!!」
ハサミのバケモノはぽかんと芥の様子を見ていたが、突然我に返り叫び始めた。
「あのっ、私、どうしたら……?」
振り返った芥の視界に飛び込んできたのは、槍を握った手をわなわなと震わせる女子生徒。
そして、その後ろにうつ伏せに倒れている男子生徒。
芥は片手を差し出して言った。
「その槍、貸してくれる?」
「はいッス……」
芥は市川の槍を受け取ると、バケモノの懐へ飛び込んだ。
「ぅぅうウぁぁあっ!!」
咄嗟に突き出された二本のハサミが、芥の両肩を抉る。
「いテぇッ……!」
両肩から大量の血が吹き出すと同時に、芥の瞳が一瞬だけ赤く光った。
苦痛に顔を歪めながらも、進む足は止めない。
強引に間合いを詰めると、槍をバケモノの胸の辺りに力ずくで突き刺した。
「いてえけど……何かこれ、生きてるって感じがするぜ!」
「うウぅうあアああ!!」
芥はそのまま突っ込み、敵の身体を窓へとぴったり押し付けた。
串刺しになったバケモノが、貫通した槍を引き抜こうともがく。
パリッと音を立ててガラスにヒビが入った。
「落ちろぉッ!」
バシャーンという大きな音と共にガラスは砕け散り、バケモノは上空16メートルへ投げ出された。
同時に、芥も勢い余って窓の外へと投げ出される。
「やべっ」
「アクヤ!」
頭から落ちそうになった芥の足首を、夜島が掴み止めた。
そのままずるずると引き上げられる。
「ふぅ、助かったー……やっぱヤミコ、力あるな」
「アクヤ、だよね?」
「は? 何言ってんだよ……あ……」
芥は、ガラスの破片に反射した自分の顔を見た。
頬に出来た血涙の痕を見て、その問いの意味を悟る。
「俺は──」
──どっちだ?
その時。
進路指導室のひしゃげたドアが開いて、中から壷内が現れた。
夜島が尋ねる。
「壷内君は、なんでそこに?」
「生徒指導室と裏で繋がってたんです」
壷内が咄嗟に逃げ込んだ生徒指導室と、芥が閉じ込められていた進路指導室は、裏の目立たないドアで繋がっていた。
そこで目を覚ました芥を見た壷内は、イチかバチか、芥の拘束を解いたのだった。
「芥先輩が正気で良かったですよ」
「ありがとな、俺を信じてくれて」
「別に、あのままでもどうせみんな死んでましたから」
芥の腕と両肩の傷は塞がっていた。
数秒前の傷が治癒しているところを見ると、やはり芥の身体にはただならぬ変化が起きているようだ。
彼らは気絶した旗野を家庭科室まで運ぶと、夜島の捻った足に応急処置を施し、バリケードを再構築した。
「アクヤ、とりあえずその服、着替えてきたら?」
「……確かに」
芥は血まみれの制服を捨てて、家庭科室に置いてあったワイシャツに着替えた。
顔や髪についた血を洗い人間らしい見た目になった芥を見て、市川が口を開いた。
「あの……芥先輩、ッスよね」
「どうした? えっと……」
「一年の市川ッス。さっきはありがとうございましたッス」
「いやこちらこそ。バケモノになりかけた俺を、殺さないでおいてくれてありがとうな。もしかしてヤミコが止めてくれたのか?」
「はいッス。ちなみに、壷内は真っ先に殺そうとしたッス」
「おいそういうの言うなって!」
市川の頭に、壷内がチョップを入れた。
「んで、様子を見るために隔離したのは旗野部長の考えッス」
「旗野部長? あぁその人の事か。何か見た事あるな……」
「スポチャン部の部長ッスよ」
市川は心配そうに旗野の顔を見た。
外傷は無く、脈拍も呼吸も安定しているので命に別状は無さそうだ。
「私のせいで倒れちゃったッス。旗野部長」
市川のくりくりした両目に、大粒の涙が浮かんだ。
「二人でいた時も、きっと寝ないで見張ってくれてたんスね。私……気付かなくて……」
夜島が無言で市川の背中を撫でた。
壷内もふと、旗野の顔を見た。
眠っているだけと分かっていても、妙に安らかなその寝顔を見ていると不安になる。
(旗野先輩がいなくなったら、僕たちは迷うだろう。ここで司令塔を失うのはマズいんだ)
壷内は、自らの不安の正体をそう考えていた。
しかしそれ以上に、旗野を先輩として、人として慕っている自分にも気付き始めていた。
『誰かのために戦う事が、真の勇気だ』
旗野の言葉、もといブレイブクエストの名セリフが脳裏をよぎる。
(旗野先輩。あなたは勇者ですよ)
壷内は父親の言葉に従い、いつだって自分中心に生きてきた。
しかし思春期の彼が熱中したのは、父の教えとは正反対のゲーム。
人々のために戦う”ブレクエ”の主人公。
そして、それを正しいと信じ体現する旗野に対し、憧れを抱いている自分からはもう目を逸らせなかった。
(僕も、勇者になれますかね……?)
「大丈夫? 壷内君」
芥が不思議そうに壷内の顔を見ていた。
「何でもないです……あと、”壷内”で良いですから」
そう言って、壷内は不器用に笑った。




