第19話 再会
翌日。
彼らが目を覚ましたのは昼過ぎだった。
「ふぁーあ……久しぶりによく寝たッス~……」
適当に布を繋ぎ合わせて端材を詰め込んだだけの布団だが、何も無かった今までよりも良く眠れた事は確かだった。
夜島が作った食事を終えると、旗野が決意を固めた様に立ち上がる。
「よし。じゃあ今日は、芥君の様子を確かめにいこう」
夜島が「誰が見に行くの?」と尋ねた。
「いざという時に対処できないとまずいからな。俺と市川が行こう」
「了解ッス」
「待って。私も行く」
夜島が再び口を挟んだ。
その力強い声色に、旗野も説得の隙を見出せなかった。
「私も行く。良いでしょ?」
「分かったよ。どうせダメと言っても来るんだろう? ……じゃあ市川、お前は西階段の見張りに変更だ。東階段は壷内に任せる」
四人は準備を整えると、バリケードを最小限崩して家庭科室を出た。
壷内は西階段でマッチと火炎瓶を構えて待機し、市川は反対側の東階段まで行って槍を構え見張る。
旗野と夜島は芥の監禁部屋、もとい進路指導室に向かった。
「少なくとも、脱出しようとして暴れた形跡は無いようだな……」
(血涙の症状が出てから長時間耐えた人間……いや、長時間経過した人間すら、俺は見た事が無い)
もしこの奥にいる芥が人間のままならば、それは彼にとって未知の存在だ。
旗野の心には恐怖と、少しの好奇心が湧き上がってくる。
「まずはバリケードを崩さなきゃな。夜島さん、手伝ってくれ」
「うん」
二人はドアの前に置かれた長机と椅子を撤去していく。
そこまで厳重なものではなかったので、すぐにドアへと到達した。
旗野はドアに手をかけようとしたが寸前で止め、目を細め口を開いた。
「夜島さん。もし芥君がモンスターになっていたら、俺は──」
「旗野先輩ッ!」
壷内の叫び声。
と同時に、走り出した彼の背後にあった壁の一部が斬り裂かれた。
「敵襲か!? 夜島さん、壷内、後ろに隠れてろ!」
「来たッスね!」
駆けつけた市川と旗野は武器を構え、10メートル先にいるバケモノと向かい合った。
昨日撃退したバケモノと形態は似ているが、その両腕のハサミは更に大きく、鋭くなっている様に見える。
「コイツ、昨日のヤツッスよね?」
「でっかいハサミに、顔には火炎瓶で焼けた跡がある。間違いないだろう」
「きリさいて……やルゥぅうおおおオあああアア!!」
雄叫びを上げながらブンとハサミを振ると、壁に大きな亀裂が入り鉄骨が露わになった。
「昨日より強くなってないスか!?」
「攻撃力はな……だが当たらなければ同じ事だ」
旗野は盾を腹側に抱え込む様に持ち、右手側を敵に向けて剣を中段に構えた。
攻撃重視の構えだ。
「うルルるぅぅううウぁぁあっ!」
バケモノはハサミを振りかぶりながら、四人の方へ走り込んでくる。
「みんな避けろ!」
旗野と市川は突進をギリギリでかわし、壷内は近くにあった空き教室へ滑り込んだ。
夜島は寸前でハサミを避けたものの、床に置いてあった長机につまづき転んでしまった。
「痛……」
「大丈夫ッスか!?」
夜島に狙いを定めたバケモノの進路を断つ様にして、市川が立ち塞がった。
「私だって……やるときゃやるんスよ!」
迫りくるハサミを捌いて反らし、腕の付け根を狙って槍を突き出す。
が、もう片方のハサミではじき返された。
「やっぱ”繰り突き”じゃ威力が足りないッスね……」
「市川危ない!」
槍の刃先に気を取られていた市川に迫るもう一つのハサミを、旗野が盾で殴るようにして弾いた。
刃の部分に直撃していないので、盾は斬られていない。
「助かったッス」
「相手の武器は二本、しかも変則的だ。一人じゃ捌ききれな……おっと」
旗野は少しよろめいた後、ガクンと膝をついた。
「旗野部長!?」
「クソ、流石にキツいか……」
市川と小講堂に立て籠もった二日間に加え、家庭科室で過ごした一日。
旗野は毎晩、単独で見張りをしていた。
つまり合計で三日三晩の間、彼は一睡もしていないのだった。
心身共に過酷な状況で睡眠を取れていないのは、文字通り命取りだ。
「旗野部長! どうしたんスか旗野部長!?」
「キりさいテやるぅぅウ……!」
「!?」
市川は、うずくまった旗野の前に立つと歯を食いしばって槍を構えた。
さっきまで威勢の良かった彼女だが、急に震え出した足を動かす事は出来なかった。
「私だって……私だって……!」
大好きな旗野を守らなくては。
その気持ちとは裏腹に涙が溢れ、身体は言う事を聞かない。
味わった事の無い恐怖と戦っていた、その時。
「──あなた、弱いわね」
夜島が言い放った。
突然語りかけられたバケモノは困惑し、自分の足元に倒れている夜島を見る。
「うぅ……ァ?」
「そのハサミで切り裂きたいのって”人”なの? それとも──」
「ぁゥウぅぅ」
「──”心”。とか?」
夜島は無表情のまま吐き捨てた。
その妙に落ち着き払った態度が逆鱗に触れたのだろうか。
バケモノの顔色はみるみるうちに変わっていった。
「ゥゥうウウアあアああぁあ!!!!」
バケモノは大きくのけ反って天井を見上げると、ブンブンともがく様にハサミを振り回した。
廊下の窓ガラスは砕け散り、天井や壁に無数の切痕がついていく。
ヒュッと音を立て、ハサミが夜島の目の前数センチをかすめた。
「私……死ぬかもね」
いきりたった見境無い一撃は、今度こそ夜島の顔面をとらえようとしていた。
全身の力が抜ける。
「さよなら」
死ぬのは不思議と怖くない。
なぜなのだろう。
(やっぱり私って、普通じゃないのかも)
そんな事を考えながら、迫りくるハサミをぼんやりと見つめていたその時。
ガンッ。
進路指導室から飛び出した人影が、ハサミの一撃を両手で受け止めた。




