第18話 信じるモノに救われたりするだろう
深夜。
彼らは、夜島が作った即席の布団で眠りに就く事にした。
「ぐがー…ぐがぁー……ッス……」
災害レベルのいびきをかく市川の横で、壷内は黙って天井を見つめていた。
(僕は……これで良いんだよな? 父さん)
***
『陽兵。お前はイジメられないようにな』
壷内の父親が常々言っていた事だ。
学生時代イジメを受けていた彼は、自分の息子には同じ思いをしてほしくなかったのだろう。
壷内が幼少の頃から、『自分を一番大切にしろ』と教え込んでいた。
その結果が、今の壷内だ。
これまでの人生でイジメどころか、バカにされたりイジられる様なポジションにもなった事が無い。
友達と呼べる存在も多く、不自由無い学校生活を送ってきた。
『仲間を作る事は大切だが、自分より大切なモノなんて無い。それを忘れるんじゃないぞ、陽兵』
野球チームに入っていた小学校時代、致命的なミスをしてレギュラーを外されそうになった日。
クラスメイトの悪事を教師に告げ口したのがバレそうになった日。
異形の怪物に追いかけられ、初対面の先輩を蹴り落としたあの日も。
あらゆる不運の矛先から逃れるため、彼は他人を身代わりにしてきた。
周囲の人間を容赦なく切り捨て、突き落とし、盾にして生き残ってきた。
(……これで良いんだよな)
階段から落ちてゆく横井のぽかんとした顔が脳裏に浮かぶ。
それをかき消す様に、壷内は起き上がってかぶりを振った。
「チッ……」
「眠れないのかい?」
囁く様な声の主は旗野。
製作したばかりの長剣を持って、バリケードの前に置かれた椅子に座る彼の顔を、自作のアルコールランプに灯る小さい炎が照らしている。
「……旗野先輩は寝ないんですか?」
「俺は見張りだからな」
「ああ、そうでしたね」
壷内は音を立てない様に立ち上がると水道まで歩き、水を一口飲んだ。
そしてそのまま、旗野の側の椅子に腰掛ける。
「旗野先輩、さっき市川さんの事守りましたよね」
「ん? ……あー」
ハサミのバケモノに狙われた市川の前に、旗野が立ちはだかった時の事だ。
彼の動きに迷いは無かった。
「なんであんな事出来るんですか? 自分が死ぬかもしれないのに」
「なんで、か……」
旗野は少し考えると、アルコールランプの炎を見つめて言った。
「──誰かのために戦う事が、真の勇気だ」
壷内は目を見開いた。
「それって……!」
「なんだ壷内、知ってるのか?」
旗野は嬉しそうに口角を上げる。
それにつられる様にして、壷内もニヤリと笑った。
「”ブレイブクエスト”ですよね。たしか7作目の……」
「そうそう。主人公の父親のセリフだ」
「旗野先輩、”ブレクエ”やってたんですね」
「壷内こそ、なんか意外だな」
ブレイブクエストとは、国民的に有名なRPG。
勇者が世界のために魔王と戦う、という王道ファンタジーであり、勇気、愛、絆といった美しいテーマが掲げられているゲームだ。
「ああいうの好きなのか?」
「うーん、どうなんでしょう……」
壷内は言葉に詰まった。
他人を盾にしてきた彼の生き様と、人々のために傷を負って戦う主人公の姿は、あまりにも違い過ぎた。
なぜそんなゲームを何作もプレイしてきたのか、自分でも分からない。
「……嫌いではないと思います」
「ははっ、なんだそれ」
「旗野先輩は好きなんですか? ブレクエ」
「大好きさ。ブレクエは俺の聖書なんだ」
胸を張って即答した旗野を見て、壷内は少し首を傾げた。
「分からないか? つまりは心の拠り所って事さ。人生の指針と言っても良いかもしれないね」
「……ゲームがですか?」
「そう。俺は本気だよ」
旗野は、ランプの炎から壷内の顔へと視線を移して続ける。
「例えば勉強がキツいとか、学校に居づらいとか、親とうまくいってないとか……。そういう苦しい時、心に思い浮かべて頑張れるものが一つあれば、それだけで人は救われると思うんだ」
「思い浮かべて、頑張れるもの……」
「俺にとってはそれがブレクエだった。主人公の生き方が、いつだって俺の背中を押してくれた。何だって良いと思うんだ。マンガだって、アニメだって、アイドルだって……人って信じるモノに救われたりするだろう?」
自分の布団に戻った壷内は、旗野の言葉を思い返しながら目を閉じる。
(僕の信じるモノって、何なんだ……?)
ずっと父親の言葉に従って、自分を優先に生きてきた。
それは間違っていないはずだ。
ならば、旗野の言葉が胸にチクチクと刺さるのはなぜなのだろうか。
考えるうちに、彼は深い眠りについていた。




