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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第18話 信じるモノに救われたりするだろう

 深夜。

 彼らは、夜島が作った即席の布団で眠りに就く事にした。


「ぐがー…ぐがぁー……ッス……」


 災害レベルのいびきをかく市川の横で、壷内は黙って天井を見つめていた。


(僕は……これで良いんだよな? 父さん)


***


陽兵(ようへい)。お前はイジメられないようにな』


 壷内の父親が常々言っていた事だ。

 学生時代イジメを受けていた彼は、自分の息子には同じ思いをしてほしくなかったのだろう。

 壷内が幼少の頃から、『自分を一番大切にしろ』と教え込んでいた。


 その結果が、今の壷内だ。

 これまでの人生でイジメどころか、バカにされたりイジられる様なポジションにもなった事が無い。

 友達と呼べる存在も多く、不自由無い学校生活を送ってきた。


『仲間を作る事は大切だが、自分より大切なモノなんて無い。それを忘れるんじゃないぞ、陽兵(ようへい)


 野球チームに入っていた小学校時代、致命的なミスをしてレギュラーを外されそうになった日。

 クラスメイトの悪事を教師に告げ口したのがバレそうになった日。


 異形の怪物に追いかけられ、初対面の先輩を蹴り落としたあの日も。


 あらゆる不運の矛先から逃れるため、彼は他人を身代わりにしてきた。

 周囲の人間を容赦なく切り捨て、突き落とし、盾にして生き残ってきた。


(……これで良いんだよな)


 階段から落ちてゆく横井のぽかんとした顔が脳裏に浮かぶ。

 それをかき消す様に、壷内は起き上がってかぶりを振った。


「チッ……」

「眠れないのかい?」


 囁く様な声の主は旗野。

 製作したばかりの長剣を持って、バリケードの前に置かれた椅子に座る彼の顔を、自作のアルコールランプに灯る小さい炎が照らしている。


「……旗野先輩は寝ないんですか?」

「俺は見張りだからな」

「ああ、そうでしたね」


 壷内は音を立てない様に立ち上がると水道まで歩き、水を一口飲んだ。

 そしてそのまま、旗野の側の椅子に腰掛ける。


「旗野先輩、さっき市川さんの事守りましたよね」

「ん? ……あー」


 ハサミのバケモノに狙われた市川の前に、旗野が立ちはだかった時の事だ。

 彼の動きに迷いは無かった。


「なんであんな事出来るんですか? 自分が死ぬかもしれないのに」

「なんで、か……」


 旗野は少し考えると、アルコールランプの炎を見つめて言った。


「──誰かのために戦う事が、真の勇気だ」


 壷内は目を見開いた。


「それって……!」

「なんだ壷内、知ってるのか?」


 旗野は嬉しそうに口角を上げる。

 それにつられる様にして、壷内もニヤリと笑った。


「”ブレイブクエスト”ですよね。たしか7作目の……」

「そうそう。主人公の父親のセリフだ」

「旗野先輩、”ブレクエ”やってたんですね」

「壷内こそ、なんか意外だな」


 ブレイブクエストとは、国民的に有名なRPG。

 勇者が世界のために魔王と戦う、という王道ファンタジーであり、勇気、愛、絆といった美しいテーマが掲げられているゲームだ。


「ああいうの好きなのか?」

「うーん、どうなんでしょう……」


 壷内は言葉に詰まった。

 他人を盾にしてきた彼の生き様と、人々のために傷を負って戦う主人公の姿は、あまりにも違い過ぎた。

 なぜそんなゲームを何作もプレイしてきたのか、自分でも分からない。


「……嫌いではないと思います」

「ははっ、なんだそれ」

「旗野先輩は好きなんですか? ブレクエ」

「大好きさ。ブレクエは俺の聖書(バイブル)なんだ」


 胸を張って即答した旗野を見て、壷内は少し首を傾げた。


「分からないか? つまりは心の拠り所って事さ。人生の指針と言っても良いかもしれないね」

「……ゲームがですか?」

「そう。俺は本気だよ」


 旗野は、ランプの炎から壷内の顔へと視線を移して続ける。


「例えば勉強がキツいとか、学校に居づらいとか、親とうまくいってないとか……。そういう苦しい時、心に思い浮かべて頑張れるものが一つあれば、それだけで人は救われると思うんだ」

「思い浮かべて、頑張れるもの……」

「俺にとってはそれがブレクエだった。主人公の生き方が、いつだって俺の背中を押してくれた。何だって良いと思うんだ。マンガだって、アニメだって、アイドルだって……人って信じるモノに救われたりするだろう?」


 自分の布団に戻った壷内は、旗野の言葉を思い返しながら目を閉じる。


(僕の信じるモノって、何なんだ……?)


 ずっと父親の言葉に従って、自分を優先に生きてきた。

 それは間違っていないはずだ。

 ならば、旗野の言葉が胸にチクチクと刺さるのはなぜなのだろうか。


 考えるうちに、彼は深い眠りについていた。

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