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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第17話 普通の人間

──スポーツチャンバラとは。

 ”小太刀護身道”という武道に端を発するスポーツ。

 そこまで堅苦しい礼儀作法は無く、誰でも楽しんで武道に親しめるのが特徴である。


「うちみたいなマイナースポーツはプレイ人口が少ないので、一年生でも全国大会とか行けちゃいますよ」


 ステージ上でマイクを握るのは、四角い眼鏡をかけた目の細い男子生徒。

 彼はステージ上で自分の長剣を見せながら、体育座りで整列した新入生たちに向けて、部活動紹介のプレゼンを行っていた。


「この剣も”エアーソフト剣”と言って、空気で膨らませてるものだから痛くないんですよ。ほら」


 彼は長剣で、ステージ脇にいる部員の頭をポンポンと叩く。

 体育館に軽い笑いの渦が起こった。


「ではこの辺で、スポーツチャンバラ部の紹介を終わります。興味がある方は体験入部、お待ちしてます」


 丁坂(ようろうざか)高校に入学したばかりの市川は、既にスポーツチャンバラ部への入部を心に決めていた。

 彼女は中学時代からスポーツチャンバラの道場に通っており、大会でもそこそこの成績を収める長槍(ちょうそう)の使い手だったのだ。


 部活動オリエンテーションが終わると、ジャージに着替えてダッシュで練習場所へ向かう。


「失礼するッス!」

「おや……君は一年生?」

「はいッス! 市川(いちかわ)(れい)と申しますッス!」

「ははっ、元気が良いな。俺は部長の旗野だ。よろしく」

「よろしくお願いしますッス! 実は私、中学からスポチャンやってたんスよ」

「おーマジか! 珍しいね」


 旗野は嬉しそうに手を打つと言った。


「じゃあまだみんな来ないし……俺と試合してみよっか。部の備品貸すからさ」


 二人きりの旧剣道場。

 ビニールテープを貼って描かれたコートの上で、二人は得物を構え向き合う。


長槍(ちょうそう)選手とやるのは久しぶりだな」


 市川は、自分の身長より数十センチ長い槍を構えている。


「部長サンは盾長剣(タテチョー)なんスね」

「勇者っぽくてかっこいいだろう?」


 旗野は左手に盾、右手に1メートルの長剣を持ったスタイル。


「準備は良いな。それじゃ構え……。始め!」


 面越し、さらにはその奥の眼鏡越しに、旗野の細い目が鋭く光った。


***


「──おい。おい見張り番、ウトウトすんな」

「……ほえ?」


 バリケード前の椅子で眠りこけていた市川を叩き起こし、壷内は2メートル近い鉄の棒を差し出した。


「ほらよ。旗野先輩と一緒に、お前の槍作ってやったぞ」

「ぅん……あ、何スかこれ!? すごいッス!」


 それは旗野と壷内が鉄パイプを改造して作った、新しい槍。

 目を輝かせて素振りする市川に、旗野が声をかけた。


「先端に包丁ついてるから殺傷力高いぞ。鞘は無いから気をつけろよー」

「はいッス! ありがとうございますッス、旗野部長!」


 市川は満面の笑みで旗野に頭を下げると、壷内の方を振り返った。


「壷内も、ありがとッス」

「……別に。それより、寝てないでちゃんと見張っとけよ」

「了解ッス!」


 それぞれが各々の仕事に集中し、気が付けば窓の外は真っ暗になっていた。

 夜島がまた肉や野菜をまとめて炒めたものを即興で作り、机に並べた。


「……うまい」


 壷内は小さく呟いた。

 数時間前に食べた塩味のものと食材は同じだが、今回は味噌のようなタレが絡んでいる事で味に変化が生まれている。

 食事は生きるための行為に違いないが、どんな非常事態だって、美味しい料理が食べられるのは嬉しいものだ。


「もぐもぐ……でも、こんなに野菜使っちゃって大丈夫なんスか?」


 心配そうに尋ねる市川に、夜島が答える。


「冷蔵庫と冷凍庫には入るだけ入れておいたわ。今使ったのは入りきらなかった分、それもダメになりそうなものだけよ」

「なるほど! 放っておいても腐るなら、早く食べっちゃった方が良いッスね!」


 そんな会話を聞きながら、旗野は考えていた。


(料理と食材管理は、夜島さんに任せて大丈夫そうだな。見張りは市川と俺が交代でやれば良い。あとは武器と火炎瓶、それから……)


「何考えてるんですか?」


 壷内が、旗野の背中をポンと叩いて言った。


「いや、ちょっとな……」

「一番先輩だからって、一人で全部考えようとしてません? 俺にも共有してください」

「壷内君……そうだな。飯が終わったら、一緒に考えようか」

「当たり前ですよ。いざという時に置いてけぼりにはなりたくないんで。情報不足は命取りですから」

「なるほどな。壷内君らしいよ」

「”壷内”で良いですよ」


 この発言通り、二人は夕食後に猛烈な勢いで情報を整理した。

 今までに遭遇したバケモノの数と特徴、校舎中の詳細な地図、食材の残量、食事記録。

 インターネットが繋がるうちにと、学校付近の地図も描き写しておく事にした。


 知り得る全てを紙に書き留めてまとめると、今度は旗野が使う装備の製作に取り掛かった。

 上下移動する黒板のレールを外して叩き折り、波刃の包丁や柄をつけて長剣に。

 厚みのある金属板で出来た流し台の蓋を改造して盾を作る事にした。


「すごいッスねー、二人共……」

「そうね」


 バリケードの隙間から廊下を見張る市川。

 その横では、夜島がそのへんにあった布を縫い合わせて寝床を作っている。


「それにしても夜島先輩って、なんでそんなに無表情なんスか?」

「そう?」

「そうッスよ。最初はちょっと怖かったッス」

「……今は?」

「今は怖くないッスよ。優しい人だって、喋れば分かるッスから」


 他人に『優しい』なんて言われたのは初めてだった。


 自分の事だけで精いっぱいだった人生。

 死にたくて、それでも生きたくて、何度も手首を傷つけた日々。

 SNSに内心を吐露する事で、ギリギリで自分を保つ夜を幾度となく過ごしてきた。


 自分は他人とは違う。

 みんなの群れには入れないし、仲良くなんて出来ない。

 そう諦めていた。


 それでもあの昼休み、芥に右手を差し出した自分がいた。


「私……」


(”普通”になれたかな?)


 心で思ったが、声は出なかった。


「え? 何か言ったッスか?」

「何でもない。……そのヘアゴム、可愛いわね」

「あ、これ可愛いッスよね! 昔お兄ちゃんに貰ったんスよ!」


 市川は、自分の髪を纏めているオレンジ色のヘアゴムを自慢げに撫でた。

 それを見て、夜島はほんの少しだけ柔らかい表情を浮かべた。


(アクヤも、ここにいたらな……)


 自分にとって芥が何なのかは分からない。

 この気持ちが友情なのか、恋なのか、はたまた似た者同士の群れ意識なのか。

 しかしいずれにしても、芥が大切な存在である事だけは間違いない気がした。

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