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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第15話 怒りは傷跡

「アイツらに、復讐するため……?」

『そうだ。許せないだろう? お前の青春は二度と帰って来ない。アイツらのせいで』

「だけど、俺の家族は……」


 芥の脳内に続きの映像が流れた。


 引きこもり続けた彼が、中学卒業を控えたある日。

 彼以外の家族三人が乗った車が、トラックに激突し大破。

 父親も母親も弟も即死だった。


 芥は、遠く離れた叔父の家に引き取られる事となった。

 自分を知る者が一人もいない地域に引っ越したのでイジメはなくなり、自分を疎んでいた家族もいなくなった。

 これをきっかけに彼は部屋から出て、高校に通い始めた。


 もちろん、昔の様に目立つ事はしなかった。

 ただ周りに溶け込み、表面上上手くやっていた。

 裏切られた時の痛みを知っている彼はもう友達なんて作らなかったし、困っている人を見ても助けなかった。

 何よりも自分が平和に過ごせる事を第一に、学校生活を送って来た。


『そんな高校生活はどうだ? 楽しいか?』

「別に」

『味気ないだろう。つまらないだろう。目立つ事を恐れ、大切なモノを作らず、表面だけを取り繕う毎日は疲れるだろう』

「ああ」

『非情な両親も弟も死に、お前の中の怒りをどこにぶつければ良いか分からないだろう』

「俺の中の怒り……」


 芥は暗闇の中で顔を上げた。


『今も渦巻いているはずだ。お前の性格を変えてしまった……お前の人生から楽しさを奪ったアイツらへの怒りが。その傷と同じで、完全に消える事は無い』


 三年も前に出来た左手首の傷跡が、ビクビクと疼いた気がした。


「俺は……一体どうすれば」

『俺に心を委ねろ。お前の怒りを晴らしてやろう』

「お前は、誰なんだ?」

『俺はお前だよ』


 芥は、闇に響く暗い声が自分のものである事に気付いた。

 と同時に、目の前に自分そっくりの人間の姿が浮かび上がった。

 その顔は怒りか恨みか、ドス黒い感情に歪んでいる様に見える。


「お前が、俺……?」

『お前が聞いている声は、お前自身の心の声。お前が見ている姿は、お前自身の心の姿。俺は”鏡”なんだよ』


 鏡とは、自分の顔を映すもの。

 目の前の暗く恐ろしい顔が、自分の顔だとは思いたくなかった。

 しかしなぜだろうか、自分とどこが違うのかと聞かれたら、答えられない気がする。


『さあ、後の事は俺に任せろ。お前の無念を晴らしてやるぞ』


 芥は、左手首の傷跡を右手で強く握った。


***


「うゥぅぅうウアぁアあああ!!!!」


 屋上から5階へ降りて来たバケモノが、巨大なハサミと化した腕を突き出す。

 市川はそれを鉄パイプの槍で滑らせるように捌いた。

 ジャキンッ!

 と、顔から10センチ右の空間が切り裂かれる。


「大丈夫か市川!?」


 後ずさり尻もちをついた市川を守るように、旗野がバケモノの正面に躍り出た。

 右半身を前に向け、半身になって腰を落とす。


「キりさいテ……きりサいてやるゥ……」


 バケモノは、真っ赤な瞳で旗野を見た。

 ハサミとなった両腕だけでなく、身体全体が肥大している。

 特に肩や腕周りの筋肉は発達し、ボロボロになって纏わりついている制服の残骸の上からでも分かるほど隆起していた。


「あのハサミ、食らったら一撃必殺だな」


 旗野は左手のパイプを右の太ももに沿わせ、右手のパイプを頭上に斜めに構えた。

 防御重視の構えだ。


「キりさいてやる……ききききリさいてやるゥゥぅうウ……!」


 ガキィンッ!

 バケモノが突き出したハサミを辛うじて防いだが、右手のパイプはひしゃげて吹き飛んだ。


「鉄を、曲げた!?」


 戸惑う旗野の腹部に、もう一本のハサミが迫る。

 それを左手のパイプで受け止めると、パイプごと投げる様にして無理矢理受け流した。


「ははっ……素手じゃ無理だろ。体術スキルには振ってないんだ」


 武器を二本とも奪われ丸腰になった旗野の首元に、ハサミがギロチンの如く迫る。

 その時。

 彼の背後から市川の突き出した槍が、ハサミの軌道を上方へ反らした。


「今ッスよ! 火炎瓶!」

「僕に命令するなッ!」


 火炎瓶に火をつけて待機していた壷内が物陰から飛び出し、ガラ空きになったバケモノの顔面を狙って投げつけた。


「グゥぁああアっ!?!?」


 バケモノの青白い肌が燃え上がる。

 ひるんだ隙をついて、旗野が真横から体当たりをかました。

 よろめいたところを、市川が槍で階下へ突き落とす。

 バケモノは炎上する顔面を押さえ、手すりに身体をぶつけながら踊場へと落下した。


「今だ!」


 四人は家庭科室へ走った。

 息を切らしながら鍵を閉め、取り急ぎバリケードを構築する。


「ふぅ。とりあえずは助かったな」

「疲れたッス……」

「よくやったぞ、市川」

「えへへ」


 市川は調理台に据え付けられた流しで水を飲むと、「あー」と声を上げ机に突っ伏した。

 夜島は部屋の後方に積まれた布や紙の束を漁り、使えそうなものが無いか物色している。

 壷内は、市川の持っている2メートルの鉄パイプをまじまじと見て尋ねた。


「あのさ、これ……何?」

「”長槍(ちょうそう)”ッスよ」

「チョウソウ?」


 「つまりは槍の事さ」と、旗野が付け加えた。


「俺たちは”スポーツチャンバラ部”でね。俺は部長の旗野。得意種目は”二刀(にとう)”と”盾長剣(たてちょうけん)”」

「二刀……ああ、どおりで」


 壷内は、さっき旗野が二本のパイプを扱っていたのを思い出した。


「私は一年の市川ッス。よろしくッス」

「僕は壷内。一年生だ」

「なんだ、同級生だったんスね!」

「やけに馴れ馴れしいな……市川さん」

「おーお! もう名前覚えてくれたッスね!?」


 旗野は「おいおい壷内君が困ってるじゃないか」と市川を嗜め、夜島の方を見た。


「君は?」

「二年の夜島です。よろしく」

「夜島さん。さっきの事だけど……壷内君も、生き残るために必死だったんだろう。和解してやってくれないか」

「別に。気にしてないから」


 夜島はそれだけ言い放つと、再び布の束を漁り始めた。


(俺が横井を殺したって事も、気にしてないのか……?)


 壷内は内心焦っていた。

 ここで人殺しの疑いを持ちだされたら、孤立は避けられないだろうと思ったからだ。


 それにしても、夜島はなぜそんな事を見抜いたのか。

 彼女の飄々とした視線を思い出すと、内心を全て見透かされている気がする。

 心臓が軽く握られている様な嫌悪感をかき消すため、壷内は水道水で顔を強く洗った。

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