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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第11話 誰かを盾にして生きる

「トイレ行きたい」


 二人きりの科学実験室で夜島が言った。


「そんな事言われましても……」


 芥は、部屋の隅に転がっているバケツに目をやる。


「そ、それならあるぞ」


 夜島は黙ってバケツを拾うと、教卓の引き出しからペーパータオルを出して敷き詰めた。

 幸運にもこの科学実験室には、『準備室』なるドアで区切られた小空間が付属している。

 彼女はバケツを持ってそこへ入り、カーテンとドアを閉めた。


「…………」


 どうしても耳に入る水音を気にしない様に努力しながら、芥はスマホを取り出してSNSを開く。

 普段なら一瞬で終わるタイムラインの更新が、今は二十秒近くかかる。

 通信状況こそ悪いものの、ネットが遮断された訳では無い様だった。


「サーバーパンクしてるな。そりゃそうか」


 スマホをポケットにしまうと、芥は実験台に横付けされた蛇口から水を飲んだ。

 現在これが空腹を紛らわす唯一の手段である。


(疲れたなぁ……)


 これからの事を考える気にもならず、ぼんやりと校庭を見下ろす。

 逃げ惑う人はほとんど見当たらない。

 視界に入るのはバケモノと、引き裂かれたり潰されて原型をなくした死体だけだ。


 コンコンコンッ。


 突然のノック音に、芥の心臓が跳ねた。


「だ、誰だ……?」


 こういう時はドアを開いてはいけない。

 パニックホラーの鉄則である。


「僕は一年の壷内(つぼうち)って言います。そちらは何人ですか?」

「……」

「お願いします、ここに入れてください。助けてください」


 芥は無言のまま、準備室から出て来た夜島を見た。

 夜島はスッキリした顔で言った。


「アクヤに任せる」


***


 壷内は、科学実験室の外で考えていた。

 どうしたら中に入れてもらえるだろうか。


「お願いします、ここに入れてください。助けてください」


 出来る限り悲痛な声で、囁く様に言った。


 上では二体のバケモノが激闘を繰り広げている。

 下は地獄の有様。

 一人きりで別の教室に立て籠もるという案もあるが、今自分の生存確率を上げるためには誰かと行動を共にすべきだ。


 いざという時に”盾”として機能する誰かと。


 その時、部屋の中から女子の声が聞こえた。

 内容は聞き取れなかったが、少なくともこの向こうには男子一人、女子一人がいるらしい。

 壷内は、さっき身代わりにした横井の言葉を思い出した。


『夜島さんと芥君、あと常盤君がまだいるはず……』


 そして口を開く。


「もしかして、夜島さん、芥さん、常盤さんではないですか?」

「ど、どうして名前を……?」

「僕は横井先輩の知り合いなんです!」


 壷内はニヤリと笑った。

 共通の知人という存在は、無条件で心の距離を縮める材料である。


(さっきの女子は恐らく夜島……今喋っている声の主は、芥か常盤だな)


「お願いします、ここを開けてください」

「……」

「ご迷惑にはなりません。それに、一人でも人数が多い方が心強いと思いませんか?」


 考える隙を与えないため、続けざまに言葉を紡ぐ。


「横井先輩は、僕を庇って死にました」

「え?」

「僕に生きろって……そう言って自分からバケモノに向かって行ったんです」


(我ながら名演技だぜ……!)


 ドアの向こうの男は沈黙している。

 壷内は畳みかける様に言った。


「僕は生きなければならないんです。あの人の分まで」

「……待ってろ。今開ける」


(新しい盾が手に入った……くく)


 壷内はこみ上げる笑みをこらえた。

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