第10話 茶番
「一体何なのよアイツら……」
先に家庭科室を出ていた横井は、既に一時間ほど女子トイレの個室に隠れていた。
回線が込み合っていて電話は使えず、チャットアプリで助けを求めた家族の既読もつかない。
「でも、いつまでもここにいる訳には……」
横井はトイレのドアを開け、廊下の様子を確認した。
「うゥゥぅうぅうウう」
「えっ?」
低いうなり声は、彼女の背後、つまりトイレの中から聞こえた。
吸盤の様な手を持つバケモノが窓から侵入し、壁を這って近づいてくるのだ。
「キャアッ!?」
横井は思わず廊下へ飛び出した。
視界に飛び込んできた血溜りの数々と異臭が胃を揺すり、思わず嘔吐しそうになる。
口を抑え立ち止まる彼女に、何者かが手を差し伸べた。
「大丈夫ですか!?」
と同時に、背後の女子トイレからバケモノが這い出て来た。
「ヤバいですね。一緒に逃げましょう!」
「う、うん」
横井は差し出された手を握り、引っ張られるままに走り出した。
走りながら、その男子生徒は横井に話しかけた。
「僕は一年の壷内です。さっき目から血を流した人にいきなり襲われて……あなたは?」
「二年の横井よ。ハァッ、家庭科室にいたんだけど……ハァ、ハァッ」
「家庭科室か……」
壷内は足を止め、背後のバケモノとの距離を確認した。
「横井先輩は誰かと一緒にいたんですか?」
「夜島さんと芥君、あと常盤君がまだいるはず……」
その時、前方の教室から数体のバケモノがもつれ合って出てくるのが見えた。
壷内は廊下の奥を指さす。
「下はもうダメです。あっちの階段を上って家庭科室に行きましょう! あそこなら食べ物も水道も火もある」
「分かったわ」
二人は廊下を走り抜け、階段を上り始めた。
その背後からは、赤い涙を流すバケモノの群れが奇声を上げながら追ってくる。
「ハァ、壷内君……ハァッ」
横井は息を切らし、涙目で縋るように言った。
「私もう、走れな──」
「じゃあ死ね」
壷内は口元をニヤリと歪ませ、躊躇なく横井を階段から蹴り落とした。
(……え?)
彼女の身体は一瞬だけ宙に浮き、数回転して踊り場まで落下した。
全身を強打し動けない横井にバケモノたちが群がる。
「壷内……君……?」
「時間稼ぎにはなるだろう」
壷内は横井を見ずに呟くと、一人階段を駆け上がって行った。
五階へ上がろうとした壷内は、家庭科室の方を見て立ち止まり息を潜めた。
電気をまとったバケモノと、触手を生やしたバケモノが戦っているのだ。
(喧嘩してやがる。同種族間での仲間意識は無いのか……? とにかく、この状態じゃ家庭科室は無理だ)
彼は家庭科室を諦め、耳を澄ませながら慎重に四階へ下りた。




