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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

80センチの勇気

作者: 綾瀬

「「次は西井草 西井草。お出口は右側です。」」


(しまった、乗り過ごしてしまった。)

(…まぁ、いいか)


急いで電車を降り、上りの電車に乗り直す。

今度こそ最寄り駅で降りることが出来た。二度も降りそびれては目も当てられない。


ほぼ無意識で歩を進めていると、気づいたらアパートの前にいる。

二年前に上京してから住み続けているボロ家だ。六畳のワンルーム。


カギを開け、中に入り、閉める。


耳が痛くなるほどうるさいイヤホンを外し、テレビを付け、興味もない夕方のニュースをBGMに夕飯の準備をする。

レトルトのご飯と、カレー。

最近のお気に入りだ。


(よかった、今日も一日やり過ごせた。)


順当に消費されていく時間。意志薄弱な人間の人生はただの浪費でしかない。

頭では分かっていても何か行動を起こすでもない。


食後はスマホでゲームをする。経済学のクラスで少し前に流行ったアプリだ。

淡い期待を抱きながら始めたゲームだが、思い通りにはいかなかった。それでも惰性で続けている。


・・・


・・・


気づけば、もう深夜二時を回っていた。


(風呂は…、まぁいいか。明日は休みだし)


布団に入り、電気を消す。

布団の中で妄想にふけっていると、次第に意識が遠のいていく。


・・・


・・・


朝日が顔を直撃する、その不快感に目が覚める。カーテンは無い。

欲しいと思いつつも買っていない。


(暑いな、まだ5月なのに)


朝食に、食べ飽きたシリアルを胃に流し込む。朝は楽なものがいいので、飽きは気にしない。


(今日は天気もいいしちょっと出てみようか。)


適当にその辺にあった服を着れば、外に出る支度は完了だ。

家を出てカギを閉める。


(本屋でも行こうかな)


およそ文化的とは言えない彼の生活。唯一、読書という趣味だけが彼を本当に低いレベルで文化人足らしめている。


・・・


自宅から三駅の本屋。めぼしいものは無いかと、平積みされている本を見て回る。

普段からうつむいている自分には親切な陳列だとつくづく思う。見やすい。


ふと視界の端で何か目立つものがあるのに気づいた。


『一歩を踏み出す勇気』


なんてことは無い、ありふれた自己啓発本。普段なら見向きもしないだろうそれが、いやに目につく。


(まぁ、たまにはこういうのもいいんじゃないか)


会計を済ませ、そのまま隣の喫茶店に入る。


平凡な趣味。

隣を見れば同じように本を開いている女性がいる。

仲間がいることに胸を躍らせる。

つい、背筋が伸びてしまうのは許してほしい。


こちらも負けじと本を開く。


「勇気を出して一歩踏み出せ」

「がんばれ」

「一歩踏み出せば世界が変わる」

「がんばれ」

「人にはそれぞれの歩みがある」

「がんばれ」

「現状を打破したいのなら勇気を出せ」


「がんばれ」


月並みな言葉。

押しつけがましい激励。

率直に言えばつまらない本であった。不快でさえある。ばかばかしい。


口直しにと、もう一冊買っておいたファンタジー小説。

夢がある。

ロマンがある。

理想で満ちている。


(やはり本とはこうでなくちゃ)


読み耽っていても周りの音が頭に入ってくるのは、周囲を気にしてばかりいる学生生活の影響か。

となりの女性が荷物をまとめて立ち去るのが伝わる。

仲間を失い取り残されたように感じられ、寂寥感が胸を襲う。


(…帰ろうか)


あまりうるさくないイヤホンを付け、歩き出す。


駅につき、電車に乗る。


最寄り駅で降りる。乗り過ごしはしない。

夕飯に思いを馳せ、家までの道を歩く。


カギを開け、中に入り、閉める。


あまりうるさくないイヤホンを外し、テレビを付け、興味もない夕方のニュースをBGMに夕飯の準備をする。


(野菜炒めでも作ろうか)


出来た。不味くも美味しくもない、普通の味。

それでも久しぶりの自炊をやり遂げ満足感を覚える。


食後にスマホでゲームをする。


・・・


十一時

(もうこんな時間か、風呂入ろう)


明日は学校だ。風呂から上がると直ぐに眠気が襲ってきた。

布団に入り、電気を消す。

意識が遠のいていく。



朝日が顔を直撃する、その不快感に目が覚める。


(今日も暑いなぁ)


朝食に、食べ飽きたシリアルを胃に流し込む。


適当に服を着る。


家を出てカギを閉める。


駅につき、いつもの通勤ラッシュの電車に乗る。

満員電車は好きだ。というより混雑が好きだ。

人込みに紛れることで、周囲からの注意が向かなくなる気がする。


一人ぼっちの自分に。


そして左手にバッグ、右手に本。

通学中はいつもこうして時間をつぶす。

自分なりのルーティーンだ。心の平穏を保つための習慣だ。


学校につき、教室に入り、隅に座る。

授業が始まるまでの時間は皆、めいめい友達同士で集まり話をしている。

独りは自分だけというのはつらい。


(ここじゃない。今よりも良いどこかに行きたい。…理想は転生かな)


・・・


その日の授業が終わるとすぐ帰路に就く。


耳が痛くなるほどうるさいイヤホンを付け、歩く。


(今日もいつも通り終わってよかった。)


・・・


・・・


・・・



半年が過ぎた。

それだけあれば周りの環境は大きく変わる。


行きつけの本屋は店を畳んでしまった。業績不振のようだ。

好きだった小説は完結してしまった。

同級生は何故だか忙しそうにしている。


ただ、変わらないものもあった。

自分だ。


何も変わらない自分に悶々とする。


(今日の学校は本当に憂鬱だ)


適当に服を着て外に出る。


イヤホンを付け、満員電車に揺られる。


学校につき、教室に入り、隅に座る。


授業が終わると、いつもより急いで帰る。


(何か見落としは無いか)


電車に乗る。イヤホンはしない。

家に着く。

扉の前に立ち、カギを…開ける必要は無い。


杞憂であればどれほどよかっただろうか。


荒らされた部屋を見て呆然とする。

カード、通帳、保険証、現金。全てが無くなっている。


・・・


ふらふらと、あてどなく彷徨う。

もうどうすれば良いのか、何もわからない。

自分の無意識に任せ、歩き続ける。


・・・


気づけば本屋の前にいた。

喫茶店の隣の本屋が閉店した後、代わりに通っていたところだ。

いつものように、平積みされている本を見て回る。


『一歩を踏み出す勇気』


懐かしい、あの本だ。

なんとなく、開いてみる。


「勇気を出して一歩踏み出せ」

「がんばれ」

「一歩踏み出せば世界が変わる」

「がんばれ」

「人にはそれぞれの歩みがある」

「がんばれ」

「現状を打破したいのなら勇気を出せ」


(不思議だ)


あの時は一笑に付していたこれらの言葉が胸に響く。

気分が落ち込んでいるせいだろうか。

第三者から見れば、無価値な言葉だというのは分かる。

でも、それでも今の自分を動かすには十分な力があった。


(自分なりの一歩は何なのか、探してみよう。現状を打破し、世界を変えるんだ)


店を出て駅に向かう。

さすがに歩いて帰る体力は残っていない。


ホームに入り、電車を待つ。

その間もずっと考え続ける。

しかし、答えは見つからない。


自分の希薄な人生経験では現状を打破しえない。そう悟った。


(ならば、外に目を向けてみよう)

(殻に閉じこもっていた自分を解放しよう)


辺りを見回す。


都会の喧騒

帰宅中のサラリーマン

そして


「「まもなく 一番線に急行、幸禄行が参ります。」」



見つけた。天啓だ。こんな近くにあったのか。

探していた答え。今よりも良い世界。

行き詰まった現状を打破する秘策。


(さあ、勇気を出そう。自分なりの一歩だ。)


「がんばれ!」


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