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ハジマリノハル


「さあ二人とも、もうすぐ着くよ」


車を走らせること約二時間。早朝からの長旅で、高速に乗った辺りから静かになった我が子に運転席から声を掛ける。同時に目を覚ました。まだ覚醒し切っていないのか、寝ぼけ眼を擦る動作はなんともゆったりである。左右の手の違いはあるものの、シンクロした仕草を微笑ましく思いながら、二人の意識を外に向ける為に、後部座席の窓を少し開けた。


「うわー、やっぱりどこ見ても木しかない! すげぇ!」

「ゆきくん、ゆきくん! あっち、かわがあるよ!」

「かわー? ほんとだ! 知らなかった…。しかも人もいるぞ、しずく」

「ほんとだ。おさかなさんとってるのかな…」


 広大な景色にキョロキョロと見回して、落ち着かない様子である。先ほどまでぐっすりだったのに、いつもながら子どもの切り替えの早さには驚かされてばかりだ。


「雪弥、雫。危ないから手は外に出しちゃダメだよー」

「「はーい」」


 元気な声とバックミラーで礼儀正しく手を挙げる姿を確認しつつ、目的地への最後のカーブを曲がる為、ハンドルを切った。


「「キャー」」


 右に倒れるように傾く二人は凄く楽しそうである。


「俺ここのカーブ好き!」

「しずくもすき!」


 大人からすれば平凡な道でも、子どもからすれば一種のアトラクションへと変貌する。歳を重ねるごとに薄れていくその無邪気さを心羨ましく思った。それと同時に、この子たちが大きくなったら、この気持ちを忘れてしまうのだろうかと、まだ見ぬ未来に少し悲しさを抱く。

 カーブを曲がった先に見えた白いコンクリート造りの建物の前で車を止める。


「パパは駐車場に車を止めてくるから、二人はいつも通り中に入って待っててくれる?」

「分かった! ほら、しずく。降りるぞ」

「まって、ゆきくん…。これはずれない…」

「ん? あぁ。ちょっとじっとしてて」


 雫がシートベルトに苦戦しているのを雪弥が手助ける。少し不器用である雫に対して、雪弥は何でもそつなくこなす。出来ない雫に対して怒ったりはしない、本当に良いお兄ちゃんである。産まれた時は一緒でも、こうして違いが出てくるのは環境のせいか、はたまた遺伝子のせいか。


(ごめん、雫…。いずれ出来るようになるよ…)


 雫に申し訳なさを覚えつつも、普段目にすることが出来ない我が子の成長に胸が熱くなった。この光景を写真に収めたい衝動に駆られるも、今手元にカメラが無いことを悔やむ。すぐに助手席に置いた鞄を漁った。


「取れたぞ、しずく」

「わぁ、ありがとう。ゆきくん!」


 カメラを構えた頃には、一足遅かったようだ。


「あー、パパまたとってる! 今日はお仕事禁止って言ったじゃん!」

「そうだよパパ! うそつくひとはどろぼうのはじまりってせんせいいってたんだよー」

「ごめん、つい反射的に…。そうだよね、今日はお仕事禁止って約束だったね…」


 二人に咎められ苦笑いで構えたカメラを助手席に置いた。正直絶好のシャッターチャンスを逃したことに悔しさが拭えない。


「……ママと一緒ならとってもいいよ」

「えっ」

「…っ、ほら行くぞ! しずく!」


 雪弥が乱暴に右側の扉を開けて車から降りた。


「まって、ゆきくん!」


 雫も慌てて雪弥の後を追いかけようと左側の扉に手を掛けながら、振り返った。


「ゆきくん、パパにおしゃしんとられるのきらいじゃないとおもうよ、はずかしいだけで。だからパパもそんなおかおしないでね」


 ニコッと笑って車を降りて行った雫は、建物の入り口で待っている雪弥の元まで走っていった。最初は雪弥が雫を窘めているようだったが、徐々に雪弥の顔が赤く染まっていく。照れているようなそんな感じで、雫の手を取り中へと入っていった。


「どんな顔してたんだよ、俺…」


 幼いながらもフォローが出来る我が子たちに感動するべきなのか、子どもに気を使わせてしまった自分に罪悪感を抱くべきなのか。なんとも複雑な気持ちになりながら、駐車場へと向かうべくアクセルを踏み込んだ。



♦♦♦♦



空いている場所を何とか見つけ出し、少し大きめな荷物と自分の鞄を肩に掛け、入り口へと足を向けた。何度も足を運んでいる場所だし、顔なじみもいるから大丈夫だとは思うが、自然と速度が上がる。中へと入ると、二人は受付の前でお姉さんと談笑していた。肩の力が抜けた気がした。


「っあ、パパやっときた!」


 目が合った雫が駆け寄ってくる。


「遅くなってごめんね」


 雫を抱き留めながら、雪弥の方に顔を向けた。


「…遅いよ、パパ。早くしないと面会時間無くなるじゃん」


 少しぶっきらぼうに言い放った雪弥は先ほどの事をもあってか、目を合わせてくれない。どうやって機嫌を取ろうかと思案していると横から声が掛かった。


「立花さん、こんにちは。お待ちしておりました。長時間の運転お疲れ様です」

「こんにちは、皐月さん。すみません、子どもたちの相手をしてもらって…」

「いえ…。不謹慎かもしれませんが、私も会えるのを楽しみにしていたので…」


 雪弥の手を握りながら、少し申し訳なさそうに笑顔を浮かべている。


「そんなことありませんよ。貴方が担当になってからは妻がいつも楽しいって連絡をくれるんです。この子たちも貴方には懐いているみたいですし…、ありがとうございます」


お礼を言われるとは思ってもいなかったのか、驚いた顔をしていた。でもすぐに笑顔へと変わった。


「そんな風に思ってくださっていて嬉しいです。私も葵さんとのお話、凄く楽しいです! 本当はお話だけでなく、外の景色とかももっと見せてあげたいんですけど…」

「そこは俺の役目なんで、心配しないでください」


 少し自慢げに肩の荷物を揺らした。


「…そうでしたね! じゃあ、お時間ももったいないですし、行きましょうか」


 皐月に手を引かれて歩き出した雪弥と目が合った。


「…っ」


 そらされた。まだ機嫌が直っていないのか、今度は雫の方へと顔を向けた。


「どうしたの? ゆきくん」

「いやっ、なんでもない!」


 挙動不審な雪弥は何故か肩に掛けている鞄をチラチラと見ているようだった。訳も分からないまま雫と二人、首を傾げる。皐月だけは何故か笑顔だった。


 エレベーターで5階まで上がり、突き当りを右に曲がって一番奥。この部屋が葵のいる場所である。見晴らしは良いのだが景色自体は変わらないから退屈だと、この前来た時にぼやいていた。樹齢何百年もの大きな桜の木がメインで満開に咲き誇っている。


(だから最近の要求が人物とか動物なのか、納得…)


ここ二か月の成果を思い浮かべ苦笑する。

少し長い廊下を超え、奥まで辿り着く。子どもたちは楽しみなのか、そわそわと落ち着かない様子だった。


「葵さん、旦那さんたちがお見えになられましたよー」


 皐月のノックと共に中に入る。だが子どもたちの方が一足早く、その隙間を縫って駆けだした。


「「ママ!」」


 そう呼ばれた葵は窓に向けていた視線を子どもたちに合わせる。そして花のように顔を綻ばせた。その様はあまりにも綺麗で、無意識に手を鞄へと触れさせていた。


 


初めまして、朏まことです。

閲覧いただきありがとうございます。


サブタイトル等を変更させていただきました。


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