短編小説 後戻りは許されない
私の知り合いには、かめさんという男性がいる。
彼は、医者で診療所を経営している。
「今月の月刊パソ通を読みましたが、分かりませんね」
かめさんは、困り果てたように言った。
「かめさんは、ハイテク機械に弱いですからね。もしかして、ワープロの世代ですか? 」
「そうですよ。ワープロなら、簡単なのに、現代のパソコンは難しいですね・・・・・・ 」
かめさんは、目的ごとにつくられたフロッピーディスクの山を見て言った。
「パソコンが使えると便利ですけども、使えない人がおいてけぼりにされるのは問題ですよね」
しょんぼりしているかめさんをなぐめた。
「ありがとう。これからも努力するよ」
私たちは、診療所を出て、東にある山に向かって歩き出した。
島全体の景色を見渡せる場所だからである。
「この島も昔と変わってしまったな」
かめさんは、コンクリート製の研究所が多く並ぶあたりを見る。
「昔はね、大自然があふれていてね、よく大熊さんに、いろんな遊びを教えてもらったよ」
「国の科学振興政策に、この島が選ばれた理由にはどんなことがあったのですか? 」
「この島が未開拓であったことが理由かな?それから、博士の力もあるかもねえ・・・・・・ 」
「博士の力ですか? 」
私は不思議に思い聞き返した。
「大きな声では言えないけども、あの人は博士号持っていないから博士ではないのだよ」
かめさんがいうには、博士号とは大学で、博士課程を終了しないと名乗ることができないらしい。
「学歴詐称ですね? 」
「それは正しいな。それから、彼の最終学歴は高卒で、この島に来るまでは、地方公務員であったらしい・・・・・・」
「なぜ、地方公務員がこの島に来たのでしょうね? 」
「よく知らんが、独裁者として振る舞っているから、きっと自分の王国でもつくろうとばかげたことでも考えているのだろう」
「王国ですか? 」
「ああ、もしくは国の甘い言葉で、俳優にでもなりきって役を演じているかだな」
「役を演じるとは? 」
私は気になったのできいた。
「君は、みんなから裏の組織の話をきいただろう? 」
「ええ、みんながしきりに恐れていましたね」
「その裏の組織が、国かもしれないのだよ」
「もしかして、私たちが勝手なことをしないように、博士にこの島を監視させているということですか? 」
「それもある。なぜならば、この島は国際的な研究所が多く、日本の法律が適用されにくい状況となっている。それを悪用して犯罪行為が行われているからね」
「その監視する立場の人が独裁者とは、国も驚くでしょうね」
「いや、国は知っているけども黙認しているに違いない。最終的に博士が、待っている結末は、いずれも地獄だと私は思う」
「地獄・・・・・・ 。死ぬことですか? 」
「いや、ただ死ぬのではない。己の罪に苦しみながら、死ぬことになるだろうな」
かめさんは、曇ってきた空を見つめた。
「その大熊さんの派閥が、再びこの島の政治を行うためにはどうしたらよいのですか? 」
「私は政治は詳しくないが、方法としては『力』で解決することになるかもしれない・・・・・・ 」
「暴力で、解決するのは望ましい手段とはいえませんが、やむを得ないことかもしれませんね」
私は自分の考えを述べたのであった。
「まあ、中年の私が少年の君にアドバイスするならば、自分の立場を明らかにすることだね」
「立場ですか? 」
「そうだ。自分が何者で、誰と行動するか、ということで、この島で孤独は死を意味するぞ」
「分かりました。よく考えておきます」
再び、パソコンの修理を行うために、私たちは診療所へ戻ったのであった。
終わり