7頁目「逃避」
僕は頭に直接響く声から逃げるように、森の中を必死に背走した。木の根に足を取られても、小川に足を突っ込もうとも構わず走って走って走り続けた。
やがて森を抜けて草原に足を踏み入れたが、頭には疼痛のようにあの声が響き続ける。
「う、ゔあぁぁあああ!!」
声をかき消すように喉が裂けそうなほどの叫びをあげた。僕の声は虚しく草原に掻き消えていくけど、構わず叫び続ける。
大声を出すと身体がそれに共鳴するように震えた。気管の形がはっきりとわかるほど僕は大きく息を吸い込みまた叫ぶ。草花と槁木だけがそれを傍聴していた。
「ハァ、ハァ……ゴホッ、ハァ」
身体が限界を迎えたのか糸の切れた操り人形のように僕は草原にへたりこんだ。荒い呼吸をするだけでヒューヒューと肺が苦しそうに喘ぎ、喉が痛む。
足が自分のものでは無いように重たく、触っても感覚はなかった。全身そんな調子だ。
背中を雑草に預けて空を仰いだ。いつの間にか空は光を失って暗く黒くなっている。星々が瞬くのが見えるはずなのだが、疲労困憊した僕にはそれが見えなかった。辛うじて三日月が夜空に浮かぶのが見える。
重たい腕をあげて月を掴む道化をするがもちろん手のひらは虚空を滑る。そのままの勢いで地面へと拳を叩きつけた。冷たくて柔らかい土がそれを受け入れる。
激しく酸素を求める肺に空気を目一杯詰め込んで叫として吐き出す。喉の内側から肉が剥がれるような痛さを感じる。
それから僕はもう二度、意味もなく草原の真ん中で叫んだ。内容はない。号哭が草原を駆けて、三日月と星空がそれに耳を傾けている。
気がつくと僕はそのまま眠りについていた。
翌朝、朝焼けの光に僕は起こされると自分がどこにいるのかわからなかった。ヒントを求めるようにキョロキョロと辺りを見渡すが、見えるのは草花と槁木だけ。その何の変哲もない殺風景な情景が僕に昨日の出来事を思い出させた。
一気に得体の知れない感情が迫ってくる。悲しみに似ているが憤怒にも酷似している真っ黒な感情だ。
それを振り払おうと僕は慟哭をあげようとしたが、喉が枯れていた。隙間風のような蚊の鳴くような声が喉から漏れる。代わりに目から涙が溢れ出してきた。必死に拭ったけど止まってくれる様子はない。
涙が止まるまで泣き晴らすと、太陽が東の60度くらいにあった。
「がんばれ、がんばれ、ぼーく。負けるな、負けるな、ふぁいと」
何かを口にしていないと落ち潰されてしまいそうで、しょうもないことを口ずさむ。
「為せば成る、為さねば成らぬ。やったところで成功するとは限らないけどね。なんなら失敗する未来しか見えない。そもそもどんだけ前向きな言葉だよ。絶対時間という概念度外視しているよね。為せば成るって、成るまで為さなければならないって意味だろ。ってか為さないと成らないって考え方もおかしい。もしかしたら誰かが代わりにやってくれるかもしれないだろ。例えば妹とか、ほら、あとは妹とかさ。それ以外だと、まぁ妹だよな。つまり妹が為せば成る、兄が為さぬと妹が成すという事だな。QED」
見たいなどうでもいいことを、脳みそで考えることも無く口から出していく。そんな文句を現実から逃げるためだけに宣い続けた。一番近い街にたどり着くまで僕の口は小さく動いていた。




