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3頁目「接触」

では、引き続き僕と妹の物語を君たちに聞かせていこうと思う。……ところでさっき話したような、僕と妹の“なんでもない話”はそれほど山のようにあるのだけれど、こういった話が延々と続くのはやっぱり退屈してしまうかな?

まあ、「退屈だ」と返されても僕の日記には“面白い話”が沢山書かれている訳でもないんだよね。

……あ、でもこのページは少し楽しんで貰えるかも。


僕と妹がだんだんと“週”を意識しなくなってきて“月”もどうでも良くなり始めた頃の話だ。村を追い出されて丁度20回目の夏を迎えようとしていた。

僕と妹の家に始めてノックの音が響いた。僕も妹もそれをすることがないから、初めはなんの音か分からなくて慌てたな。

最初は家が軋みをあげているのかと思った。次にそれがドアから聞こえているのが分かって鳥かなんかがつついているのだろうと、放っておけば飛び去るだろうと思った。

けれどもそれは規則的になり続ける。

──コンコン。──コンコン。──コンコン。

まるで何かのタイムリミットが迫っているのを伝えてきているようだった。

BGMとしてそれを響かせ続けるのもよかったが、本のページを30枚ほど捲ったところでドアを開いた。そこに張り付いている鳥を追っ払うように勢いよく。


「イダ、ぁ」


ゴンッ。ドアを叩くよりも重く、岩に石をぶつけるよりも軽い音がドアの向こうからした。それとほぼ同時に捉えどころのない、ノイズ混じりの低い声が聞こえた。

ドアの前には男が立っていた。いや、正確に男と判断することはできなかったのだけれど。なぜならその男──ここでは男としておく──は鉄で作られた長い嘴付きの仮面をつけていたのだ。仮面には目のある位置に青い硝子玉が嵌め込まれていて、その奥から男が僕を覗き込む。


「キミ、は リーナム村、の人」と、男が途切れ途切れに聞き取りづらい声で言った。「ワタシ はバンデン。よ、ろしく」


バンデンと名乗った男は俺に手を差し出した。その手は鉄に覆われている。


「……よろしく」


僕は困惑で蚊の鳴くような声でそう言って鉄を握った。ひんやりとした硬い感触を手のひらに感じる。彼の冷たい手に僕は体温を奪われていくのを感じた。体温と一緒に情報や魂まで奪われていく感覚がしてすぐに手を引いた。

ハ、ハハ ハ。男は砂利道を走る馬車のように凸凹な笑い方をした。

その笑い方は僕に、直接骨を直接掴まれるような嫌悪感を抱かせた。男から目を離して妹の姿を確認する。部屋の隅に置かれた木椅子に本を抱えてちんまりと座っていた。怯えた目でこちらを見ている。

情けない話だけど、僕はその妹の姿を見て男ともう一度向き合えることができたんだ。もしもこの場に僕とこの不気味な男しかいなかったら、二の句を継がずに逃げていたね。妹を守らなきゃ、という兄の意地みたいなのが逃げ出そうとする脚を止めてくれた。

男の姿を俯瞰してみる。鉄の仮面に顔を覆わせてその上には黒い山高帽を“乗せていた”。身体は黒のローブに包まれている。鉄の右手がローブからひょっこりと出て先端に鈍色の珠のついた杖を握っている。


「キミ タチは、リーナム村の 出身」男が仮面の向こうから、疑問符のついていない喋り方で尋ねた。

「……」少し悩んでから素直に答えることにした。「そうだよ。わざわざこんな森の奥になんの用かな? 悪いけどリーナム村までの道はわからないよ」

「チガ、う。ワタシは キミたちに用、があってきた」


これは不思議な話だった。僕と妹がここに住んでいることは誰も知らないはずなんだ。そもそも、家から出てくることがあまりないし、誰かを招待したことも無い。もしこの家に誰かが来るとしたら、それは森に迷って偶然ここにたどり着いた、以外の理由は考えられなかった。

つまり、少なくともこの家に僕と妹に逢いに来たというのは“ありえない”ことだった。


「ワタシ は、リーナム村のにんげ、んに 話を聞いて、いる」話の間のとり方が無秩序で聞き取りにくかった。それに声も低く相変わらずノイズが混じっている。「ノロ い。について、だ」

「……不老不死の呪いのこと?」と、僕は言った。

「 ソウだ」仮面が少し肯く。


僕は男のその言葉に顔をしかめた。“呪い”という言葉を聞くのも言うのも酷く久しぶりだった。もう忘れ去ったと思っていたリーナム村の記憶が海の底から浮かんでくる。目の前で自殺をしては元に戻る村人。悲痛な表情と耳が取れそうなほど大きな声。


「僕と妹はその呪いに随分と迷惑しているんだ。できれば関わりたくない。……悪いけど、他を当たってくれ」


僕は勢いよくドアを閉めた。その日、もうノックがされることは無かった。

──コンコン。──コンコン。──コンコン。

その音が再び響いたのは男が来た次の日。僕と妹は居留守を使った。日が暮れるまでその音は続いて、星が見え始める前に男は帰って行ったようだ。

その次の日も。またその次の日も男は家に来てはノックを続けた。何故そんなことをするのか、あるいはそうしなければいけない義務があるのか、当時の僕にはこれっぽっちもわからなかった。

──コンコン。──コンコン。──コンコン。

僕も妹もその音を聞きたくなくて太陽の出ているうちは耳を塞いでいた。しかし、こびりついてしまったかのように夜になるとノックの音が耳に聞こえる。

何度も耳を引きちぎろうと思った。耳まで手を伸ばして、指先が触れる前に腕を下ろす。引きちぎろうと切り落とそうと結局は“不老不死の呪い”のせいですぐに元に戻ってしまうのだ。もうこれ以上“呪い”のことを意識したくなかった。

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