2頁目「外出」
では、次の話をしようと思うんだけど……何を話そうかな。何しろ毎日朝から晩まで本を読む生活を兄妹揃って過ごしているから、誰かに話すほどの内容が書かれたページがあまりないんだよね、この日記。
あ、これにしよう。日記に書かれている内容はお金について。書かれた時期は、家造りが一段落した頃みたいだ。
紙面の1行目には小さく震えた文字で「お腹空いた」と記されている。確か……家を造っていた時はそれに夢中で気にならなかったけれど、家ができあがってきて幾分かの余裕が生まれた時に書かれた文字なんだと思う。
今となっては空腹を気にすることは無いし慣れてしまったけど、当時の僕と妹は不老不死の初心者だったからね。何も食べるものがないけど餓死することはない。まさに生き地獄だったね。
辺りは針葉樹に囲まれているし木の実がなければ動物もいない。川はあったけどせせらぐような小川が数本と、上流に工業都市でもあるのか酷く濁った川が一本あるだけだった。辛抱強く魚を探したけれど1匹も見当たらなかったよ。
そこら辺で僕と妹の腹の虫が脳のコントロールルームに侵入しちゃってね……僕と妹は建てたばっかりの家を森にひっそりと放置して食べられるものを探して森を出たんだ。
2、3日森の中をさまよった。腹の虫を鎮めるために小川の水をガブガブと飲んだ。歩く度にお腹からチャップチャップと水の跳ねる音がして、ちょっとした段差を飛び越えると口から滝がでた。
森の中をさまよって3日目。ようやく森からでることが出来た。途中で、もうこのまま永遠に森から出られないんじゃないか、せっかく造った家が勿体ないなと何度も思った。けれども、よっこらせと腰を下ろしたら、足の裏から根っこが生えてきてお隣の針葉樹の後輩になってしまうような気がしたんだ。だから僕と妹は寝る時以外は行進を続けた。
森を抜けると今までに感じたことの無い達成感があった。それは日記に書かれた文体からも読み取れた。ほぼ殴り書きで語彙が貧弱になっていた。すげー! 抜けたー! わっしょい! 最高!
きっとこれを書いていた当時の僕は帰りにも同じ苦渋を味わうということを考慮せずに、手放しに喜んでいたのだと思う。念の為、数ページ先を確認してみたけど案の定、あれ? もしかしてもう1回森を通って帰らなきゃ行けない? と阿呆な文字で書かれていた。
森を出たところから見えた景色は閑散としていた。草花が生い茂り、浅く穏やかで幅広い川が流れていただけだった。動物の姿や民家の姿は見受けられない。まるでこの森は世界から忘れ去られてしまったように草原の真ん中にポツンとあるように見えた。しかし、初めてこの森に来た時は近くに村があったためここはその反対側なのだろう、と俺は予想した。
森から約2日、川に沿って下流へと歩いていくと峡谷が見えた。そこには街が栄えていて、僕はその騒々しさに少し気が滅入ったのを覚えている。
たとえば、街に入って飯屋に入って美味しいご飯をたらふく食べる。暇つぶしの本でも少し買って森に帰る。不老不死の呪いがかけられているため、一般市民と暮らす訳にはいかなかったし、なにより折角造った家を放棄してしまうのはあまりにも勿体なかったからね。僕と妹はまた針葉樹の森の中にひっそりとした暮らしに戻る。めでたしめでたし。
と、なれば良かったのだけれどね。世の中思うようにはならないのが世の常だ。この呪い然り。村からの追放も然り。
僕と妹にはお金がなかったんだ。銅貨1枚たりとも持ち合わせてはいなかった。物々交換できるような品物もない。何しろ僕と妹は放逐された身だったし、私物は全て生まれ故郷に置きっぱなしさ。
さて。君たちならどのようにしてお金を稼ぐ? あるいは物々交換をするに足るものを手に入れる? もちろん強盗や窃盗は無しだ。
僕も妹もその方法について頭を抱えて悩んだよ。それこそ朝焼けから夕焼けまで。陽射しが作る影に日中目を落とし続けた。残念ながらアイデアは影からは出てこなかったけどね。
街に来てから一日が経過してもアイデアは浮かばなかった。不老不死の呪いがかけられてからこの身体は必要以上に睡眠を求めてくることがなかったから、夜の間は僕も妹も噴水の縁に腰を下ろしてウンウンと唸っていた。可愛らしい野良猫が訝しげな目を向けて去っていく姿は何となく心が痛んだね。君たちはそこで何をしているの? と言われている気がしてさ。
ここだけの話、アイデアは全くなかった訳では無いんだ。魔女っていうのはとっても珍しい存在だった。そして魔女の中には占いを得意とする者もいるらしい。僕の妹は魔女だ。……有り体に言うと詐欺を働こうとしたわけなんだけど、この案は直ぐにボツにした。それはあまりにも妹への配慮にかけた提案だったし、嘘は良くないからね。
結局僕と妹は飲食店のウェイトレスとコックを日雇いのアルバイトとしてやることになった。噴水のある広場で呆然と空を見上げていたら、レストランの店長に声をかけられたんだ、妹が。
初めてレストランという場所に入った。生まれ故郷にレストランなんてなかったからね。ガヤガヤとしていてうるさかったし、昼間から酔っ払ったみっともない客もいてあまり居心地がよかったとは言えなかったかな。でも昼にいただいた賄いはとても美味しかったよ。
僕と妹の腹の虫は賄い料理ですっかりなりを潜めてしまったため、給金は暇つぶしの本に使った。
街を出て川の上流を目指す。坂道を登ったというのもあるし、情けない話大量の本を抱えて1日歩けるほど僕に体力はなかったので森に着くまでは2日半かかった。
森の前にたどり着き妹の先導のもと僕は森に入っていく。不思議なことに妹には家がどこにあるのかだいたい把握出来ているらしい。森から抜け出す時には3日ほどかかったというのに、森に入って家にたどり着くには一日とかからなかった。




