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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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異端者の夏

作者: さくらい
掲載日:2008/10/15

 異端――外見からの情報で、湯本美雪(ゆもとよしゆき)は僕の目にそう映った。

 全国から秀才が寄せ集められた有名私立の男子高校の中で、湯本先輩は見た目だけで十分に浮いていた。

 進学校は校則が緩い。髪の色は自然な茶髪までなら、ピアスも目立たないものなら、煙草も人に見られない場所なら、不純異性交遊も相手に妊娠さえさせなければ……殆どが曖昧な線引きで見逃される。

 所持品検査もなく風紀委員も居ない。それは教師が生徒を信用しているというよりは、生徒自体に羽目を外す余裕が無いからだ。賢い生徒は内申書に響くような事はしない。それぞれがここまでの範囲なら咎められないだろうと計算して、その範囲内で火遊びをする。決してヘマはしない。それが分かっているから、教師の方も成績に支障が無い生徒の火遊びにはノータッチだ。


 その中で、湯本先輩は明らかに異端だった。黒髪ばかりの学生の群れ――茶髪の生徒も居る事には居るけれど――その中で、一人鮮やかな金髪、黄色というよりは白に近いくらいに綺麗に脱色された髪の生徒、目立たないわけがない。

 ぼんやりの僕ですら、クラスメイトの名前を覚えるより先に、湯本先輩の名前を覚えてしまった。湯本先輩は髪の色だけでも十分に目立つのに、凶器みたいなピアスをじゃらじゃらと耳だけでなく唇にまでつけていた。もちろん制服だってまともな着こなしはしていない。


「あぁ、湯本先輩だろ。俺も何でこんな場所にあぁいう人がって思ったけど、成績がずば抜けて良い上に、バックが強力なんだろうな。ほら、政治家の息子とかじゃない? それで先生達も好き放題させてるって話だぜ」

 隣に居たクラスメイトの高石が、湯本先輩の強烈な容姿に呆然としている僕にそう言って聞かせた。

 高校に入学して日も浅い四月。一度食堂ですれ違っただけで、僕は湯本先輩の顔も名前もはっきりと覚えたのだ。



 高石の話が何の根拠もない憶測だと気付いたのは、二年の夏期講習の時だ。一年以上もの間、僕も湯本先輩は秀才で政治家の息子だと、何の根拠もなく信じ切っていた。

 だから夏期講習で、湯本先輩が僕の隣の席に座った時は本気で驚いた。

 夏期講習は、夏休み目前に行われる実力テストの成績でクラスが振り分けられる。優秀な生徒は一つ上の学年のクラスに、成績の悪い生徒は下の学年のクラスにといった風で容赦がない。学年の中でもAからFまでランクがある。僕の成績は中の上で、大体の教科は二年のBクラス、古文だけが絶望的な出来で二年のFクラスだった。その二年のFクラスに湯本先輩は居たのだ。

 成績で振り分けられるといっても、自分の学年より上や下のクラスに行くのは数名しかいない。特に三年生は受験対策コースが別に設けられ、苦手な教科があったとしても受験に必要のない科目なら講習を受けなくていい。だから普通、三年で下の学年の夏期講習を受ける生徒は居ない。三年の夏の時点で下のクラスに振り分けられるような成績しか取れないのなら、その教科は受験科目から外してしまうからだ。

 それなのに二年のFクラスの授業に来るなんて……他の教科の成績も似たり寄ったりに違いない。

 湯本先輩の秀才説は僕の中で消えた。残ったのは、政治家の息子説。相変わらずの金髪に着崩した規定外の長袖のシャツ、鋲の付いた派手な白いベルト。こんな格好で何の注意も受けないのだから、政治家の息子で無くても、それなりの地位にある人物の放蕩息子といったところだろうか。

 僕は少し呆れて、少しホッとした。

 夏期講習で隣の席が湯本先輩だった事に。



 ――夏服恐怖症。

 一年の夏、クラスメイトの一人が僕にそんな病名をつけた。名前の通り、白の半袖のカッターシャツに黒のズボンというありふれた夏の制服が僕は苦手なのだ。特に自分よりも体格のいい運動部の生徒と夏服の組み合わせが怖くて仕方ない。

 だから僕は六月から九月までの夏服期間中、殆どクラスメイトと会話もせず、夏服を着た生徒が視界に入らないように俯いて過ごす。

 僕の夏服恐怖症は、夏服の男子学生に悪戯されたからだとか根も葉もない憶測があることも知っている。でもそれは湯本先輩の秀才説や政治家の息子説と同じようなもので、周りは真相を知りたがっているわけじゃなくて、適当な理由をつけて納得したいだけだと思う。弁えのあるクラスメイト達は特に詮索する事もなく、僕が「夏服恐怖症」なのはそういう事情があるんだろうと勝手に想像して勝手に納得し、夏服期間中は気を遣って話しかけてこない。僕も夏服嫌いの本当の理由を知られたくないから、変な憶測を正したりはしない。


 僕は隣の席が夏服を着ていない湯本先輩で心底安堵した。それに湯本先輩は僕よりも小柄で運動とは無縁そうな体つきだ。古文の授業は週に三回だけだけど、一時間でも隣に夏服を着た生徒が居ない時間が三日あるという事が僕にとってはかなりの救いだと思ったのだ。


 でも、その考えは早々に覆された。二回目の古文の授業中に。

 湯本先輩は、授業を真面目に聞く気はないらしく、居眠りこそしないけれど教科書も開かずに頬杖をついている。

 初日の授業でそうだったんだから、教師の方もちゃんと出席するだけマシと思って黙認しているのかと思っていた。

「今読んだところ、湯本、訳してみろ」

 二回目の授業で、古文の山岡が唐突にそう言った時、僕は他人事なのにギクリとした。

「早くしろ」

 山岡に急かされて、湯本先輩は面倒臭そうに立ち上がった。教科書すら開いてない先輩が授業を聞いていたとは思えない。訳す箇所だって分かっていないはずだ。

「どうした? お前、三年だろう? 源氏物語も訳せないのか?」

 蔑むように山岡は続ける。僕は自分が当てられたわけでもないのに動揺して、あらかじめ予習しておいた自分のノートの訳文に慌ててアンダーラインを引いた。山岡の当てた箇所はこれで分かるはず。後は山岡にばれないように、これを先輩に渡せばいい。

 思い立ってみても、実行には移せなかった。

 湯本先輩が少しでも困った顔をして僕を見てくれたら、すぐにでもノートを差し出す準備はあった。せめて慌てて教科書でも開いてくれたら、ノートを渡せなくても当てられた箇所を教える事だって出来た。でも、先輩は隣の席を一度も見なかった。ただ席を立って、山岡を小莫迦にしたような目で見ているだけだった。

「お情けで零点の落ちこぼれを二年のクラスに入れてやったが、一年からやり直した方がいいんじゃないのか? ……ったく、恥かしいと思わないのか。あぁ、そんな見るからにバカみたいな格好してられるんだからな、お前に羞恥心を求めても仕方ないか」

 教室中は静まり返っていた。山岡は一人で得意気に小言を繰り返した。先輩は無表情のままで、僕は完璧に助けるタイミングを逃してしまった。

「もういい、湯本は座れ。お前らはこういう人間になるんじゃないぞ。橘、代わりに訳せ」

 散々嫌味を言った後、山岡は隣の席の僕を当てた。僕は訳しながら、嫌な気持ちになった。当てられた箇所はちゃんと分かっていたのに、わざと先輩に教えてやらなかったみたいで、山岡と共犯になってしまったような変な罪悪感でいっぱいになった。少なくとも、僕がためらったりせずにすぐにノートを貸しておけば、先輩は長々と責められずに済んだはずだ。



「あの、さっきはごめんなさい。当てられた所、すぐに教えれられなくて」

 授業が終わると同時に、勇気を出して湯本先輩に声をかけた。もうこんな気持ちになるのはごめんだ。少しでも打ち解けておけば、次からは同じ状況になっても助けやすい。

「変な奴。別にあんたが謝る事じゃねえだろ」

 俯いたまま謝った僕に、素っ気ない返答をして湯本先輩は席を立った。おずおずと視線を先輩に向けると、意外に先輩は柔らかい表情で。

「あ、予習はしとけよ。俺、アイツに指されても答えないから。また代わりに当てられるぜ」

 目が合うと、急にくだけた調子になって話しかけてくる。

 授業中の不遜な態度が嘘のように、湯本先輩は人懐こく笑いかけてきた。

 夏服期間中、気を張って誰とも話さないように決めていたのに、湯本先輩の笑顔で僕は思わず気を緩めてしまった。

「……先輩は、山岡先生と仲が悪いんですか?」

「仲悪いっつーか、完璧に嫌われてるからなー。アイツ嫌がらせで俺の事当ててくるからさ」

「嫌がらせって」

「答えないの分かってんのに当ててくるんだよ。で、嫌味言うの。マジだりいよアイツ」

 膨れっ面で愚痴を言う先輩は、元が童顔のせいか僕よりも年下に見える。色白で大きな目に小ぶりだけど通った鼻筋、柔らかそうな唇、顔の造りは女のものに近い。多分、普通にしていれば大人に無条件に可愛がられるタイプだと思う。それに派手な格好をしなくても目を惹く容姿なのに、あえて悪目立ちして目を付けられるような格好をするなんて、計算高い生徒の集まる学校では、やっぱり異端だ。

「橘、だっけ? あんたも目ェ付けられないように気を付けろよ」

 先輩は揶揄うように言って、僕の肩を叩いて教室を出て行った。

 ……性格だって、不良ってわけじゃなさそうなのに。

 キツイ態度をとられると構えていた僕は、少し拍子抜けして先輩の背中を見送った。

  

 

  

 湯本先輩の忠告は当たった。古文の授業中、毎回先輩は山岡に指名され、先輩は答えないから小言の後、代わりに僕が当てられる。山岡は訳文で当てる時もあれば、意地の悪い問題を出す事もある。先輩の忠告通り、僕は予習して授業に臨んでいたけれど、訳文はともかく、源氏物語の研究者の解釈の相違点がどうとか専門的な知識が必要な質問には全くお手上げだった。

 山岡は嫌味を言っても何の反応も無い湯本先輩で溜まった鬱憤を、隣の席の僕を責める事で晴らしているらしかった。僕が項垂れて、分かりません、と謝ると、山岡は満足気な顔をする。それから嫌味の矛先を先輩へと戻すのだ。

 先輩は何を言われても平然としていたけど、僕は苦痛だった。蔑まれる事は、何時まで経っても慣れない。僕には何の自信もないからだ。

「あんな問題、受験に出るかっての。しかも、アイツ質問するだけして、答え言ってねえし。アイツも分かってないんだぜ、絶対」

 授業が終わると、湯本先輩はいつも僕に話しかけてくる。特に僕が代わりに質問に答えられなかった時は、そんな事気にするな、と打ちのめされた心を軽くしてくれる。先輩の話し方は独特で、全ての事がどうでもいい、別に大した事じゃないと思っているような投げやりな口調だ。それが逆に心地良かった。山岡に蔑まれても、そんなのは別にたいした事じゃないと思わせてくれる。

 多分、これが無かったら、僕は怒りの矛先を湯本先輩に向けてしまっていたのかもしれない。……僕がこんな目に遭うのは、湯本先輩のせいだって思っていたかもしれない。

 夏の間は、クラスメイトは話しかけてこない。だから落ちこんだ僕を慰めてくれるのは、湯本先輩だけだ。古文の授業で山岡に目を付けられた僕と湯本先輩の間には、いつの間にか共通の敵を持つ兵士のような妙な親近感が出来ていた。


「そういえば先輩は何で山岡に嫌われてるんですか?」

「さあ? 見た目がこんなだからじゃねえの?」

「でも、他の先生は何も言わないんですよね」

「だって俺、成績良いもん」

 ……すっかり僕の中で消えていた先輩の秀才説が本当だったと知ったのは、夏期講習も半ばを過ぎた頃の事だった。

 放課後、夏服の生徒が校内から居なくなるまで僕が教室に残っている事を知った先輩は、授業が終わると度々二年の教室へと遊びに来るようになっていた。大抵はとりとめもなく話すだけだけど。

 窓際の机に座って、先輩は山岡が嫌いだから実力試験は白紙で提出した、それで二年のFクラスの講習に出席しないと卒業させないと言われたんだと笑った。

 窓から差す西陽で、先輩の髪はオレンジに綺麗に染まっていた。この人は不器用な方法で自分を守る人だと思った。

「じゃあ、他の教科は三年のクラスなんですね」

「他のは取ってねえよ。自主学習。受験対策クラスは出席しなくてもいいし」

「へ? じゃあ何で」

 殆どの三年は受験対策コースに出席するけれど、出席しないなら別に学校に来る必要はない。一人で勉強するなら、学校の自習室よりも、寮か付属の図書館の方が静かでいいはずだ。それに古文の授業がない日も先輩は昼休みや放課後に僕の所に来ている。

「橘と話しに来てんだよ」

 先輩はあっけらかんと言った。何の含みもない普段通りの口調だ。

 それなのに、僕は、先輩とは全く別の感情を芽生えさせてしまった。

 ……不覚にも、ときめいてしまったのだ。



 ――フラッシュバック。

 その晩、夢を見た。中学二年の夏の夢だ。

 中学に入ってから、僕は夏服の時期になると自然と男子生徒を目で追うようになった。些細な憧れのつもりだった。僕は自分の貧弱な体がコンプレックスで、背の高い逞しい体を持つ生徒を羨望の眼差しで見つめる癖があった。男らしい体つきは、夏服になると一層際立つ。

 二年になって仲良くなったクラスメイトに、野球部ですごく格好良い奴が居た。上背があって筋肉質だけど均整のとれた体つき。ほとんど無意識でその体に触れた。薄いシャツ一枚隔てた下にある筋肉がどんな感じなのか知りたかった。性的な意味のある触り方をしたかどうかは分からない。でも、近くでそれを見た女子がからかってきた。

「やだぁ、橘君の触り方、ホモっぽいよ」

 ――動揺してしまった僕を面白がって、女子は僕をホモだと言い触らした。僕自身にその自覚は無かったけど、男の体ばかり見る僕は普通じゃないと断言されて、何も言い返せなかった。自分が普通だと言い張れる程の自信を僕は持ち合わせていなかった。

 それは学校中の噂になって、ほとんどイジメに近い状況になった。僕は残りの中学生活を俯いて勉強する事だけに費やして、誰も自分の事を知らない世界に逃げるために県外の有名私立を受験し、合格した。



 夜中に目が覚めた。嫌な汗が背中を伝った。それから湯本先輩の無表情な顔と笑った顔が交互に浮かんだ。

 それから何故か笑えてきた。

 中学二年のあの夏の日から、夏服は僕のトラウマになった。夏服が全て悪いのだと思いこんだ。

 あれは一時の気の迷いだと思っていた。僕自身でも分からない事を女子は勝手に暴いて勝手に想像して、僕をホモだと決め付けたんだ、と。

 あの頃は、皆が僕をホモだと決め付けて蔑み嘲笑した。僕はひたすらそれが怖かった。違うと叫ぶ勇気はない癖に、「普通」の枠から外れるのが恐ろしかった。

 周りにホモだとか気持ち悪いとか言われるから、僕自身そうなのかもしれないと洗脳されそうになっているだけだと、壊れそうになる自分に言い聞かせた。一生懸命、「普通」に戻ろうとした。……夏服さえ見なければ、大丈夫だと思っていた。

 思い返してみれば、馬鹿げた徒労だ。

 僕は、湯本先輩に惹かれてしまっている。

 ――夏服でもない、逞しい体とは程遠い、「同性」にだ。


 もう、自分自身に言い逃れは出来ない。

 「普通」になれないのなら、開き直るしかない。

 一度、自分で認めてしまえば、案外気は楽だった。周りの思惑なんて全てどうでもいいと思っている湯本先輩の影響かもしれない。学校という小さな社会で、「異端」になる事を恐れない先輩が居るからこそ、僕は「異端」だと自分を認める事が出来たのかもしれない。



 翌朝、僕は初めて顔をあげて登校した。クラスメイトにも普通に挨拶出来た。

 驚いた顔をした高石に、夏服恐怖症は治ったんだと告げた。それにどんな憶測が出てくるのかは分からない。

「お前、友達居たんだな」

 放課後、クラスメイトと会話していた僕を見て、湯本先輩は心底驚いた顔をした。

「僕、夏服恐怖症だったんです」

「何だソレ、初めて聞いた」

「夏服期間が終わったら、ちゃんと教えます」

「気になるじゃんか、今教えろよ」

 先輩は笑いながら、僕の袖をひっぱっる。

 夏服期間はあと一ヶ月と十日。それまで僕は顔を上げて過ごすつもりだ。きっと目移りなんてしないだろう。

 ……夏服恐怖症が完璧に克服出来た時、僕は先輩に告白するつもりだ。

 上手くいくなんて思ってはいないけれど、もう「異端」になる事は恐れない。



 了




恒例の長ぃ後書き☆

お久しぶりの短編投稿でしゅ♪

今回、私ゎ受×受ブームで、それっぽぃカプぉ組んでみたりしました(*^∀^*)

書き始めた時ゎケータイ小説ぉ書こぅと思ってたんで高校舞台、出来れば全寮制、でプロット組まずに書き殴っちゃぃました!笑

エロ無しセンシティブ系ぉ目指そぅとか思ったんですけど、短編のつもりが長くなっちゃって(汗)

後半、急ぎすぎなのゎ自覚してまふ↓↓

一応、これゎ長くなりすぎるなぁって思ったので、連載用のネタとプロットぉ別に作って、ブログに途中まで公開してまふ☆

目途がたったら、ムーンライトでエッチ有で連載しましゅ(>∀<;)

最初の方ゎ短編と同じかもですが、結末部分ゎ大幅に修正する予定!!

十話完結くらぃにするかにゃ??←未定です!笑

受受設定で良ければ、連載バージョンも是非読んでくだしゃぃ!

多分、十月中にゎ公開するんじゃなぃかな(^^;

でゎ最後まで読んで下さって有難うござぃましたぁ☆

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公と先輩の関係が良かった。爽やかでした。
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