round 4-1
「アルゴス」選抜大会一日目
Jam、無事に三試合とも勝ち抜きウィナーズで突破。
現在会場の横にあるホテルの一室にて一人。
アケコン等の道具が入ったリュックをおいて真はベットに横になっていた。
「疲れた。」
予選の相手も強かった。
明日からはTOP32、俺と同じように勝ち残ってきた相手だ。
唐突に部屋がノックされる。普段よりも重いと感じる身体を引きずって
誰か来たのかと、ドアを開ける。
「兄貴。」
義妹がいた。
話を聞くと詩織にお願いして部屋を教えてもらったそうだ。
「シオさん、やさしいの。ちょっとわがまま言ってお部屋同じにしてもらった。」
彼女は二パッとヒマワリのように笑う。
「楽しそうだね。」
「うん、こんなに盛り上がるものだと思わなかったし、兄貴が部屋に引きこもって何してるかわかんないってママも心配してたよ。」
「そうか。」
義母さんもか
「確かね、明日まではネット配信のみなんだけどTOP8からはテレビ放映するんだって。」
その話に耳を疑う。
「ほんとか?」
「うん。シオさんのお父さんが勝手に手配しちゃったみたいでホテルの部屋でシオさん、パソコンと携帯をいったり来たりしてるから部屋にいても邪魔かなってだから兄貴の部屋聞いて来たの。」
「俺も邪魔になるんだけどな。」
せっかくだから練習見せてよ。
私はそう言った。
「めんどくさいな。」
私の兄は苦笑しながらもゲーム機を起動してホテルのテレビに画面を表示する。
兄貴が使っているキャラクターはバズヴ、アロハシャツにスポーツタイプのサングラス。後ろで赤髪を軽くまとめたチンピラのような男性キャラクターだ。
「切り札」となるビトレイヤースタイルを使用することで特殊警棒かゴルフクラブを取り出して間合いを変化させることが出来る。
そんな変化を持つタイプのキャラクターを彼は使い始め、今日はこれで三勝している。
いつものように設定を確認しながら進んでいく。
兄は楽しそうにアーケードコントローラーを膝の上に乗せるとボタンを叩き始める。
まるでピアニストがワルツを奏でるように兄の細い指は滑らかに動いていく。
トレーニングモードでただひたすら同じ動きをしていく。
数十秒で勝敗が分かれる、たった数十分間のためだけに兄はどれだけ。どれだけ。
悩んで、わめいて、苦しんで、もがき続けていたのだろうか。
食事の時さえ何か悩んでいるような表情をしていた。
携帯で何かをずっと見ていた時もあれば、ぼんやりとリビングで空を見つめていた。
心配になった。
ある程度の年齢になってから義理の兄になった彼。
彼はどれだけの努力をしてここに立っているのだろうか。
そしてなんで笑っているんだろう。
泣きそうになるから私は兄に背を向ける
「そろそろ行くよ、兄貴の邪魔になりそうだから。時間も時間だから。」
時計は23時に針が向いていた。
「あ、そうか。すまんすまん。」
彼はエレベーターのところまで送ってくれる。
「兄貴」
「ん?」
ぼんやりしたような顔、ダサい眼鏡。そこに向かって言う。
「楽しみにしてるよ。」
エレベーターが閉じる直前に彼女は言葉を放つ。
「私のヒーロー」
「さてと」
とりあえず言葉に出す。
一回戦を終えると、ギャラリーが増えていた。
格闘ゲームは対戦している姿を後ろから見ることが出来る。配信台という時点で気づいているかもしれないがすべての台が配信されているわけではなく、対戦が終わり、辺りをふらついていると人の壁がありその中心には有名プレイヤーがトーナメントの試合を行っている。
なんて場合もある。
有名選手は人の壁ができやすい。
プレイしている方は気が散る。
超必殺技とか、モーションからの一撃必殺技のような「魅せるプレイ」をするのはいい。
拍手とか「おおぉぉぉ」とか歓声を上げられると集中できない、ってな人もいる。
今はそんな気持ちよりも
とにかく勝ちたいという意志の方が強かった。
胸の中に不安やら緊張やらいろんなものが浮かんできたがそんなことはどうでもよかった。
勝ちたいという根本的なものが俺を動かしていた。
真は部屋に戻るとすぐさまコントローラーの確認をしてコンボの練習をし始める。
疑問点があればすぐ調べ、またコマンドを練習する。
俺にはそれしかできないのだから。