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突然だが、ケプラート公爵領の都、ケプラートは周囲に危険も無く、領主が守銭奴な為、都市結界は安上がりな物であった。
しかし、街を覆う外壁は立派で、東西南北の門から伸びた道は真っ直ぐと中央にあるケプラート公爵の住居たる城に繋がっている。
そんな城の朝9時、小太りな家の主であるケプラート公爵は沈んだ表情をした平民の女と共に寝室から出てきた。
「いつまでいる、とっとと帰らんか」
ケプラート公爵の日課、つまりはそう言う事である。
ケプラート公爵は金と権力と女が大好きな、葵に言わせてみれば典型的な馬鹿貴族であった。
ケプラート公爵のするべき仕事は多い。税の管理の最終確認、ギルドとの定期会議、重大な事件に対する司法権の行使、他にも数え切れぬ程沢山だ。
「今日は西区に行こうかの」
公爵の日課その2、それらを全て執事に任せ、女漁りに行くことである。
その悪癖は有名であり、そのせいで城門の近くは本来治安、外敵からの危険性の関係で高価になって然るべき土地代、家賃が今も下降を続けているほどである。
『不動産屋に行けば領主の程度が知れる』と言う格言は、エルミスで非常に有名だ。実用性が高いので。
そして、そんなケプラート公爵は今も大好物とする女、金の両方を見つけたのだった。
「いやあ、随分とここは活気に溢れているんだねえ」
「まあ公爵領だしな」
「キュウ」
葵らがいるのは北区、ギルドが存在する区域だ。
「おにいさーん、ギルドの場所しらなーい」
「おう、あそこを曲がってすぐだぞ」
「ありがとー」
葵が道を聞いてギルドに着く。基本的にギルドは外に近い場所に建てられるのですぐだ。
中に入るとまだ7時なので冒険者が依頼掲示板にたかっていた。
冒険者のランクより上のランクの依頼は受けられず、また、下過ぎる依頼を高ランク冒険者が取るのは後輩に優しくないということでマナー違反とされるので、ランクごとに分けられた掲示板のどこにいるかでだいたいランクが分かってしまう。
「やっぱり高ランクはす少ないんだなあ」
依頼も、冒険者も、高ランクが少ない傾向にあるのは一緒だ。
「私たちも依頼を受けた方が良いのでしょうか?」
「いつまでも低ランクだと変なのに寄ってこられるだろうしねえ」
そう、この街自体が変なのの縄張りで、しかもこの世界は大きいのでそれに比例して縄張りもありえないほど広いのだが。
「どう、この荷物運びの依頼とか」
葵が指した依頼書はこれだ。
Eランク 一般 分類:雑用 即日依頼
募集:1パーティ
荷物運び
・引っ越しの手伝いとして荷物が入った箱を運んでほしい
・体力のあるやつ、魔法で運べるやつは大歓迎だ!
・荷物運びが終わるか日が暮れたら終わりにする
・終わるのが早ければ追加報酬もはずむぞ!
・これを見て荷物をくすねようとか思った野郎はBランク冒険者の俺が相手をしてやるから挑戦してみることだな!
報酬:4000ゴールド+追加報酬
コード:1-1-3-1-27
「中々愉快な依頼だな」
「良いんじゃない、お金には困ってないし」
「依頼と言うのがどのようなものかも見ておきたいですしね」
皆反対はなさそうだ、と確認したところで葵が目を掲示板がある上から下に向ける。
数字が刻まれた板が番号ごとに分けられて箱にいれられている。依頼のコードと同じものを取って受付で渡す仕組みだ。
「妙な部分が整然とされてるよな、この世界」
「どうも化学力もあるようですしね」
話しながら受付に並ぶ。
順番が回ってきた。
「えー……荷物運びの依頼ですね。冒険者カードをお願いします」
葵達がギルドカードを出す。それを受付嬢の女が魔法陣に乗せた。
「はい、確認しました。初めての依頼なんですね」
「そうなんですよー」
「パーティの登録はこの四人で良いですか?」
「はい」
葵が肯定すると受付嬢がギルドカードの乗った魔法陣に手をかざした。
「パーティ名はどうされますか?」
「えっ」
葵が振り返る。
「どうする?」
「いや、葵が決めれば?」
「うん、魔法はともかくこの手の命名は俺、時間かかっちゃうから」
「右に同じく。ですね」
「えっ、あ、これ後でも変えられるの?」
受付嬢がにこやかに返す。
「ええ、いつでも変えられますよ。パーティ名に関しては、そのパーティの個性や象徴的なものを取り入れる方が多いですね」
「あっ、えっと」
葵が後ろを見る。行列だ。いつまでも考えている時間は無い。
「えっ、えっと、どうしよー」
「キュ?」
ミーシャと目が合った。
――これだ
「あっ、えっと、その、白猫、旅団で……」
「キュウ⁈」
「はい、白猫旅団ですね」
「は、はい」
こうして、拓哉、葵、祐介、光明、そして場合によってはミーシャも。この面々は『白猫旅団』と言う名の集団になった。
受付嬢から地図を貰った葵が先頭に街を進みながら問いかける。
「白猫旅団、で良かった?」
「旅団って軍隊みたいですね」
「旅団ってテロリストみたいだな」
「旅団って盗賊みたいだね」
「あ、そっち?」
「キュウ……」
白猫旅団の仲は良好だ。恐らく。
地図に書き込まれた場所に着いた拓哉たちを待ち構えていたのは屈強な大男であった。
「すいませーん、ギルドの依頼を受けたのですが」
「おっ、来たか。堅苦しくしないでいいぞ」
その大男は振り返ると白い歯を見せて笑いながら自己紹介をした。
「俺は依頼書にも書いておいたがBランク冒険者、名前はヴァルゲルだ」
「言いづらい!」
「……よく言われるよ」
そう言ったヴァルゲルは、話を続ける。
「うちのパーティが試験次第ではそろそろ皆Aランクになれそうな勢いでな、パーティ単位の仕事での付き合いで引っ越しを手伝ってるんだが、生憎荷物が多くてな」
「強いのですね?」
「まあな」
ヴァルゲルは少し照れる。
Aランク冒険者は数が少ない分、その強さも格別だ。Bランク冒険者とは強さで壁を隔てている。
「さあ、自己紹介代わりにカードを見せてくれ」
拓哉たちがギルドカードを見せる。
ギルドカードには魔力認証機能が付いているので盗まれないし、盗む必要性もない。
「漢字が四人とは珍しいな」
エルミス王国では漢字を使う名前はたまにいる程度だ。
それでも存在するのは、昔存在した偉人の影響なのだが。
「私達のパーティ名は白猫旅団。私が祐介です。こちらが葵、その左が拓哉で奥にいるのが光明です。あ、あと、その肩に乗ってるのがミーシャさんですね」
「キュウ!」
ヴァルゲルがミーシャを見た途端、顔を引きつらせる。
「……白猫、か。……鷺を烏と言いくるめるのも、いや、白いのか。で、何なんだ、これは」
ヴァルゲルが真顔で問う。
「あれ、ばれたか?」
「俺だって伊達にBランクじゃねえんだよ。注意して見れば分かるわ!」
通行人の目がこちらを向くが、すぐに興味を失う。
Aランク冒険者でも気づかぬ者は少なくないが、ヴァルゲルっは気付いたようだった。
「ホワイトドラゴンだ」
「キュウ!」
ヴァルゲルが信じられない物を見る目でミーシャを凝視する。
「……期待の新人だな、お前ら」
「ありがとうございます」
「キュウ?」
ヴァルゲルはミーシャのことについて聞くのをやめた。何か、そこに躊躇われるものがあったから。
「でだ、そこの荷物を運んでほしい訳だ」
ヴァルゲルの指さした方向にあるのは荷物の山だ。箱に入った荷物が乱雑に置かれている。
「あれを引っ越し先に運ぶ」
「じゃあ、しまおっか」
拓哉がそう言って次元収納に荷物をしまう。
「おまっ、収納使えるのか⁈」
「全員使えるよ」
やっとため口になって拓哉が答える。
「へえ、こりゃ早く終わりそうだな。拓哉の収納が一杯になったら次は光明がしまってくれ」
「はーい」
「分かった」
ここで『収納』について説明しよう。
ヴァルゲルの言った収納とは『拡張収納』のことである。
その仕組みはまず、空間拡張の魔法を使って魔玉(魔石を加工した物)の中に空間を生み出し、拡張する。そして、その魔玉全体に重量一定化術式を付与し続ける。
魔法記録用の魔玉に魔法を常駐させて定期的に魔力を注ぐといった事をしてやっと、魔法発動者のみ取り出せる重さと体積に上限のある拡張収納が出来るのだ
対する白猫の面々がそれぞれ考案した「次元収納」は実に単純明快である。
まず自分のいる世界と異次元を繋ぎ、その異次元全体を私有化し、異次元において基準とする空間座標を決め、荷物を置いて終わり、である。
当然、容量が拡張倍率で決まる拡張収納と違い、次元収納は次元の彼方まで物を置き放題、浮かし放題だ。
つまり、
「……お前の収納どうなってんだよ」
全て、拓哉が収納してしまったのである。
「いやあ、俺たち何のためにいるんだろうな?」
「賑やかし要員ですかね?」
「キュウ!」
「……まあ、早く済むのは良いことだな。よし、引っ越し先は西区だ。行こうか」
ヴァルゲル主導で白猫旅団の面々は西区にある大きな家へとやってきた。
「はっはっは、私の愛しい子の一人、『電子浮遊レール』です!」
祐介が、出したレールを玄関に敷くと荷物が浮き、魔法の精密制御があまり得意でないヴァルゲルでも、少し押すだけで簡単に動くので整理も捗った。
祐介は実用品の中では銃器が一番好きなジャンルなのだが。
「いやあ、速くて助かったな。受領書、見せてくれ」
葵が受領書を取り出す。
この受領書と被依頼側のギルドへの申告、依頼側のギルドへの連絡で依頼達成とされる。
ヴァルゲルが魔法を乗せてサラサラと書く。契約などに使われる生活魔法(大抵の人が使える魔法)の一つだ。
「ほい、完璧だったぞ。将来が楽しみだな」
「うん、ありがとう」
葵が収納に閉まって依頼は終了である。
そして、白猫旅団はヴァルゲルの家の門に当たる部分に今はいる。
「報酬もはずんどいたから期待しといてくれよ」
「うん、ありがとう」
葵が笑う。
たとえこの四人でも、実際にははした金だとしても、人の好意は嬉しいものなのだった。
しかしこの四人の場合、人の悪意には普通より過敏に、それ相応の対応をするのだが。
「おい、貴様」
葵に声を掛ける趣味の悪い服を着た男。
今日の西区には、悪意の塊がいた。