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祐介らが外に出たが、当然深夜の街に人は少なく、いるのは少数の冒険者、飲み倒れ、警備兵というような者ばかりだ。
「一泊してから入ればよかったですかね」
「うーん、これじゃ宿も開いてないよねえ」
そう、宿が閉まっているのだ。睡眠の必要が無いとは言っても眠るのは趣味的に極稀に程度でもしたい。と、いうのが祐介らの主張である。
特に戦争帰りの祐介と光明はそれが強かった。
「よし、街の都市結界破るか」
「いよいよ本当に勇者が僕たちを討伐しに来ても不思議じゃないなあ」
拓哉がどこか遠い目をしながらも反対しないのは、しても意味が薄いと分かっているからだ。
都市結界破り。
空を飛ぶモンスターや人為的な攻撃、儀式魔法などを防ぐために張られる結界だ。
当然それを破るのは犯罪である。
「でも警備兵に捕まるよ」
「そういう時の為の魔法なんですよ。<欺瞞迷彩>」
そう唱えた祐介の体が見えなくなっていく。
迷彩技術を利用した魔法だ。
「いや、人前で消えないでよ。本当に魔王だよ、これ」
「じゃあどっか移動するか」
そう言って四人は路地へと移動していった。
「じゃあ私も夜だしこういうのは得意分野かな、<闇夜の蝙蝠>」
「葵は勇者って呼ばれたはずなのに、その時から既に魔王って感じだったよね」
葵が使った魔法は自分の体を適度に闇で覆い、目立ちにくくするというものだ。
少なくとも勇者と言われる者のすることではない。
「後でデコイ覚えた方がいいかもな。<光線貫通式迷彩>」
「うん、またこういうことするつもりなの、光明?」
「いいから拓哉も張りなよ」
「……はあ、分かったよ。<デコイ>」
全員が見えなくなって話し合う。
「さて、どうやって脱出しようねえ」
「飛んでいくとドーム状の結界に当たりますからね」
「やっぱりそこは強引にこじ開けるか」
「なんか僕たち囚人みたいですね」
「よし、こじ開ける報告だな」
そう言って光明が浮く。それに続いて皆浮くと一気に上空へと飛び、急停止する。
都市結界だ。
「結界だな」
光明がそういうとミーシャと共に結界を解析する。
「キュ」
通常、このような結界を魔導師無しで維持するには、特殊鉱石かモンスターの体に埋まっている魔石を使用する必要がある。
「B級魔石20個で持続時間42日と18時間35分29秒。現在、魔石交換から3日と2時間少しだ。効果は物理障壁に対魔法障壁を組み合わせた対外部圧力結界で、範囲は都市全体。術式構築は魔法陣による比較的簡略化されたものだ。突破は簡単だがばれないようにとなれば……まあ、それも楽だろうな」
「ミーシャちゃんと光明本当、短時間で精密な情報まで読み取れて凄いねー」
「キュウ!」
ミーシャがすごいでしょー、とふさふさな胸を張っているのに顔を綻ばせながら、光明が収納から30センチメートル程度のタクトを取り出して結界にかざす。
『タクト・オブ・ユグドラシル』
本当に世界樹の枝を原材料の一つとして造られた光明の武器だ。
それはタクトなどと呼んでいいのか疑問なものでもある。
少し光明の魔力を流しただけで斬撃効果が生まれ、更に魔力を流せば、並の剣ならば叩き切ってしまううえに、魔法の方が得意な武器ときている。
「光魔法と結界魔法は得意分野なんだよ。<侵略結界>」
結界の膜に気泡のようなものが出来てそれがどんどん大きくなっていく。
「そんな方法があるんだねえ」
「随分と強引ですね」
「一番楽だからな」
光明が使った魔法は結界に新しく作ったより強力な結界を侵食させてその部分の空間を開放するという、結界系魔法適正と魔力のどちらも常人ならざる能力の高さを持っているからこそできる荒業である。
そして、直径2メートルの球体を形作る光明の結界内部に本来あるはずの都市結界が、そこだけ丸く押し広げられて消滅していた。
「よし、通るぞ」
四人が穴を通り、その数秒後、穴が元の結界で埋まった。
そして、人知れず街から人間が4人、密出した。
犯罪である。
「さて、じゃあどこに向かおうか」
ランゲルの西、夜の街道の横、林に四人はいる。
「とりあえず、ケプラートってとこ行く?」
ケプラートとは未攻略ダンジョン、「樹林迷宮」が存在する森林最寄りの街、ケプラート公爵領首都のケプラートのことである。
「でも、門は5時に開くんでしょ。もう3時だし結界破るのもまずくない?」
「どこかで時間を潰しましょうか」
「何か食べるとか?」
「ふっふっふっ」
笑っているのは光明だ。
「光明、どうしたの」
「料理の事ならこの光明とミーシャに任せろ!」
「キュウ!」
「わーい! 光明のご飯は地球でも美味しかったもんね」
「うわ、なんか僕、変なスイッチ入れちゃった?」
そのテンションのまま、光明が取り出したのは調理器具の数々。
「今まで数多の料理に触れ、魔法による調理方法の研究もしてきた成果を、見せてやろう!」
「うわあ、目が怖いよお」
「兵器について話す祐介と同じ目だよねえ」
「そうなんですか?」
「で、何が食べたい?」
「あっ、テンションが戻った」
「シチューが食べたいなー」
「分かった」
そう言って光明が取り出した食材は野菜、オーク肉、牛乳、小麦粉、重曹、聖水、物質化光元素結晶鉱石、水酸化ナトリウム、スライム等だ。
最後に光明がユグドラシルを取り出し、調理が始まる。
「キューキュキュッキュ!」
「我、願いて為すは圧迫。其の肉体は旨味溢れる迄、其の物体は塩味染み渡る迄、我が料理に掛けたる思い、万物を熱する適度な強火也。<環境依存圧縮加熱魔化計量精密調整魔導領域>!」
「ふざけたような詠唱の内容はともかく、なぜ調理に積層魔法陣となっがい詠唱を使って、結界と環境魔法を張っているのですかね」
「ねえ、僕光明が鍋の中に光結晶入れてるように見えるんだけど」
「うん、私はスライム入れてるように見える」
「今何かどす黒い物体を入れましたね」
「あれ、幻覚かな、鍋から虹色の光が溢れてるよ」
「キュ~」
「ミーシャちゃんが希釈術式掛けながら水酸化ナトリウム入れてるねえ」
「最早水酸化ナトリウムが可愛く思えますね」
そして、20分後。
「できたぞー」
光明が魔導で浮かせて運んできたシチューは、ミルクが香るいたって普通なシチューだった。
「あれがどうなったらこうなるんだろうねえ」
「僕には分からないや」
「シチューはこんな作り方をしていたのですね」
拓哉がシチューにスプーンを入れて光明の方を見る。
「ミーシャ、美味しいなー」
「キュウ……」
光明がパンをちぎって口に運んではシチューを食べる。
ミーシャも短い手に持ったスプーンを魔導で補正しながら器用に食べる。
それを見て意を決し、拓哉がシチューを食べ、目を見開く。
「あ、美味しい」
それは、香りが鼻をくすぐり、野菜と肉の旨味がミルクへ仄かに染みた絶品のシチューであった。
「わー、美味しい」
「祐介、あの材料で、どうしてこうなるの……」
「何を期待しているか知りませんが、錬金術は味覚なんて考慮しませんし、あんな謎なことも少ないですからね」
「少ないって、あるんだ」
光明とミーシャの称号の一つ、「調理帝」の存在を知るのはまだまだ先である。