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私たちのヴァルキューレ  作者: 紅葉崎 もみじ
1/1

1話 変人と凡人

 49億4770――――。


 数値はそう刻んでいた。


 そして一瞬のうちに変化する。


『プラス1』


 数値の増加は止まらない。


『プラス1』『プラス1』『プラス1』『プラス1』――――――――。


 数値は瞬く間にどんどん増えていく。


 もちろん下降もしている。

 だがそれよりも増えるスピードのほうが圧倒的に早い。


『プラス1』『プラス1』『マイナス1』『プラス1』『マイナス1』『プラス1』『プラス1』『プラス1』・・・・・・・・。





********************************************





 私の日常は平穏だ。


 平穏で、平凡で。


 そして、嘘だらけだ。




 通学路を歩く。

 もう1年と2か月ほど通った道。もう目をつむっても歩けるほどに歩きなれた道だった。


 早くもなく、かといって遅刻しそうなほどでもない時刻のため道には生徒で溢れている。

 いつも通りだ。

 時間も道も、いつも通り。


 五月病が減り始めて出席率が安定してきた六月。


 まだ天候は快晴だが、すぐに梅雨に入るだろう。





 それよりも暑くなるのが先かな・・・・?





 学校へ着く。


 昇降口で上履きに履き替え、教室へ。


 ここまではいつも通りだった。


 教室に入ると一斉に奇異な視線にさらされる。


 ・・・・?

 なんだ?


 クラスメイト全員が私に、そして教室の中へと交互に視線を向けている。




 ・・・・・・・ああ、なるほど。




 げんなりしながらも、納得する。


 視線をかいくぐりながら私は自分の席へ向かうと、そこには一人の女生徒が立っていた。

 立って、私を待っていた。


 一見しても、そして何度見ても可愛いと表現できる容姿の少女。

 女子である自分にさえそう思わせる美貌は本物だろう。


 ・・・・・だが、この少女は私にとって少々やっかいな特徴を持っているのだった。



「お・・・・・おはよー、千歳ちとせ



 私はひきつりそうになる顔をなんとか抑えながら彼女に挨拶する。


 彼女の視線がこちらへ動く。

 無表情な彼女。

 これはこの子の標準的な表情であり、うれしくても悲しくてもこの子は人前で表情を変えることはない。


 しかし、私を視界にとらえた瞬間。

 表情以外の部分から確かに喜びの感情を彼女から感じたような気がする。



 本来、後輩である彼女は本来ならばここにいることすらイレギュラーな存在だ。

 それだけでなく。



「おはようございます。ご主人様」



 第一声、とんでもない爆弾を放ってきた。


 前言撤回。

 少々でなく、とんでもなくやっかいだった。



 瞬間、教室が揺れた。


 あー。いや、揺れたというのは流石に誇張だ。

 せいぜい、ざわっと不穏な空気が流れた・・・。


 背中に嫌な汗が流れる・・・・。


 まずい・・・・!


「ち、千歳・・・・前から言ってるけどその呼び方やめてよ」


 早くこの呼び方が私の意志ではないことを周りにアピールしないと、私は後輩の女の子に『ご主人様』なんて痛い呼ばせ方を強要させている変態女だと思われる・・・・!

 それだけは・・・・・・。

 それだけは死守しないと・・・!


「普通に先輩とかでいいから」

「いえ、ご主人様をそのような砕けた呼び方をするわけにはいきません」

「いやいや私がいいって言ってるんだから!」

「例えご主人様がいいとおっしゃったとしても、私自身がそれを許容できません」


 ああ!なんでこんなめんどくさいとこ頑ななんだよ・・・・!

 全くの無表情で感情が伝わりずらいけど。

 大真面目だということが私には分かる。


「ご主人様こそ、どうして私のことをそのような気易い呼び方をするのですか?」

「普通だけど・・・・」

「いつも通り『卑しい豚』とお呼びください」

「呼んでないから!?」


 本当に!

 本当に呼んだことないから!


 だからそこの女子!

 ひそひそ話をやめろ!

 スマホでどこかにつぶやくのを止めろ!!


「私はいつも千歳の事千歳って呼んでるでしょ!私がいいって言ってるんだからそれでいいの!」

「・・・・下僕に対しても分け隔てなく接するその心意気。本当にお優しいお方です、ご主人様は」


 いや優しいとかじゃなく、百パーセント純粋に自分の都合のためだからね・・・・。


「あとご主人様って呼ぶのもやめて」

「ですから下僕が主のことを気易く呼ぶわけにはいきません」

「あーもう!じゃあ主としての命令ってことでいいから普通に呼んでお願いだから!」


 千歳は私の言葉に下僕としての己のルールと絶対な主(不本意だが)の命との間で揺れ動いているのか。

 数秒逡巡するように沈黙し、


「分かりました」


 と一応納得してくれた。


「ではこれからは百花ももか様と呼ばせていただきます」

「うーん普通に先輩とかがよかったんだけど・・・・名前呼びならさん付けがいいかな」

「・・・・・承知しました善処いたします、百花様」


 全く善処する気がねえ返事をいただいたところで本題に入ろう。


「で、何しに来たの千歳?」

「これを」


 千歳は持っていた自分の鞄からA4ノートを数冊取り出し、私に差し出してきた。

 思わず受け取る。


「何これ・・・・・」

「先日百花様に提出された課題を終わらせたノートです」

「何してんの⁉」


 いや、ホントに。


 あわててノートを千歳に押し返す。

 千歳は私の行動を理解できないように小首をかしげる。やっぱり無表情だからなんかシュールだ。


「?下僕としての仕事をしたまでですが」

「いやいや、後輩がすることじゃないでしょ」

「後輩以前に私は百花様の下僕です」


 下僕以前に後輩でしょうが。

 そもそも根本的に下僕でもねえし。


 この子が勝手に(ここ重要)私のことを主とか自分のことを下僕だとか呼び始めたのはそれなりの事情があるからなのだが・・・・・。

 今その回想をしている暇はなさそうだ。


 さっきから周りの視線が痛い・・・・。

 早くこの子の行動が私の意に反した行いだと周りに知らせなないと、客観的に見れば私は後輩に宿題やらせてる最低女だと思われる・・・・・。


「千歳、私の宿題なんてしなくていいから」

「はい。承知しました」


 あっさりと了解の意が取れた。

 変なところ頑固だったり、変なところの聞き分けはいいんだよなーこの子・・・。


「で、要件ってこれだけ?」

「いえ。正直に申し上げますとこれはただの口実です」

「口実?」

「はい。私は――――」


 千歳は一切の迷いもなく言い切る。





「百花様に一刻も早く会い、挨拶がしたかったのです」





 教室のど真ん中で、他の生徒もいる中で。


 普段無表情の彼女がうっすらとほほ笑んだことも相まって、その表情はまるっきり恋する乙女のようだった。


 ・・・・・・・うん、可愛い。

 無表情でも美少女だけど笑ってもやっぱり可愛い。


 でもね。

 教室でそんな笑顔を私に向けないでくれたまえ。

 クラスメートが私たちの関係を邪推してかつてないほど引いてるから。

 中には黄色い悲鳴を出している女子もいるが、それは例外として。


 教室の中で音を出す人物が誰もいない静寂。

 それを破ったのは学生としてはその音を聞く場所によって今日の振る舞いが左右されるであろう。


 予鈴だった。


 別にこんな大層な描写で紹介するものでもないが、今の私はただの音を過剰に語るくらい絶妙なタイミングだった。


「あ・・・・では百花様。私も自分の教室に戻らせていただきます。用がございましたらいつでも呼びつけ、何なりとお申し付けください」


 と、社会人が感心するような45度の恭しい礼を残して千歳は去っていった。


「・・・・・・・・」


 千歳が去ったことで向けられる視線は明らかに減ったが、それでも私を奇異に思う気配はクラスメートたちに残ったままだ。


 そして、


「っ」


 中でも私に並々ならぬ視線を向けてくる女子が一人。


 その視線には他のような奇異の感情ではなく、怒り・・・・もっと言えば憎悪の感情が込められている。


 ――――安達あだち 彩子あやこ

 派手な髪色に化粧。

 目立つ外見、クラスでも中心的な人物だった。


 私はその視線と努めて合わせないようにしつつ、自分の席へ座る。


 彼女も千歳と同様に、これだけの感情を向けられるだけの出来事があったのだが・・・・・。


「はあ・・・・」


 平穏とは程遠い今この状況を思い、私は頭を抱えた。







 時間は飛んで、昼休み。


 私はまたも頭を抱える事態に遭遇していた。


「ち、千歳いいから!!」

「いいえ、そういうわけにもいきません」


 目の前の千歳は頑として自分の意思を曲げないつもりだ。


 目の前というのは何の比喩表現でもなく本当に目の前。

 彼女の顔は私の本当に目の前に存在する。


 私たちが並んで座るベンチで千歳に圧をかけられているから二人とも端、それも今にも落ちそうなほどに詰まっていた。

 2・3人座ればもうギリギリベンチでもあと3人は座れそうだ。


 といってもここに座ろうとする輩はいないだろうけれど・・・・。


「ち、ちょっと・・・・・・」


 今にも顔が重なってしまいそうな距離。


 美少女の顔が目の前にあれば誰だって少なからず動揺してしまうだろう。

 それに加えその美少女がこちらに向けて食べ物をつまんだ箸を差し出してきているのだからなおさら。


「百花様、口を開けてください。はい、あーーーん」


 困惑・・・・。

 というより居たたまれない・・・・!


 俗にいう『あーん』。

 健全な思春期男子なら一度は憧れるであろうイベントなのだろうが。


 女である自分にそんな憧れはあまりなかったし。


 何より今は・・・・。


「ひ、人が見てるからっ!」


 昼休みの昼食スポットとしては人の少ない屋上であるが、人が全くいない訳ではない。


 現に今しがた入ってきた女子生徒の二人組は私たちの行動を見て完全に面食らっているようだし。


 そんなパブリックスペースで公然といちゃついた行動をし、周りに気まずい思いをさせる人間にはなるまいと思っていた私であるが。

 今まさにそんな行動を起こしてしまっている。いや、起こしてしまいかけている。


「と、とにかく千歳。私のお弁当返して」

「いえ、これは私が責任をもって百花様に食べさせます。それが下僕の役目です」

「本来の下僕にもそんな役目ないと思うけど!?というかさっきから自分のやりたいことだけ使命とか義務とかいう言葉で正当化してやろうとしてない君!」

「・・・・・・・・・・・・・そんなことありませんよ」


 じゃあ間はなに!?今の間は!


「とにかくさっさとお弁当返して」


 昼食を始める際、お弁当の包みを解いた瞬間に隣に座るこの少女に奪われこんな状況に至ってしまったのだった。


「ではせめて一口だけでも・・・・」

「だめ」


 私は周りから感じる視線から逃れたい一心で私は要求を拒む。


 彼女から箸と弁当を返してもらいつつ、適切な距離に離れてもらう。


 ここでようやく、私は屋上に彼女を呼び出した本題に入る。

 ・・・・・つもりだったのだが。


「人が少ないところを選んだつもりだったけど、やっぱり二人きりってわけにはいかないね」

「ええ。私たちの話は周りには理解できないでしょうけれど。それでもおおっぴらにする話ではないですからね」


 これからのことを話し合いたかったんだけど、確かに周りに人がいる状況でする話ではないし。


 とはいえここ以外で人がいない所といえば空き教室かトイレくらいだろう。

 前者は基本的に鍵がかかっているし、開いていたとしても教師に見つかればお咎めものだ。

 後者は個人的に長居して話し合いをしたい場所ではないし・・・・。


 密会の場所について頭を悩ませかけたが、それはすぐに杞憂となった。


「「っ!」」


 ポーンという間抜けな電子音が頭の中に直接響く。


 そして私の視界に文字が浮かぶ。





『戦闘開始、10分前』




 ―――――始まる。


「どうやら場所について悩む必要はなくなったようですね」


 千歳が先ほど私が考えていたことを反芻する。

 戦闘が始まれば、いやでも二人きりになれるからだ。


 まあ、言葉の綾としていやでもと記述はしたが私がこの子と二人っきりになることを嫌がるわけはないのだけれど。


 視界の10分前の数字が9分へと減る。

 一分前になれば、これが秒読みに変わる。


「・・・・・・・・・・・・」


 この時間はいつも何をすればいいのか悩む。


 自分の体と身にまとっている衣服以外の物は持っていけないから、準備することもそんなにない。

 せいぜい入浴している際に、全裸では心もとないから服を着たり。

 あまり考えたくはないが戦闘中粗相をしないために用を足しに行くかのどちらかだ。


 今はどちらも必要ない。


 だから沈黙してその時が来るのをじっと待っているのだが、隣の少女にはその様子が緊張で硬直しているように見えたか。


「大丈夫です、百花様。あなたは大丈夫。なぜなら・・・・・私がいますから」


 私の手を自分の手で包みながら励ますような言葉をかけてくれた。


 実際には見当違いの言葉なのだが、私には彼女の思いやりの言葉に素直に感謝した。


「ありがとう千歳」


 手をつないだまま、その時を待つ。


 視界の数字が秒読みに変わる。


 じっと待つ。


 3


 2


 1


 そして数字は0になり、私の視界はまるでTVを消したようにぷっつりと暗転する。


 自分と世界の境界があやふやとなり、やがて手に残った彼女の感触も消える。


 感覚が消失した世界の中、私は待つ。


 開戦の狼煙を。



 そして私の視界に1つの文字が出現した。



『GAME START』



 始まる。


 私の戦いが。



 始まる。


 私たちの戦いが。



 始まる。


 変人と凡人の物語が―――――。



 

 


*********************************************





『プラス1』『プラス1』『プラス1』『プラス1』『プラス1』―――――――――。


 数値は増え続ける。


 もうすぐ50億に達するかと思われたその時、


『マイナス5億8201』


 いきなり数値はがくっと減った――――。



この作品は以前投稿していたものを修正したものです。

内容、設定が以前とは異なっている箇所があります。

修正前の作品(同作品名、完結済み)はなろうのサイト内に削除せず残してありますので、良ければそちらも読んでみてください。

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