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第二ノ五話 「栃木県 駅前焼き鳥店の説教を経由し、ささみユッケと地元酒 終」

ようやく二話完結です。次回も居酒屋には行ってきていますが、他人との絡みは無いのでただのボヤキ飲み食い小説になりそうです。

「――だからよぉ、俺は思うわけよ。最近の若いモンはなんであぁやって引っ込み思案なんだってよォ」

「俺たちも言えたもんじゃねぇべよ、時代の流れってもんだろ。俺達の時代はそうだったかもしれないけど」

「――それがダメなんだよ! カーッ! ゲンさんは昔っからそうだ! 自分の主張を押し通そうとしない! もっと自分を押さなきゃ!」

「サンさんが強引過ぎるんだよ……」


 ……やかましい。さすがに俺は心の中でそう思った。

 隣では当の若者が隣でホッピーを嗜んでいるというのに、その若者たちに対しての不満を髭のオジサン、サンさんは吐き出している。

 反面、俺の事を気を使ってくれているのか眼鏡のオジサン、ゲンさんはさりげなくフォローを入れてくれている。

 それを強制的に聴かされながら酒を飲む俺。

 せっかくの酒が胃酸過多で逆流してきそうだ……。

「おう、坊主! おめぇはどう思うよ!」

「えっ、あぁ……えっと」

 急に振られたから、思わず俺はサンさんの方を向いた。顔はすっかり赤くなっていてハロゲンヒーターのようだ。出来上がっているのがよく分かる。

 ヘタな事は言えないと、俺はよく考えて答えを出した。

「…………まぁ、俺もそう思います。実際に俺も草食系……いや、消極的なので。漢気が無いと言うと障りがあるかもしれません。が、言い方を変えると今の子たちは優しすぎるのだと思います。……もしかすると、今の子たちは、そんな性格故に、男らしいオジサンたちが心の隅では羨ましいと思っているんじゃないんでしょうか」

 うん、フォローも入れているしどっちつかずの中立的発言。これなら発言を責められる事は無いだろう。

 と、そう思っていたのだが、どうやら裏目だったようだ。みるみるうちにサンさんの顔が渋くなる。

「……うーん、それなんだよ」

 どれ? ゲンさんと俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「それ、それそれ。長ったらしく言った割には敵を作らない様な言い分。そういう逃げる様な言葉が俺は嫌いなんだよ」

 ……酔っていると判断力が鈍るとよく言われるが、そんな事は無い。今、俺はまさにそれを実体験した。

 案外この髭のオジサン、賢い。

 どうやら俺の発言は地雷だったようだ。ここから更にオジサンの独壇場は続く。

 若いモンは態度が悪いとか、言葉遣いが乱れているとか、酒を飲めないひ弱な奴が多いとか、根性がひん曲がっているとか。

 それを世間的に『若い』に分類される俺に言っている。耳に痛い。あまりに痛すぎてタコができそうだ。

 だからよォ、そもそも、だから、ってことはだ、であれば――。

 あらゆる接続詞がオジサンの口から飛び出てくる。国語が得意になりそうだ。

 ゲンさんも宥めようとするが「止めんでくれィ!」と言って手を振り払う。

 いい加減、疲れてきた。どうしてこうも、居酒屋に来てまで説教紛いの事をされなきゃならんのだ。

 しかも、さっきから聞いていればそれは俺には関係ない、所謂『ならず若者』の事についてを延々と繰り返している。

 一体俺が何をしたんだ。俺は何もしていない。

 今まで万引きなんてした事ないし、暴力を振るうなんて事は人間として最低だと思っている。

 恐喝なんて恐れ多い、逆の立場なら経験上一度か二度はある。悪口なんて以ての外、言霊という物を信じている俺には口に出す事こそ恐怖だ。

 それなのにやれ「若者だから」やれ「今の親世代も」……。その親を作ったのはあんた達だろう?

 焼き鳥も最早冷え冷えだ。話を聞き流しながら口に運ぶも、あまり美味しさが感じられない。

 気付けばレバーが無くなっていた。あんなに目の敵にしていたのに、だ。

 それぐらい、オジサンの話がやかましかったのだろう。塩の味がすると分かる焼き鳥を、ただ口に運ぶだけの作業。

 ……俺は、一体この居酒屋に何しに来たんだろう。

 もう、目的さえも分からなくなっていた。


 ホッピーを飲み終わり、目の前にも焼き鳥が無くなった頃だった。ようやく、オジサンによるマシンガン説教が鳴り止んだと横目見ると、いつの間にか寝崩れていた。

 ゲンさんはというと、ほっといてチビリと口に酒を運んでいる。渋い顔をしていた店主も、若者店員も、眉間に寄せていた皺が解けて今では普通に働いている。

 一種の浦島状態に陥った。あれからどれくらいの時間が経ったのか、腕時計を見ると時刻はそろそろ八時半を指していた。

 店に入ったのが七時くらい、オジサンたちに絡まれ始めたのが大体八時前くらいだったから……単純計算すれば三十分近くは説教が続いていたのか。

 そう思うと、よくそこまで言葉がつらつら出てきた物だなと、この寝落ちしているオジサンに尊敬の念を抱かざるを得ない。

 ゲンさんは最後にグイッと残りの酒を飲むと席を立った。

「ごちそうさま」

 一言、厨房に向けて言う。店主は店員に「お会計」と短く告げると店員も短い返事でレジへと早足に駆けて行った。

「いやぁ、兄ちゃん。すまねぇな」

 その言葉は、俺に向けられたものだった。

「サンさんにも、俺たちと同じように孫がいるんだけどよ。ソイツったらどうも態度が悪くて、いつも朝に帰って来るなりサンさんには暴言ばっかくんだとよ。そのくせ、俺の孫と同じように口ばっかの貧弱っ子で度胸も根性も無い。だから、若いモンを見るといつもこうやって不満をぶちまけるのさ」

 ゲンさんの眼鏡越しのその目は、多大な反省に満ちていた。

 『いつも』。

 その単語に、深い信憑性が含まれるくらいに。

「ま、この事は生一杯で勘弁してくれな! それじゃあ、ホントすまなかったな。また会う時は、静かに飲めるようにすっから」

「あぁいえ、こちらこそ一杯奢ってくださってありがとうございます」

 ペコリと一礼。向こうも一礼。

 料金を払い終わって、ヨイショと潰れたサンさんの肩を担ぐと一歩一歩ゆっくりと出口に向かった。

「あの!」

 店員が開けてくれた引き戸から外に出ようとしたまさにその直前、何故か俺の口からその言葉が飛び出した。

 当然、ゲンさんの足が止まる。

「あの……本当にありがとうございました」

 頭だけ下げてそう言う。それを聞いたゲンさんの顔は見えなかった。どんな顔をしていたろう? 少なくとも、怒ってはいないと思う。

 ゲンさんは、肩を担いでいない方の手を手首だけ軽く上に振ると、また歩き出した。

 すぐにその後ろ姿は暖簾に阻まれて下半身だけになった。更に、店に出たらすぐ左に曲がり、完全に二人の姿を見失った。

「ありがとうございましたー!」

 店の外で店員が頭を下げているのが辛うじて見える。俺は店員が店の中に戻るまで、その姿を見続けていた。

 目線を正面に戻し、その時チラリと隣のテーブルを見た。

 日本酒の徳利は、六本あった。

 そのうちの二本はゲンさんのだろうか。

 それを見れば、どれだけサンさんの説教が白熱していたのか分かる。店員も下げるに下げ辛かったのだろう。

 しかし、それ以上に俺にはその空いた徳利に対して感じられることがあった。

「――はい、どうぞ」

 と、ここで店主のオジサンが何故か俺にある一品を差し出してきた。

 いきなりすぎて拍子抜けだ。しかも、頼んだ覚えなんて無い。

「え? あの、頼んでないですけど……」

 勿論俺はそう言って突き返す。だが、店主はいやいやと突き返しを突き返した。

「これは、さっきのお客さんがお詫びにって頼んでいったモノだよ。ほら、ずっとお客さんに言い続けていた、あの人」

 ……あぁ、サンさんの事か。

 聞けばどうやら、俺が話を聞き流している間、サンさんは店主に「俺の愚痴を聞いてもらったんだ。コイツをこの若いのにやってくれ」と注文してくれていたらしい。

 確かにそう言われてみると、途中で矛先が店主に向けられたかもしれない。まぁ、俺はそれよりも早く終わらないかなと思っていたから、気付かなかったのだろうけど。

「あの人は、ここの常連さんなんだよ」

 店主はそう切り出した。

「さっきもゲンさんが言っていた通り、あの人のお孫さんはそれはもうならず者で、仲間内で犯罪に手を染めたり大変らしいんだ」

 それは中学生の頃から万引きに始まり、今では引ったくりなどの窃盗。未成年である事をいい事に何度も警察のお世話になっては懲りずにまた犯しているという。

 その上、実の息子である父親は何も言わない放任主義。ならばとサンさんは、父親の代わりにそのお孫さんに接するけど上手くいかずに暴言などで返り討ち。

 手を上げた時もあったが、その後数週間は家に戻らなかったという。

 ……なんだか、店主の話を聞けば聞く程サンさんが可哀そうになってきた。

「ごめんなさいね、こんな話をしてしまって。どうぞごゆっくり」

 そう言って〆た店主は、また自分の仕事に戻った。

 俺は、サンさんが奢ってくれた料理を見てみる。

 ささみユッケだった。

 レタスが敷いてあって、周りにはキュウリ。中心に湯通したささみが綺麗に並べてあって、卵黄が一つポトリ。その上にはタレと白ごまがトッピングされていて、文句なしまさにユッケと名を掲げても恥じぬような代表的な見た目だった。

 サンさんは一体どのような心境で、これを奢ってくれたんだろう? 美味いから、かなぁ。

 取り敢えず俺は卵黄を割り、ささみとキュウリに絡めて食べてみる。

「……美味い」

 思わず一言。ささみユッケは実は初体験だ。

 見た目湯通しされたユッケだが、中はピンク色の半生状態だった。あまり鶏で半生は良い印象を持たないが、それでもこれに関しては別だ。

 何せ、サンさんがわざわざ奢ってくれたものなんだから。

「――あの、すみません」

「はい、ご注文ですか?」

 店主がオーダーを受けてくれるようだ。俺はもう片付けられた隣のテーブルを横目で見ながら、

「……あの、二人が飲んでいた物を、一つ」

 ホッピーも無くなった事だしと、ドリンクを注文した。

 店員は短く返事をすると「門外不出、冷、こちらのお客さんに」と若い店員に向けて言ってくれた。

 すぐにそれはテーブルの上に来た。ガラス製の徳利に、お猪口。こじんまりとしているが、どこか男らしさが感じ取れる。

 手酌でお猪口の半分少し上くらいまで注ぎ、ユッケを頬張った後にクッと飲む。

 名前に反して、その味わいやまろやかだった。

 柔らかく、飲みやすく。もう一度注ぎ、今度は口に含んで味わってみた。

 門外不出なんて、大昔の禁教幕府が好みそうな荘厳な名前をしている癖に、風味は果物のように華やかだ。

 ささみユッケの塩味と、門外不出の甘味。

 どちらも譲り合いの精神を持っているのか、自分が一番だと主張する事は無い。お互いに持ちつ持たれつ、ユッケがいるから自分が引き立つ、酒がいるから自分が引き立つと遠慮しあっている。

 これは多分、あのサンさんが味わったら「あぁ、まっどろっこしい!」って感じるかもしれない。

 でも、俺は好きだな。こういうの。

 なんでユッケを注文したのか、俺はこう受け取る。

 恐らく、サンさんも昔はそうだったんだろう。

 相手を立てて、自分がへり下る。所謂『持ち上げ』が、あの人の中では常識だったのだろう。

 だから息子もその孫も、持ち上げて持ち上げて、良い所を見つけたらそこを褒めて、そうやって育てて来たんだろう。

 でも、それが裏目に出てしまった。その精神を良い様に、調子に乗ったお孫さんは自分が上だと勘違いしてしまったのだ。

 今では酒を飲めば若い人の悪口を言う。豪快な性格で、何事もまどろっこしい事は大嫌い。

 自分が主で、我が道をゆく典型頑固的オヤジ。

 だけど、心の奥底ではやはり相手への思いやりと尊敬が、端っこであっても巣食っているんだろう。

 じゃなきゃ「愚痴を聞いてくれた詫びだ」なんて言ってこのユッケを奢ったりするだろうか?

 柔らかいささみと、歯ごたえの良いキュウリにレタス。味の濃すぎないタレと卵黄の調和。

 全てが合わさって奏でられる一つの合唱。持ちつ持たれつで発揮する最大限の力。

 それを一人の力で渡り合う日本酒、門外不出。

 しかしユッケは日本酒を受け入れ、酒もユッケを受け入れる。

 両者を理解した時、お互いは更に力を発揮する。

 ――一瞬、そのお孫さんが更生したらこんな風になるんじゃないかと、想像してしまった。

 遠い未来かもしれない。それこそ、成人になって恋人ができて結婚して……サンさんが亡くなって。

 お墓で今までの自分を悔いる。そんな結末になるかもしれない。

 少なくとも、俺はそれを経験している。母方の祖父に、それはもう寂しい思いをさせてしまった。

 だから、今ここにそのお孫さんがいたとしたら、俺は勇気を出してこう言いたい。


 『死んだ人間とは、もう二度と話せない。思いは二度と伝わらないんだ』


 と。



「ありがとうございましたー!」

 ごちそうさまと一言店員に伝えると、その店員は深々と頭を下げてくれた。

 師走に近い秋だからか、少し外気が肌寒く感じた。

「あと一か月少しで今年も終わりか……」

 なんて、黒々しい虚空に向かって仰ぎ言う。

 街灯が邪魔で、星は見えなかった。

 でも、少し歩けばこの自己主張が強い街灯は少なくなって行き、家の近くになれば星も見えてくるだろう。

 そんな何も見えない空を見ながら俺は思った。

 あの徳利、飲んだ酒の量は、お孫さんへの愛情と等しかったのかもしれない。

 そしてまた、それは愛情が伝わらず失敗し、跳ね返ってきた量とも同じ。

 サンさんの後悔と、お孫さんが作り出してしまったこれから味わう後悔の量。

 ……俺がもし、結婚して子供ができて孫と接するときが生まれたら、どうやって接すればいいかな?

 積極的に? 消極的に? それとも、中立的に?

 まっ、まずは結婚できるか、それが問題だけどな。


 俺はアルコールが回りに回った後頭部をポリポリと掻きながら、若者が賑々しい繁華街へと歩いて行った。

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