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第一ノ三話 「栃木県 駅前焼き鳥店のぼんじり、せせり、しおつくねと地元酒 その一」

一ノ二同様、少し長くなりました。

「おまたせ致しました」


 そう言って店員は、ようやく三本の串を運んできた。

 来るまでにやはり、多くの時間を要した。もしかしたら、この店は注文を受けてから串に肉を刺して焼き、提供しているのではないだろうか? だとしたら、この時間の掛りようにも頷ける。

 訊いてみたい気もするが、目の前で煙に塗れている店主そうなオッサンに悪い気がする。ここは、察しだけで留めておこう。

 ……こういう所だよ、自分の性格でイヤになる所は。

 俺は客なんだから、何を気遣う必要がある。ベルトコンベアに乗せられても、人は人。質問の一つや二つしたって構いやしないのに、俺はそういうのを遠慮がちになってしまう。

 弱気、人見知りなどの言葉とはまた違った、行き過ぎた気遣い。

 ま、別に聞かなければ先に進めないって質問じゃないし、別にいっか。


 気を取り直して、焼き鳥だ。

 長方形の皿には斜めに三本の串が並んでいる。左からぼんじり、せせり、つくねだ。全部塩。皿の端にワサビは無い。手持ちのワサビも無くなってしまったから、しょうがない。この三本串はワサビ無しで行くとしよう。

 程よい焼き目が食欲を湧き立てる。やはり、焼き鳥はこうでなくては。

 タレだとこの肝心の焼き目が隠れてしまう場合がある。薄くタレを塗っている店ならまだ見える可能性もあるが、焼き鳥がジャボンッと豪快にタレへダイビングする店は、高確率で焼き目が見えにくいと思った方が良い。

 味が良く染みて悪くは無いんだが、俺にとって豪快さと美味さは反比例する。焼き鳥の美味さは、やはり焼きと鶏自体の美味さだ。味加減は二の次。

 熱い熱い、ハフハフと言いながら食う焼き鳥の逆手にはビール。口の中を冷ます様に流し込むビール。この流れこそ、焼き鳥においての至高。究極の美学である。

 その美学にやはり見た目は重要な存在だ。見た目から焦げ目が程よく降りかかってるとまず発想するのが「良く焼かれている」という印象だ。そこから導かれる熱いという感情。

 だからこそ、焼き目は重要なのだ。

 そしてこの焼き鳥、大正解。焼き目も良いし、つくねの大きさも申し分ない。中々大きくボリューミーだ。

 ぼんじりは少々小さい身ぶりだが、串に刺さる個数が五、六個と平均値。一方せせりは一見「スーパーで売られているももか?」と見紛う程に境目が無い。首、と表現されれば「あぁ」と声を漏らす事はあるが、納得は出来ない。なにせ、生のせせりを見たことがないからだ。

 初せせり、果たしてどんなものか。取り敢えずは、ぼんじりから行ってみようか。

 と、俺が串に手を伸ばした時だ。店員が手に一升瓶と、グラスと升を持ってくる。グラスは升の中に入れられていた。


「お待たせいたしました。こちらが、四季桜です」

 店員はそう言うと、イン・ザ・グラスの升をテーブルにコトリと置く。キュポンと良い音を立て一升瓶の蓋が開いた。

 そして、ゆっくりと傾けるとグラスに注ぎ入れた。小さい日本酒用のグラスはすぐに一杯になるが、店員はそのまま注ぎ続ける。無論、表面張力に耐えきれなくなった酒は升へと零れ落ちた。

 豪気な店だ。グラス並々まで注ぐ店ならごまんとあるが、こうやって溢れさせながら注ぐ店は初めてだ。

 俺が初めて言った店は店員が慎重に慎重に、グラスギリギリ表面張力マックスまで注がれて「どうやって飲めばいいんだ?」と疑問に思い結局啜り飲んだって思い出がある。あの時はびっくりした。何せカウンターの席で啜り飲むなんて、恥ずかしいじゃないか。

 でも、今となってはそれが良い。ギリギリいっぱいまで注いでくれた方が、なんだか得な気分に浸れるからだ。

 この店も、同じだ。升に零れても升でさえギリギリになるまで注ぎ入れてくれる。得も得。大得だ。

 酒を注ぎ終わると店員は「それでは、ごゆっくりどうぞ」と言ってくれ、奥へと引っ込んで行った。升は、持って行かないんだな……。

 という事は、この升に流れ落ちた酒も飲んで良いという事か。益々お得感が高まる。

 俺は一旦串を諦め、まずは酒を啜る事にした。ずずずっと、下品だが風情のある音が鳴る。味わいは……なるほど、春の様にスッキリとした味わいだ。こういう酒、嫌いじゃない。

 しかも癖もあまりなく飲みやすい。四季桜、中々良いものだ。

 にしても、四季桜なんて名前……春なら分かるけど夏、秋、冬の桜なんて。矛盾し過ぎてどこか可笑しい。

 でも、一度は見てみたい。海辺で月見をしながら雪見桜。ハチャメチャのようで芸術感がありそうだ。

 一通り持てるくらいに減らした俺は、グラスを持ち上げおしぼりでグラスを拭う。テーブルに置いて、取り敢えず奥へ追いやった。

 グラス分のかさがなくなった升の中の酒は、丁度良い量となっている。まずはこちらを先に飲もう。

 ……飲んでも、良いんだよな? 少し不安になる。

 その不安を掻き消す様に、俺は先程店員によって阻まれたぼんじりを手に取った。ぼんじりは案外軽い。脂の塊のような物だろうからか。まぁ、気にしない。

 口の中に串を入れ、引き抜く。うん、美味い。噛めば噛むほどに、うま味と言う名の脂が滲み出てくる。

 結構、弾力があった。前、スーパーで買ったぼんじりはどこか脂臭かったが、これは全然臭みが無い。寧ろ炭火の良い風味が香ってくる。

 塩加減も良い。濃くなく薄くなく。こういう中途半端が何よりも難しい按配だが、それをこの店はなんなくこなしている。焼き鳥推しの理由がよく分かった。

 あっという間にとろけたぼんじりは、口の中に存在という置き土産を置いていった。二口目は、酒で口内をリフレッシュしたい。いつの間にか、俺の手は升酒に伸びていた。

 ちびりと一口。ぼんじりが残した脂は、酒と一緒に流れていく。素晴らしい。酒の美味さが一層引き立っている。

 ここは日本酒をセレクトしておいて正解だった。脂ものにビールは最高の組み合わせだが、いずれは飽きが来る。しかも、ビールは腹に溜まりやすい。

 一方この四季桜は日本酒で言えば甘口。しかもスッキリと飲めるから脂ものによく合うのだ。

 大正解。後悔なんて単語、今の俺の辞書には存在しないぜ。


 ……さて、ぼんじりを半分ほど残してお次は初せせりといこう。

 俺の居酒屋テクニックは基本『チャンポン』が定石だ。

 チャンポンというのは、酒飲み方法の俗語で『いろんな酒を代わる代わる飲む』という意味だ。例えば、最初はビールだったのに途中から日本酒、焼酎、ワイン、そしてビールに戻る、みたいな。

 悪酔いする飲み方だから、あまりお勧めは出来ない。でも、俺は酒自体が好きだからそんな事お構い無しなのだ。

 そしてこのチャンポン、俺は酒以外でも同じである。

 俺の居酒屋でのこだわりは三~四品のおつまみを頼んで、それを少しずつ代わる代わる楽しむのがマイスタイルなのだ。

 今もそう。焼き鳥を三本頼んで、交互に楽しむ。

 なぜなら、俺は飽き性だから。

 三歩歩いて忘れる鳥頭ならぬ、石の上にも三年待てない酉年男なのだ。

 そんな男は、ぼんじりを皿に置きせせりの串を持つ。

 一見、せせりは細身のもも肉というような印象だ。そして隙間というか、継ぎ目がどこか分から無い事から細身のつくねとも受け取れる。

 そうだな、もも肉とつくねの中間のような存在だ。

 だが、果たして味はその中間となるのだろうか?

 焼き鳥せせり、初体験、いただきます。

 俺はせせり串の半分程を口の中に突っ込み、同じように歯止めをして串を引き抜く。そして、二、三回咀嚼した。

 ……………………ふむ、なるほど。

 正直に言おう。


 ――うますぎる。


 食感はもも肉に限りなく近い。だがしかし、もも肉のようなしつこさというか、重さが無い。とてもさっぱりしている。

 だが、だからと言って脂分が無いわけでは無い。寧ろ良い。

 肉自体が細身だからだろうか。顎も疲れる事が無く、本当にあっさり頂けるものだ。

 まさにうま味の集合体。脂分の評価点は満点、肉質は柔らかくもも肉に近い事から満点、そして味付けも薄くなく濃くなくと絶妙な塩のバランスだ。舌の上で、脂と塩が手を取り合ってフォークダンスを踊っている。味の方も満点。

 以上の事から、総評は満点三つ。三万点だ。

 俺は一口でせせりに惚れ込んだ。一口惚れ。まったく、せせりというのは罪作りな存在だ。

 なぜ、俺はこの存在を今まで知らなかったのだろう。どうやら今日の「変わった物が食べたい」という気まぐれはキューピッドだったようだ。なんせ、俺とせせりをこの素敵な居酒屋ばしょで出会わせてくれたのだから。

 ……なんか、こうやって書くとせせりが女性の名前のように思えてくる。せせりっていう名前の女性を希う恋愛小説のようだ。だが違う、これは恋愛小説でもましてや青春恋物語でもない。

 女っ気は店員ぐらいにしかないオッサンによる一人居酒屋物語なのだ。

 改めて、そいつを知ってもらっておきたい。

 ……せせりかぁ。二本注文したかったと悔やまれる。

 よし、コイツは取り敢えず最後に食すとして、まだ五体満足なつくねを次にいただくとしよう。

 そう思って俺はせせりと一旦手を離す。浮気性で申し訳ない。だが必ず戻って来るから、今一度待っていてほしい。

 

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