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太陽の下に隠れた傍観者  作者: 紗倉 悠里
≪第一章≫ 裏表裏。
8/17

あらあら、分かってるわよ

【第六話】<そろそろ一日が終わって> -高川 玲子-


「ありがとうございましたーっ」


 授業が終わると、生徒達が各々いろんな言葉を吐きながら、教室を走り出ていく。そんな姿に、「あまり興奮しちゃだめよー」なんて、苦笑交じりの声をかけながら歩いていく。

 そして、廊下の一番端にあるエレベーターに乗り込む。今いるのは、五階。一階のボタンを押して、暫しの静寂を楽しむ。

 このエレベーターは、そのまま私を乗せて一階まで行くはずだった。しかし、四階まで下がった時、エレベーターが停止して、そのドアが開いた。


「……玲子か」


 目の前の人物は、そうぼそりと呟くと、遠慮することなくエレベーターに入り込んだ。

 この学園内で、私を「高川先生」と呼ばない大人は一人しかいない。

 そう、白野 歩である。

 彼は、この学園の保険医をやっているらしい。確かに、白衣を着ている。元々科学関係者である歩に、その服装はとても似合う。それに、薬の匂いもベストマッチ。眼鏡も、理系っぽくていいと思う。

 ただ、あのルックスと科学の才能があるのだから、こんな学園の保険医になんかならなくたって、将来の道は選べたのではないか、と思う。これは、才能がない私の僻みでもあるのだけれども。


「歩……。どう? 毎日は楽しい?」

 

 歩にそう聞いてみる。まぁ、彼が答えるはずがないのだけれど。

 私が思ったとおり、彼は私の質問に答えることはなかった。

 さっきまで心地よかったはずの静寂は、歩が来たことによって、気まずいものへと変わっていく。

 なにか話題を作りたいけど、どうせ無視されるだけ。私は、話しかけないことにした。

 そのまま重い空気は続き、一階になったことを知らせるベルが鳴るまで、沈黙が貫かれた。


 やがて、一階につくと同時に、ドアが開かれた。

 なんだか、いままで詰まっていた胸に空気が入り込むような爽快感を感じた。

 女らしい態度を保つ為に、歩に軽く会釈してからエレベーターを出た(本当は、横から蹴り飛ばしてやりたいけど)。

 しかし、去りぎわに先ほどまで一言たりとも喋らなかった歩が口を開いた。


「玲子。“狂った子供(チルドレン)”を頼むぞ」

 あぁ、またあの子のことか。私は、わざととぼけてみせる。さっきお前がした無視、割と根に持ってるからねっ!

「“狂った子供(チルドレン)”? だれ?」

 すると、歩が眉をしかめる。ちょっと不愉快そうだ。

「知ってるだろーが。お前でいえば……高川 葵か」

 高川、とまで言われてしまうと、私も知っていると言わざるを得ない。

「あぁ。彼女ね。そういえば、私の子供ってことになってるのよね? なんで、私のクラスに……」

「僕だって、ツテがないわけじゃない」

 

 歩は、それだけ話すと私を追い抜き、スタスタと歩いていってしまった。

 ツテって……。どんな権力持っているのよ、あの人は。

 そんなことを考えながら、私は職員室に戻った。そして、他の職員と少し談笑する。

 一年一組の男性職員の話が面白くなくて、ふと廊下の方を見てみると、そこにはツインテールの少女が見えた。それはいうまでもなく、“ちーちゃん”だった。

 カバンを手に持って、玄関に向かっている。どうやら、下校途中らしい。

 私は、男性職員に急用があると言い、職員室をでた。荷物は全て持って。


「ちーちゃんっ!」

 

 そして、ちーちゃんに向かって手を振った。

 ちーちゃんは、私の方をちらっと見たあとで、すぐに目線を正面に戻した。どうやら、私と話す気はないみたい。

 だけど、所詮彼女は……。あ、そんなことを考えてはいけないわね。彼女は、今でも私の中では「親友」なのだから。そんな言い方をするのは悪いわね。

 もう一度、「ちーちゃん」と呼んでみた。しかし、今度はこちらを見もしなかった。

 

「ねぇ、歩とさっき会ったのよ」


 仕方が無い。最後の手段を使ってみる。

 本当は、こんな真似はしたくないのだけれど……。彼女が振り返ってくれないから、仕方が無い。


「なに? アイツと会ったのか?」


 私が「歩」と言葉に出した途端、彼女の首は180度回転して、私の目には私が映った。

 やはり、歩は有効だった。彼女の気を引かせるためには、無念にも歩を“利用”するしかないの。

 だって、彼女は授業をサボってでも、歩と保健室で過ごすような子だもの。まぁ、やましいことはしていないと思うけどね。

 きっと、今後の相談か何かしていたのだろう。




「えぇ。さっき、エレベーターでね」


 にっこり、と私は笑顔で答える。

 少しでも、彼女の気が引けるように、まるでエレベーターで何かがあったかのように話す。実際、そんなことは全くなかったのだけれど。

 すると、予想通りに彼女は、


「アイツになにもしてないよな……?」


 と、少し焦ったように、それでも冷静を装ってそう聞いてきた。

 綺麗に、罠にはまってくれたらしい。私の可愛い「親友」は。

 あの子は、小さい頃から、いつもそうだった。ガードは堅いんだけど、歩の名前を出すとすぐに乗ってくれる。だから、私はいつも彼を餌に使ってたっけ。だって、そうでもしないと彼女は心を開いてくれないんだもの。私に、自分の話を一つもしてくれない。私の話は、何でも聞きたがるのに。


「ふふっ、なにもしてないわよ」


 そういって微笑むだけで、彼女は安心したように胸をなでおろした。本当、可愛らしい。

 彼女の姿をみると、あまりにも単純すぎて、つい笑ってしまうのは私だけかしら? いえ、私“たち”だけよね。

 私“たち”以外の人たちには、彼女は【悪の塊】に見えるのかもしれない。大人を虐殺する幼女なんて、そうそう居ないものね。私も、もし彼女の関係者じゃなかったら、恐ろしくて震え上がってたに違いないわ。


「そうか……。だが、アイツに接触するのはやめてくれ」

「あら、独占欲のお強いことで」

「黙れ。ボクとアイツはそんな関係じゃない」

「えぇ、知ってるわ」


 彼女が、警戒心をむき出しにして、私を睨む。幼女に睨まれても、なんの力もないけどね。

 私は知っている。彼女と歩がそんな関係じゃないということは。増してや、彼女が歩のことが好きになるだなんて、全くあり得るはずのないこと。

 だけど、茶化したくなってしまう。彼女がとても可愛いから。


「知っているなら、そんなことを口にするな」

「いいじゃないの、生徒が先生に恋愛相談、なんてねっ」

「不純異性交遊はオススメできない」


 ……やっぱり、容赦無いわね、彼女は。“狂った子供(チルドレン)”って名前が付くだけあるわ。

 それにしても、不純異性交遊禁止だなんて。容姿の割に古い言い方をするわ。まぁ、普通の女子高生とは思っていないけど、ね。

 

「えぇーっ、青春よ?」

「煩い。青春など、ボクには必要ない」


 彼女は、そう言うと私の返事も聞かずにまた歩き出した。私のことを、本当に煩わしく思っているらしい。

 あーあ、前は可愛らしかったんだけどなぁ。喧嘩したら、あんな可愛い姿は見せてくれないんだ。見せてくれるのは、彼女の容姿だけなのかな。


 私は、苦笑いしながら、校門に出た。そして、いつも通り夫の車を見つける。

 私の夫――高川 時雨――は、いつも私を迎えにきてくれる。いくら忙しくても、どんなに酷い台風の時でも。

 だから、私は彼が好き。本当私って愛されてるなぁって実感する。


「お帰り、玲子さん」


 私が車のドアを開けると、時雨が笑顔で出迎えてくれる。それに、私も笑顔で何か返しておく。

 そのまま車に乗り込む。それを確認すると、時雨は車を発進させた。


「ねぇ、時雨。あなた、なんで途中から葵ちゃんから離れたの?」

「んー、こちらの事情があったので……」


 まるで、回答を濁すようにいって、彼は頬をぽりぽりとかいている。

 あぁ、いつもの方向音痴かしら。ほとほと呆れちゃうわね。方向音痴、いつまで治らないのよ。


「道に迷ったんでしょ?」


 私が笑いながら聞いてみると、時雨は「い、いえっ、そんなことは決して……っ」と慌てたように言った。

 図星みたいね。時雨って、本当分かりやすい。


「まぁ、そんなことはいいんだけど……。そういえば、葵ちゃんってなんで私たちの子の設定にしたの?」


 私は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

 だって、葵ちゃんは歩に懐いていたのよ。なら、歩のところでいいじゃないの。なんで、私たち? 偽装がばれたらどうするつもりよ。


「あぁ、それは。……玲子さんが、『私たちの子が欲しい』って言ってましたから」


 その回答に、私は苦笑いしてしまう。

 にこりと微笑みながらそう言っている時雨は、どうにも胡散臭いけど、彼の笑顔が胡散臭いのはいつものことだから、気にしないことにした。

 それにしても、『私たちの子』って……。まぁ、言った気もするんだけどさ……。


 仕方なく、時雨の横顔に、無言の文句をぶつけることにした。絶対、この文句を口にしても笑顔で流されるだけだから。

 その時、時雨のスマートフォンが鳴った。有名な曲の着信音だった。


【第六話 END】



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