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太陽の下に隠れた傍観者  作者: 紗倉 悠里
≪第一章≫ 裏表裏。
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再開は突然に

【第五話】<彼女の再会は突然に> -“狂った子供(チルドレン)”-


「玲子……か?」

 

 ボクは、驚愕した。もう本当に、顎が外れる位に。

 まさか、こんなところに彼女に会えるなんて。想像もしていなかった。いや、想像できるはずがないのだ。


 彼女――高川 玲子は、時雨の妻である。そして、ボクとの元・親友。今は、絶交していて、あの日喧嘩した時から、もう5年以上話していなかった。それだけに、再会できた喜びも大きかった。それと当時に、憎しい嫌な思い出も思い出される。



 玲子は、ボクとは仲が良かった。時雨が、「“狂った子供(チルドレン)”に玲子さんを取られそうです」と肩を竦めながら言ったほどに。

 まるで、ホイップクリームをたっぷり塗ったほどに甘かったボク達の友情は、しかし、長くは続かなかった。


 ある日、ボクは彼女と些細な事で喧嘩したのだ。内容は、こんなものだった。


 100年も前に放送されていた『江戸物語』というドラマのテープが、なぜか奇跡的に無傷で見つかったらしく、再放送されていたものを二人で見た時のことだった。

 玲子が、「なんか、このヒロイン、CMの前の人と違くない?」と呟いたのだ。


 ボクは、テレビの中央で、下卑た笑みを浮かべる悪童を前に仁王だちしているヒロインに注目した。CMの前の人と、なにも違っていなかった。髪は青いストレートで、服は汚れたTシャツと短いスカートで。なにが変わったというのだろう。

 違いがわからなかったボクは、

「えぇ? そんなことないぞ、さっきと一緒だ」

と、テレビの方を見たまま笑いながら、そう言った。


 だが、珍しく彼女は、引き下がらなかった。

「いえ、絶対に違うわ。目つきがCMの後の方が鋭いし、なにより、前に口元にあった黒子が、今ではなくなってるわ」

 CMの後と前の違いを細かく説明する玲子。

 しかし、どれだけ細かく説明されても、ボクにはわからなかった。だって、CMの前のヒロインの映像は、今はもう映っていないのだから。映るのは、彼女曰く、「さっきとは違うヒロイン」だけだった。


 玲子は、きっとそこまで細かくドラマを見ていたのだろう。前から、ちょっと感動的なドラマを見れば、すぐに感情移入できるような人間だったのだし、細かく見ているのも不思議ではない。

 だが、ボクは見ていない。だから、分からないのだ、その違いが。

 それに、常識的に考えても、ヒロイン役の人間が変わるなんて考えられない。青髪の少女なんて、きっとあまりいないはずなのだから(まぁ、ボクは青髪だったが、それは棚に上げておこう)。

 だから、ボクは言った。

「そんな訳がないだろう。テープが100年も前のものだから、何かが狂っているだけだ」

 そして、鼻で笑った。

 すると、玲子が厳しい顔でボクを睨んだ。

「なんで? だって、違うじゃないっ」

「そんなことはない。同じだ」

「貴方は見ていないからそういうのよっ」

 彼女のその言葉は、図星だった。

 だからこそ、なんだか腹が立って。むしゃくしゃしてしまって。

 

 ――抑えられなかった。


「うるさいなっ! そんなこと、どうでもいいじゃないかっ!」


 ボクが怒鳴り、部屋がシーンと静かになった。沈黙が続く。

 我に返って、ハッとして玲子をみる。玲子は、まるで泣きそうな顔をしていた。


 ごめん、玲子。


 本来なら、そう思うはずだった。きっと、いまならそう思って謝ることができていただろう。

 だけど、昔のボクには、その顔が鬱陶しいだけだった。泣けば許されると思っているのか、なんて歪んだ考えがボクの頭を支配してしまっていた。


「もういい。お前とは……絶交だ」


 そして、ボクは絶対に言ってはならない言葉を、感情に任せてそう言ってしまった。


 泣きたいのは、こっちだったのに。

 それを、怒気で覆い隠して、泣いてしまった玲子を部屋に置いて、ボクだけ部屋を出た。


 なんでこんなことで喧嘩になってしまったのか。今考えても全くわからない。だけど、あの時のボクは、「絶対的正解者」の自分を否定されるのが嫌だったのだろう。

 あの時でも、今でもその考え方は変わらない。

 ボクは完璧で、ボクは正しい。ボクだけが正解者である。

 その考えが、玲子によって曲げられるのが嫌だったのだろう。

 ボクと彼女が親しかった故に、起こった喧嘩なのだろうか。それとも、ただボクが子供で、傲慢だっただけなのか。まぁ、あの時のボクに聞けないから、もう分からないけどね。



 あの喧嘩のせいで、ボクは玲子とずっと会っていないのだ。なのに……まさか、こんな場面で再会するなんて。

 これは、強面の教師が担任になっているということよりも嫌な状況である。この状況は、回避のしようがなかった。


「……っよし」


 今教室に入っても、後で入っても、どちらにしろ気まずいのは変わらない。なら、授業中である今入った方がマシかもしれない。

 だから、ボクは覚悟を決めて、教室のドアを開けた。

 ガラッ、と派手な音を立ててドアは開いた。

 音に驚いた生徒たちと、その前にいた『女教師』は一斉にこちらを見た。

 そして、数名の生徒と、女教師は目を丸くした。


「……え、もしかして、ちーちゃん?」


 最初に口を開いたのは……女教師、すなわち玲子だった。

 懐かしい優しげな声に「ちーちゃん」と呼ばれて、前のように抱きつきたくなる。二人で、笑いあいたくなる。でも、できない。


 ちーちゃん。それは、ボクのニックネームだった。

 ボクがちーちゃんと玲子に呼ばれるようになるまで、ボクの呼び名は常に、“狂った子供(チルドレン)”だった。だけど、玲子はそれを、「そんなの、人間らしくないわ。“狂った子供(チルドレン)”だから……ちーちゃんにすればいいじゃない!」と否定し、ボクの新しい名前を作り上げた。

 まぁ、呼び名の上のニックネームだから、もう本当の名前は跡形もなくなっているのだけれど。

 ボクは、それがとても嬉しかった。

 だけど、ボクは玲子にニックネームをつけてあげられなかった。これも、後悔のひとつ。


「『ちーちゃん』じゃないです。高川 葵です」


 ボクは、気まずいはずなのに、何故か嬉々としている心を抑えて、そういった。

 今のボクは、さっき、男教師と話した時のような気弱さは消して、堂々とした女の子。


 ここにいる以上、「ちーちゃん」であることは許されない。ボクは、高川 葵にならなければならないのだ。


「……そう。高川さんね。えっと、席は、そこの女の子の隣よ」





 玲子が一度目を伏せてからそういった。一瞬、玲子の顔が、寂しそうに見えた。ほんの一瞬だけだったけど、確かに、ボクにはそう見えた。

 それを見てしまったせいで、なぜか喜んでいた心も、沈んでいく。このままだったら、深海まで潜って行きそうだ。それは、どうやっても避けたい。


 だから、心を紛らわせるために、玲子の指差したボクの席を見た。教室の、四列ある中の右から三列目で、前から五番目の席だった。

 後ろの方の席だから、かなり良いところだと思う。授業中寝る所なら、完璧な物件である。

 そこまではいい。のだが……なんで、女子が隣なのだろうか 。少し疑問に思ったが、その疑問も一瞬で消えた。なぜなら、女子の人数が、男子よりも一人多いのだ。だから、余った女子の横にボクがくる事になったのだろう。

 そして、教室全体を見回す。真人と夜人が居た。どうやら、同じクラスらしい。これは、面白い偶然だな。

 そう思いながら、ボクは自分の席まで歩いて行った。

 そして、隣の女子に微笑みかけ、挨拶をする。


「よろしく……お願いします」


 ……やはり、いつもの口調はなかなか敬語に直せないものだ。またまた、間違えそうになってしまった。

 これはいけない。今度、“傍観者(ノーサイド)”か時雨でも相手にして、敬語の練習でもしてみようかな。

 

「あ、はいっ! よろしくお願いしますっ」


 元気な声が、ボクの耳を貫く。

 つい、そんな好意的な反応に慣れていないボクは挙動不審になってしまいそうになった。

 

「高川さんだっけ?」

 また、女子が屈託ない和かな笑顔で聞いてくる。

「あ、あぁ。よろしくな……願いシマス。ちなみに、お前、じゃなくて、あなたの名前はなんというのですか?」

 わぁお。自分の敬語力のなさにびっくりだ。本当、臍で茶が沸きそうなくらいに笑える言葉遣いである。

『よろしくな……願いシマス』なんて、もう言葉として通じない。一応、ボクとしては『よろしくお願いします』と言いたかったのだが。

 今までのボクを取り巻く環境もあるんだし、やはりボクには敬語は無理かなぁ、と思った。それでも、丁寧語くらいは使えるように覚えておかねば……(まぁ、この口調でも大丈夫だとは思うのだが)。


「あたし? あたしはね、陵 紡! ちょっと珍しい名前だけどねっ」

 にこにこと笑いながら、ボクの隣の彼女――紡はそう自己紹介した。

 確かに、陵という苗字はあまり聞いていないな。


 そういや、昔ボクと仲の良かった人の名前が確か陵って苗字だったような……この辺りは、記憶が有耶無耶で、よく覚えていない。まるで、そこだけが切り取られたように、覚えていなかった。ボクの名前と同様に、思い出そうとすることさえ赦されない――昔の記憶である。


「へぇ……そうか。ボクも、改めて自己紹介しよう。ボクは、“狂った子供(チルドレン)”だ。よろしくな」


 ニコリ。ボクは微笑んだ。


 すると。あれ? 陵の顔が、ボクの自己紹介を聞いた途端に引きつった。それでも、表面上ではどうにか笑顔を取り繕っている。

 それをみて、首をかしげながら数秒前のことを思い出す。カチン、とボクの中の時間が停止した。

 しまったぁぁぁぁぁぁーっっ!!

 ボクは、心の中で絶叫した。きっと、この絶叫は地球の裏側まで届くことだろう。もしかしたら、あの太陽まで届くんではないだろうか。……この絶叫を声に出した時の話だが。


「っ、なんてねっ。冗談ですよー。私は、高川 葵っていいます」

 もう一度、にこりと微笑み返した。陵も、ぎこちない笑みを返してくれる。

 とりあえず、これ以上の言及がされないように、流れるような動作で席に座る。そして、黒板の方を向いた。幸福なことに、陵もこれ以上の言及はしてこなかった。

 ふぅ。とりあえず、一難去ったなぁ。


「皆さん、とりあえずもう今日の授業は終わりにします。明日から、本格的になりますからね。私、結構スパルタですよ?」


 ボクが座ったのを確認すると、玲子――高川先生は、冗談を交えて、笑顔で話す。「うわーっ、先生鬼畜ーっ!!」「スパルタやめてくださいーっ!」教室は笑いで包まれた。ただ一人、ボクだけを除いて。

 隣の陵も、可愛らしく笑っている。

 

「よし。明るいクラスで良かったですね。じゃあ、起立っ」

 高川先生はボクたちにそう命じた。

 多分、挨拶をしてから退散なのだろう。

 ボクは、特になにも考えずに立ち上がった。

「礼っ!」

「ありがとうございましたーっ!」

 皆が、ばっと頭を下げる。その微妙なタイミングの違いがあるために、まるでウェーブを見ているような光景が目に映った。

 ボクは、あんまり人に頭を下げたい性格ではないから、頭を下げずに教壇の高川先生の方を見ていた。

 また、同じくして高川先生もボクの方を見ていた。ここで会ったが百年目! と睨むわけでもなく、久しぶりだねと嬉しそうな目をするわけでもなく、ただ、風景の一つとして眺めていた。

 あまり愉快なことではないが、仕方が無い。

 少しの間、二人で見つめ合う。しかし、ボク達の間になにか感情が混じることはなかった。

 

【第五話 END】



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