煌びやかで華やかに
「ちょっと、なにやってたんですかっ!」
ボクが、満足してスキップしていた時だ。
後ろから、誰かがこちらに走ってくる音がした。
……時雨か。
「なんだい、時雨。ボクは、髪色に文句をつけてきた野郎に、当然の報いを……って、思っただけなんだぞ?」
くるっ、と振り返って、時雨に向かってそういった。
「俺がちょっと迷ってた間に、……はぁ。困りますよ、本当に。悪いイメージしかつきませんよ?」
時雨は、そういって、ふぅーっと、態とらしく肩を竦めた。しかし、肩を竦めたいのは、実は、ボクの方であった。
校門から、一階の廊下まで。人間しか障害物が無い中で、時雨はどのようにして迷うのだろうか。
あり得ないだろう。どれだけの方向音痴でも、なかなか間違えないぞ。
――どう考えても、“ちょっと迷ってた”じゃないだろう。ボクの悪いイメージはともかく、お前の方向音痴は。
まぁ、ボクがあれだけ暴行していたから、時雨がいなくてちょうど良かったけどね。
中途半端に時雨に、喧嘩を止められたら、それほど銃を連射してしまうに違いない。
まぁ、今日は普通の高校生って設定だから、銃は、“傍観者”に没収されちゃったけど。
実際、時雨の方向音痴は、ボクや“傍観者”が呆れるほどに、大変なものなのだ。
分かりやすく説明するのさえ、難しい。
そうだな……いわゆる、「元きた道が戻れない」ってやつかもしれない。
これは、四年前の話。
あ、ちなみに、これは余談なのだが、ボクは、もう十年前からずっとこの姿なんだよ。ツインテールの、幼女の格好。
さて、話を元に戻して……えっと、なんの話だっけ?
そうそう、時雨の方向音痴の話だっけ。
「おーい、時雨ー?」
“傍観者”が、面倒臭そうにしながらも、声を張り上げた。
――それも……森の中で。
なんで、ボクたちがこんな森の中で時雨を探し回っていたのか、それにはある意味で重大な理由があった。
ボクと“傍観者”と時雨は、街の花火大会に来ていた。元々、ボクと時雨はそれほど乗り気ではなかったのだが、ある有名な花火技師が来るらしく、“傍観者”がどうしても行きたいというので、仕方なくボク達は、その花火大会に向かうことになったのだ。
(はぁぁ……めんどくさいな)
その時のボクの感情は、そんな感じだった。
さてさて。花火大会には着いたものの、人が多すぎて花火どころじゃなかった。
というか、ボクは人ごみに飲み込まれて、流されてしまいそうだった。
ってことで、ここらへんの地図に詳しい“傍観者”の提案で、森の木の上から見ることにした。
森の道を三人で歩く。暗い夜道は、正直言って、怖くないものでは無い。あ、いや、別に怖いってわけじゃないけどね。
「なんで、最初からこの森のことを言わなかったんだ? ここなら最適だし、態々大会で見る必要もなかっただろう?」と、ボクが言うと、“傍観者”は、
「雰囲気さ。森から見るよりかは、大会で見た方がいいだろ?」
なんて、自慢げに返してきやがった。
ボクは、それに関しては、もう少し口論をしたかった。だから、勿論、言い返す。
「あのなぁ、そういうのは効率を追求するべきだろう」
ボクは、そう反論しようとした。だが、実際に口に出すことができたのは「あのなぁ」までであった。
なぜなら、ボクの方を振り向いた、“傍観者”の間抜けな声に遮られたからだ。
「あれ? 時雨は?」
「は? 時雨なら、ボクの後ろにいるだろう」
ボクも、振り返る。そこには、スーツ姿の気怠そうにしている男が居るはずだった。だが……いない。
つい、冷静なボクでもキョロキョロしてしまう。
「はぁ……勘弁してくれよ、大の大人のくせに……」
“傍観者”が、面倒臭そうにため息をついた。
そして、“傍観者”とボクの、ガキ(時雨)探しが始まったのだ。 面倒臭いのは、“傍観者”だけじゃない。ボクも、面倒臭かった。
だって、皆も考えてみて欲しい。
スーツ姿の大の大人を、幼女の姿をしたボクと、白衣を着た“傍観者”が探さなきゃいけないんだぞ?
もう、そのまま時雨を捨てて行きたいところだが、そんなことをしたら、どうにか帰ってきた時雨が発狂しそうなので、それはやめておいた。
まぁ、捨てて行ったことがあるからこそ、躊躇することができるのだけど。
「おーい、時雨ー?」
ボクが大声で呼ぶ。
しーん。
森に、ボクの声が響いた。
しかし、返事をする“生命体”はいないようだ。このボクに返事をしないなんて、後で罰が必要だな。
「はぁぁ……。なんで、こんなこと、俺が……」
“傍観者”が、もう一度ため息をついた。それも、盛大に。
「仕方ないじゃないか。あいつは馬鹿なんだから」
「それにしても、酷いな。僕らの後ろをついてきて、なんで迷子になるんだか……」
“傍観者”は、困ったように苦笑している。
まぁ、その通りだ。
あいつの目は、ただ穴に眼球が入っているだけで、機能していないんじゃないか? そんなことをよく思う。
「もう、放っていかないか?」
「まぁ、そうしたいんだけど…そんなことしたら、時雨が……」
「幼児並みに、喚き散らすだろうな」
はぁ。
大きいため息と、長い沈黙。
そして、暫くしてまた探しに歩き出そうとした時だ。
「おーい、“傍観者”、“狂った子供”っ!」
後ろから……声がした。それは、間違いなく、時雨のものだった。
振り返ると、時雨が笑顔でこちらに走ってきていた。
「時雨か。お前、何をしてたんだ?」
さっ、と振り返った“傍観者”が、厳しい表情で聞いた。
すると、時雨は親に叱られた子供のように縮こまる。“傍観者”、恐るべしってところだ。
「あ、いや、“狂った子供”の背中を追いかけてたら、いつの間にか居なくて……」
「つまりは、よそ見をしていたと言うわけだ?」
「あぁ。本当、すまないって」
ボクが横から口を挟むと、時雨が苦笑混じりに頷いた。
実は、今の空気は、とても重いんだけど、彼は分かってない。「ちょっと怒られちゃった。テヘッ」レベルの謝り方だった。
ボクは、あまりの彼の鈍感さにため息をついた。
「それは、罰が必要だね。早速、執行しようかな?」
ボクが、にこにこと微笑みながら小首をかしげる。
「あぁ。罰がいるな。今から始めるぞ」
“傍観者”が笑った。
その後、どんな惨劇が時雨の身に降りかかったのかは、もう言うまでもない。
って事が、四年前の話。
もう昔の話だから、あまり気にしてはいないけど、そういえば時雨の体を軽く「ゴキッ」って言わせるようなことしたかな。“傍観者”も、笑顔で結構やばいことしてた気もするけど、それはもう昔の話。気にしたら、負け。
「ほんと、“狂った子供”は子供なんですから。髪色程度の挑発に乗らないでください」
時雨が、昔の思い出に浸っていたボクに偉そうな口をきいてきた。
なんだい、子供だと? それは、ただの異名じゃないか。それに、『狂った』を付けろ、『狂った』を。お前よりかは、大人だと思うぞ、ボクは。
「は?」
「すいません、なんでもないです……って、え?」
え?
今の、ボクじゃないぞ?
明らかに、男の声だった。それも、初めて聞く声だった。“傍観者”でもないし、さっきの強面馬鹿男でもないし……誰だ?
「女の子は髪が命なんだよ、おっさんっ」
どちらかというと可愛らしい系に入るであろう少年が、時雨を見上げながら、そう言っていた。
「うむ、その通りだな」
ボクは、彼の言葉に頷いたが、時雨は頷けないらしい。
「ちょっ……!? 俺、もうおっさんに見えますかね?」
彼は、ぺたぺたと顔を触ってそうつぶやいた。
「20代越えたら、おっさんだろ」
またまた少年の言葉に、深く頷くボクと、がっくりと項垂れる時雨。
「その通りだ。もう、時雨は『おっさん』だな」
ボクが面白そうに笑っていると、少年がこっちをちらりとみた。
「うわっ、可愛いなぁ、お前っ! 新入生か、俺と同じじゃねーかっ」
そして、ボクの手を取り、そんな賞賛の言葉を並べた。
可愛い、と言われると、やはり照れるものだな。ずっと言われ続けているけども。
「ちょっと待っててな。おーい、真人!! 可愛い子見っけたぞーっ」
その少年は、『真人』という少年の名前を呼んだ。
その名前を聞いた時雨の顔が、なんとなく歪んだ気がしたが、気にしないことにしておこう。
「お、おー? 確かに、可愛いけど……どうした?」
少年に呼ばれて、人の波から出てきた少年は、眠たそうに欠伸をしながらの登場であった。
頭の上に、寝癖が飛び出ている。俗にいう「アホ毛」というやつなのだろうか。
黒髪に、黒い目。顔も整っているし、まぁ美男子だ。
「なんだよー、反応薄いなーッ! 折角の美少女だぞ?」
「まぁ、お前みたいなナンパ野郎とは違うからな」
悔しそうな顔をする少年と、からからと楽しそうに笑う少年。
「おい、お前たち。そんなことより、お前たちの名前はなんという?」
楽しそうな二人の雰囲気をブチ切るのは、ボク。といっても、普通に質問をしただけ。いつも通りに、ね。
本当は、ボクに軽々と喋りかけるのはちょっと気に入らないけど、それは口調には出さないようにした。
すると、二人とも、きょとんとしたが、なぜか、すぐに爆笑しはじめた。
(なんで笑うんだ? おかしいところなんて、あったか?)
なんだか、一人取り残された気分になった。
後ろの時雨も一生懸命、笑いを堪えていた。