黒い巨人
「魔力量は、23です」
マヒロちゃんは、本当に何でもないことのように言った。
「魔力量23!?」
初めに声を挙げたのはハイメ君だった。
「・・・どういうことだ?・・・学園都市には魔力量30からしか入れないはずだが・・・?」
ハイメ君はいきなり怖い声と怖い顔を始めた。小さい声で「まさか本当にあいつの言ったことは・・・」と言ったのが聞こえた。今思うときっとスペンサーはいろいろなところで言いふらしてたんだと思う、でもあまりにも誰も相手にしないから、マヒロちゃんに直接言いに来たんだね。・・・スペンサー君・・・。
「どうなんだ、オギワラ。きちんと説明してもらおう」
「わたしの入学は、学園長によって保障されています」
「!・・・だから!なぜ入学が許されたのかと聞いているんだ!」
ハイメ君がいらいらしながら言った。
「ま、まあまあ、フェリクス落ち着けよ、そんなに怖い顔してたらさ、オギワラさんも話せないよ!」
「む・・・」
そこへ、イグニスが割って入った。
「えーと、オギワラさん、ごめんね?」
イグニスは情けない顔でにへら、と笑った。それを見て私はなんだかとてもほっとした。イグニスはちょっとおばかだし、上手いことも言えないけど、周りの雰囲気を良くするような不思議な力を持っていると思う。
(大丈夫だ、イグニスだったら何とかしてくれる)
「かまいません。わたしが何故学園の基準を満たしていないのに、特別な措置をいただいてこの場にいるか、ということですよね」
マヒロちゃんは、やっぱり感情の見えない瞳でハイメ君をしっかりと見た。
「それはわたしの能力によるからです。わたしの能力に魔力量は関係しません」
◇◇◇
「ふざけるな!お前は僕を馬鹿にしているのか!?」
スペンサー君の怒鳴り声で私は回想から意識を戻した。スペンサー君はもう真っ赤になって怒鳴っていた。・・・マヒロちゃんは・・・相変わらず倉庫から用具を引き出す作業を続けていた。周りもこの異様な雰囲気に飲まれて手を出せないらしい。
「くそっ!!みんなして僕を馬鹿にして!せっかくこいつが嘘つきだって教えてあげたのに、この学園の馬鹿どもは誰もかれも・・・!!」
スペンサー君はなんかもう、周りに八つ当たりし始めている。
「くそっくそっ!この学園のやつはみんな馬鹿ばっかりだ!お前もお前も!みんな馬鹿ばっかりだ!!」
さすがに、まわりもイラつきだした。何人かの生徒が、スペンサー君を止めようと動き出したその時、
「こんな能無しに騙されて聖地に招きいれるどころか、白翼親衛隊に入れるなんて、当代のマギステルはとんだ能無しだな!!」
次の瞬間、スペンサー君は地に倒れていた。私はいったい何が起きたのか分からなかった。
「ひ、ひいいい!!ば、化け物!!」
スペンサー君の悲鳴がグラウンドに響き渡る。スペンサー君はなんとか逃げようともがくが、その胴体は黒い巨大な・・・鎧の人物によって拘束されていた。鎧の人物はスペンサー君の腹部に右足を載せた状態で停止している。
「ば、化け物め!はなせ!足をどけろ!!」
スペンサー君は鎧の足を両手で叩いていたが、効果は無いようだった。私たちは突然現れた黒い鎧の人物に全く対処できていなかった。黒い鎧は、画用紙に落ちた黒いインクのように真黒で、その姿は禍々しかったが、何か恐ろしい心に直接響く美しさを感じた。
「不敬罪です」
その時、真黒な鎧が震え、水面のようになった個所から溶けるように、マヒロちゃんが現れた。
「あの方への暴言は許されません」
マヒロちゃんは、仁王立ちになりスペンサー君を見下ろした。その表情は肩まである艶やかな髪に隠されて全く伺えない。
「ひ、ひいいいい!な、なんだおまえ!おまえ、おまえ!いま、いま僕を僕を殺そうとしたな!!!!やめろ!くるな!くるなああああ!!」
第3グラウンドには、スペンサー君の悲鳴だけが響いていた。禍々しいほど美しいその鎧は、日の光を全く反射していなかった。むしろ日の光を浴びてどんどん濃くなっているような・・・日の光を飲み込んでいるようにも感じられた。非日常的な光景と、スペンサー君の必死の悲鳴に、私たちは完全に飲み込まれていた。どうにかしなきゃと思うのだが、体が全く動かない。ただただ、目の前の光景に釘付けになった。誰か・・・誰か、誰か何か言ってほしい。誰か、助けてほしい・・・。
「ちょ!ど、これどういう状況よ・・・?」
ああ、やっぱり、助けてくれるのはいつも君なんだね。イグニス・・・。