火の少年のひとりごと
俺の、いや俺たちの運命が多分変わったその日の朝、俺はいつものようにベッドで爆睡していた。でもって同室の奴に起こされるところまで、それまでの3年間と全く一緒だった。
・・・よく、虫の知らせってやつ、あるだろ?そんなもの、俺には全くなかった。でも、やっぱりこの日なのだと思う。それまでのありふれた一介の学生という日常が終わりを告げて、不条理だとか、逃れられない圧力だとか、そんなことがいっぱいの大人の世界への第一歩は、やっぱりこの日に踏み出したんだ。
・・・でも、覚えておいて欲しいのは、俺は全く後悔していないってこと。みんなだってそうだろ?大人の世界に踏み入ってしまったといっても、俺たち自身はどうしようもなく子どもだ。情けないし、悔しいけど、ただの無力な16歳の子どもでしかないんだ。だから、みんなで力を合わせよう。一人では何もできないかもしれないけど、力を合わせればきっと何かできるはずだよ。
◇◇◇
「おい、イグニス!起きろよ。」
「んあ?・・・あー、あとちょっと」
「ふざけんな」
ゴギッ・・・
およそ人から鳴ってはいけない音を出して、俺はベッドの上から転がり落ちた。
「いっっってぇぇぇ・・・」涙目で床を転がる俺をヨンウンは冷めた目で見下ろした。あ、ちょっと傷ついた・・・。
「おい、本当に早くしないと遅刻するぞ。入学式早々に遅刻なんて俺はごめんだ」
「げ、まじか。おおおやべぇええええ」
その場で寝間着を放り投げ始める俺を見て、ヨンウンは頭痛が痛いような顔をした。・・・ん?頭痛が痛い?・・・俺に学はない。
「おい、ヨンウン!遅刻するぞ!」
「・・・それは俺のセリフだ!」
こうして俺たちはほぼ毎日繰り返している言い合いをしながら、学寮の玄関を飛び出した。これが俺の日常であり、中等部に入ってからの3年間、変わることのないものであった。
「だーーー!!!駅員さん!!ちょっと待ってーーーー!!!」今にも閉まりそうな電車の扉に向かってスライディングする。間一髪で滑り込んだ俺が窓の外を見ると、すっかり顔見知りになった駅員さんが苦笑いでアナウンスをしているところだった。
「ふー・・・セーフ・・・」
「何がセーフだ馬鹿」
「わりぃわりぃ!明日は気をつけっからさ!」
「・・・」
ヨンウンは俺を一瞥すると、すぐに空いている座席を目指して歩いて行った。・・・ノリの悪いやつめ・・・。
俺も俺で適当に空いてる席に座った。何気なく窓の外を見ると、草木が紅葉を始めていた。ああ、今年もこの季節がきたなぁ・・・と何となく見やる。3年間見続けている風景だけど、今日から高等部に上がると思うと、少し別物に思えてくるから不思議だ。
俺たちが住んでいるのは、世界のどこかにある学園都市だ。場所は誰にも分らない。何故かって、ここに入るには転移魔方陣を使うしか方法がないからだ。どこの国からも治外法権となっているこの場所は、衛星にも映らないらしい・・・。
なぜこんな厳重に守られて学園生活を送っているかというと、俺たちがいわゆる魔術師の卵であるからだ。それも魔力量が一定量以上でないと入学を許されない・・・逆にいうと一定以上であった場合、問答無用で放り投げられる・・・エリート、だからだ。そう、俺も・・・。
この学園都市では小学校から大学院までの教育機関を内包しているが、俺は中等部からこの学園都市へ入ってきた。魔力量は成長とともに増えていき、ピークに達するのも13~20歳あたりと幅広い。またある年齢でいきなり増えたり、じわじわと増えていったり、個人差が大きいのもこの魔力量といったものだ。俺の場合は前者であり、それゆえ中等部からの編入となったわけだが、特に珍しいことではない。ちなみに俺の魔力量の覚醒にはとある恥ずかしい事件が関わっており、あまり思い出したくない。
そんなわけで3年間、嫌なこと、苦しいこともあったが基本的には楽しく過ごしてきた。自分でいうのもなんだが、社交的な方なので友達も多い。親友と呼べるやつもいる。将来の夢なんてまだ分からないけど、いつかできるんじゃないかと思ってる。これから高等部に入り、勉強も難しくなっていくという一抹の不安はあるが、可愛い彼女とかできるんじゃないか、とかそんな浮かれたことばかり考えていた。