序章
わたしは、鬱屈とした気持ちでその門を見上げた。今しがた通り抜けたその門は、繊細な彫刻を施され、優美な姿でもってこちらを見下ろしていた。この門を初めて通ったのは、3年前だった。それから今まで、一度も通ったことはなかった。
この門を初めて通った時、わたしの胸にあったのは希望だった。将来への希望に満ち溢れていた。それが3年後、こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。今わたしの中にあるのは、後悔、失望、疑念、惨めさ、嫉妬・・・どれもこれも、明るいものとは無縁のものだった。
この地へ来てからの3年間、決して楽しいことばかりではなかった。辛いことや、苦しいこと、遣る瀬無いこともたくさんあった。けれど、わたしは確かにこの3年間楽しかったし、充実していた。少ないながらも友人もできたし、何かと気にかけてくれる先輩もいた。そして何より、ずっと憧れだった彼の傍にいることができた。彼に見いだされ、傍にあることのできた時間は夢のようなものだった。何よりも、わたしを必要としてくれた。彼はまさしく、神様のような存在だった・・・けれど。
何を間違えてしまったのだろう。間違えてるのは、わたしなのか。彼なのか。それとも他の誰かなのか。この地を去るという決断に一番驚いてるのは、実はその決断を下したわたし自身なのかもしれない。それほどわたしの彼への、この地への敬愛は深かったし、それはもはや崇拝に近かったのかもしれない。盲目的に信じ、従い、自分で考えることを放棄していた。それが恐ろしいことだと、気づいていなかった。気づこうともしなかった。
見送りは誰一人もいなかった。彼と決別するということは、この地に住むすべての人との決別を意味していた。悲しくないといえば嘘になるが、これは永遠の別れではない。わたしは必ず、またここへ戻ってくる。
『そう、必ず戻ってくる』
わたしは服の上から紐に通し首に下げた指輪を撫でた。盾の紋章が刻まれたそれは、今では彼とのつながりを示す唯一のものだった。
荷物を肩にかけ、わたしは歩き出した。もう背後は振り返らない。わたしは、また必ずここへ戻ってくるのだから。こぼれそうな涙も、今にも震えそうな両足も、わたしは気づかない振りをして、前に進んだ。