卒業プレゼント
Stella企画にて書かせていただいた短編小説です。
こちらをアレンジしたものを新人賞へ応募しますので、来月よりこの作品は一旦非公開にさせていただきます。ご了承ください。
「あーあ、高校も終わりかー」
卒業式を間近に控え、久保絵美子は友人とカフェで緊急の女子会を開いていた。と言っても会議で何かを決めるというわけではない。ただお茶を楽しむだけだ。
「皆は進学するんだっけ?」
「うん。デザインに」
「私は経済」
それぞれに進学先を答える。
「いいなあ、皆やること決まってて」
「んー、決まってるわけじゃないけどね」
「えっ、そうなの?」
「他に魅力的なところが無くて、それならデザインかなあって」
「あんたも?」
「私は単純に興味があるからかな。経済を勉強して何がしたいってのはないよ」
「でも進学が決まってるのは羨ましいなあ」
「絵美子も進学するって言ってなかった?」
「んー、進学したいとは思ってるけど、何を学びたいってのはないんだよねえ……」
テーブルに顎を乗せて、はあ。とため息をつく。
「あ、そうそう、親へのプレゼントとか決めた?」
ん? 親への?
「ああ、私は決めたよ。前から候補にあったやつ」
「ちょっと待って、親へのプレゼントって何?」
と、真面目に訊くと、友人二人はキョトンとした目でこちらを見る。何? あたし何か変なこと訊いた?
「ああ、そうか。絵美子、あんたはそういうの疎いんだった。すまん」
「実はね、今は両親に今までの感謝の気持ちを込めた卒業プレゼントを贈るっていうのがあるんだよ」
「え、いつの間にそんな流行が……」
「んー、二年ぐらい前からかな」
「最近クラスでもそういう話題あったでしょ?」
そう言えば、近頃プレゼントがどうのって話をちらほら聞くけど、そういうことだったのか。てっきり友だちとか恋人へって意味かと思ってた。
「考えてみれば、ここまでやってこれたのは親のおかげだしね」
「そうだよね。衣食住は当然そうだし、ケータイだってお母さんやお父さんのおかげで自由に使い放題使ってるわけだし」
「まあ、ようやくバイトで軍資金を稼いだりして、『お金を稼ぐって大変だな、ていうかメンドイ』って分かったよ」
あっはっは、と笑う。
「そんなわけで、誰が発案したかは知らないけど、二年ぐらい前から高校卒業の時に両親へ卒業プレゼントを贈るっていうのが流行りだしたんだよ」
「そう…なんだ…」
あたしも二人にならってってわけじゃないけど、バイトをしたことがある。短期だったが、辛くも楽しく良いものだった。
確かに両親には感謝している。直接言葉にしたり、何かを贈ったことはないけど……。
「あたしも何か贈ろうかなあ」
もう四月になろうというのに、降り始めた雪を窓越しに眺め、贈り物を考える。
「入院?」
贈り物を考えながら帰宅すると、母からいきなり父の入院を聞かされた。
「これからお母さんも病院に行ったりちょっと忙しくなるから、悪いけど夕飯は適当に食べてね」
「あたしも手伝おうか?」
普段そんなこと全く言わないのに、さっきの話題のせいか、ふとそう言った。
母も珍しいことを言うあたしをキョトンと見る。
「ありがとう。そうね、じゃあ手伝ってもらおうかな」
久しぶりのやり取りに、あたしも母さんも少しぎこちなかった。
病院へ行くと、医者が詳しい話を聞かせてくれた。
「今どうなるという、切迫した状態ではありません。過労でしょう」
職場で倒れた父は、そのまま救急車で搬送されたらしい。母がその報せを聞いて、病院へ行こうと準備していたところにあたしが帰ってきた。
「良かった。すぐ、退院できるんでしょうか?」
「念のための検査がありますので、二、三日の入院になると思います」
「わかりました。ありがとうございます」
病室へ行くと、ベッドを少し起こしてライトを点け、文庫本を読んでいる父がいた。
「あなた、大丈夫なの?」
母が真っ先に駆け寄る。
「ああ。心配かけたな、なに、少し疲れただけだよ」
「でも、念のため検査するって」
「うん。倒れて頭を軽く打ったらしい。それで明日検査するんだ」
「大丈夫? 痛くないの?」
「大袈裟だな、痛くないよ」
一旦落ち着くと、あたしに気付いた。
「おお、絵美子も来てくれたのか、ありがとう」
父さんにありがとう、と言われて緊張が解けたのか、あたしも自然と近寄る。
「びっくりしたよ、帰ったらお母さん『お父さんが入院しちゃったのよ!』なんて言うんだから」
深夜ではないが、夜の八時なので声を抑える。
「はっはっは、それは悪かったなあ、この通りピンピンしているよ」
忙しいを理由に、父さんとは会話が無く、話しづらい空気だったけど、皮肉にも父の過労がきっかけで会話が戻った。
付いて来たことを怒られるんじゃないかとも思ったけど、喜んでくれたのが、あたしも嬉しくて。
さっきの卒業プレゼントの話を、本気で考えようと決意した。
「今日もお見舞い?」
出掛ける準備をするあたしを見て、母さんが言う。
「明日には退院するし、今日は雪すごいらしいわよ」
明日にしたら。と言う母さんに「大丈夫だよ」と振り切る。
「行ってきます」
と、病院へ向かった。
外は確かに、雪がかなり降っていた。
「んー…、明日にしようかな…」
いや、どうしても今日じゃなければ、チャンスがもう無いんだから。
そう意気込んで、駅へ向かう。
自転車でも三十分あれば余裕で着くが、予報を聞いて無理だと分かっていたので、電車の時刻を調べておいた。
「えーと、ここからここまでだから……よし」
最終確認して切符を買い、ホームで電車を待つ。
「うー、寒いなあ」
ホームにアナウンスが流れ、線路の向こうからカタタン、カタタン、と電車がやってくる。
「早くー、寒いよー」
そうだ、母さんへのプレゼントはどうしよう。
色々と考えながら待っていると、誰かに後ろへ引っ張られた。
「えっ?」
パッと振り向くと、同い年ぐらいの男の子がいた。
「な、なんですか?」
警戒していると、心外そうに見られた。
「おいおい、クラスメイトを知らないのかよ。日野だよ」
日野? えー…と。
「この前勉強合宿で教えてやっただろうが」
と、しびれを切らした日野が言った。
「ああ、あの時の!」
やっと思い出した。そうだ、塾の勉強合宿で一緒だったクラスの男子だ。
「何してるの?」
「そりゃこっちのセリフだ!」
日野が言うには、あたしは考えごとをしながら歩き、そのまま線路へ落ちそうになったという話だった。
「ああ、あたし考えながら歩くと止まれないんだよね」
あはは、と笑って誤魔化すが、日野がまた怒りそうなので、素直に謝った。
そうこうしているうちに電車が到着したので、急いで乗車する。
「でも久保も珍しいな、こんな時間にどうした?」
「うん、お父さんがね」
先日の友人との話から父さんの入院を話した。
「おじさんは大丈夫なの?」
「うん、明日退院できるって」
「へえ、良かった。んー、卒業プレゼントか」
「日野くんはプレゼントするの?」
「ああ、今初めて聞いたけど、俺もプレゼントするよ」
そうだ、日野はあたしよりそういうのに疎いんだった。
「日野くんは今日塾?」
「いや、俺も親父の見舞い」
「え? そっちも?」
「まあ、俺の親父は退院はまだ難しいんだけどな」
「……重いの?」
「ああ、そういう意味じゃない。ただの骨折だよ」
「骨折?」
「そう。だからまだ当分は帰れないんじゃないかな」
「そんなに長いと大変じゃない?」
「そうでもないよ、うるさい親父がいないから、ちょっと騒げるし」
悪戯っぽく笑う。
話していると、降りる駅名がアナウンスされた。
電車を降りると、白銀世界が広がっていた。
「すげえな、もうこんなに積もったのか」
「早く帰らないと」
大きい雪がかなりの勢いで降っている。早くしないと帰れなくなってしまうかも知れない。
病室へ着くと、日野も付いてきた。
「どうしたの?」
「いや、俺の親父も……」
ネームプレートを見ると、久保と日野が書かれていた。
入ると、父さんはまた本を読んでいた。
「父さん」
こちらに気付くと、「おお、来てくれたか」と笑顔で応える。
「今日は雪がすごいからな、来れないと思ってたんだ」
「父さんに会いたくて来ちゃった」
「ほう、何が狙いだ?」
見抜いたり。という顔の父さんが、なんだか面白かった。
「そちらのボーイフレンドは?」
「ああ、駅でたまたま会ったの。クラスメイトの日野くん。ただの友だち」
「おい! そこは冗談でも彼氏なの。とか言えよ」
「言うわけないでしょう。おじさんは?」
「あれ」
と、日野が指差すほうを見ると、なるほど、脚を石膏で固められて吊るされていた。
「なんだ、おめえの彼女じゃねえのか」
ニヤニヤとこちらを見ている。
「ったく、エロオヤジが」
日野は父親のところへ行って脚を軽く叩いた。
「おいこら! 痛えじゃねえか!」
「バチだよ!」
その様子を、笑いながら父さんと見ていた。
「ははは、仲が良いじゃないか」
「そうだね」
もう退院の準備はしているらしく、荷物は整理されていた。
「それで、何を相談しに来たのかな?」
本当に見抜かれているようだ。父さんには敵わない。
「母さん何が好きなのかなあって」
「おいおい、大雑把過ぎるなあ」
「んー、欲しそうな物とか、時計が好きとか」
「母さん誕生日だったか?」
「んー、違うんだけど、まあそこは秘密で」
何かを企む娘を、父はどう見てるんだろうか。
できるだけ平静なつもりだが、多分挙動不審だろう。
「そうだなあ、月並な言い方だが、気持ちが大事だろうな」
「えー、それだけ?」
「そう言われてもなあ……」
と、困ったように考えるが、すぐにハッと思い出したように顔を上げた。
「……ブローチ」
「ブローチ?」
「うん。この前失くしたってへこんでたな」
ブローチっていくらするんだろう。いや、それこそ気持ちでカバーだ!
「ありがとう。じゃあ、そろそろ帰るね」
「ああ、気をつけて」
病室から出ようとして、日野を思い出した。
「日野くんはまだ帰らないの?」
「え? あっ! もうこんな時間じゃないか!」
腕時計を見て、日野が叫んだ。
「ここ病室」
「悪い……。そうだな、早く帰らないと」
「おい」
帰ろうとした日野を、父親が呼び止める。
「なんだよ!」
「……気を付けて帰れよ」
「……おう」
お互い、照れくさいのだろう。
「さあ、行こうぜ!」
外に出ると、雪がさっきよりも勢いを増していたが、幸いなことに電車は動いており、定刻に帰れた。
「じゃあまたな」
「うん、また」
駅で別れ、お互いに帰り道を歩む。
さて、もう少しで卒業式だ。
いつの間にか雪は止み、静かで真っ白な世界が広がっていた。
卒業したら、この雪のように新たに日々が始まるのだろうか。
「卒業生、久保絵美子」
ゆっくりと壇上に上がり、担任から卒業証書を受け取る。
この紙が、卒業の証として、高校生活が終わる。
「ありがとうございました!」
退場するさい、大きな声で言えよ。と、担任に言われた。
そんな恥ずかしいことできるか! と思ったが、なんだかんだ雰囲気に押されて言ってしまった。
「うわああ!」
そこら中で泣いている生徒がいた。さすがにそんな泣かないだろう、なんて思ってたら、
「絵美子!」
友人二人が駆け寄ってきた。
「卒業式終わっちゃったね」
「絵美子ぉ」
「え、ちょっと?」
いきなり抱きつかれ、そのまま泣き出した。
「どうしたのよ」
「ずっと友だちだよね!」
泣いて手を握られる。
「えっ! あんたも?」
気が付くと、涙が溢れていた。
泣くわけないと思っていたのに、止めどなく溢れてくる。
「ひっく……、うあ、あああ!」
なんだかんだ言って、高校生活を楽しく満喫した。友人も出来た。色々なことがあった。
馬鹿やって、喧嘩して、怒られて、笑い合って……。
これが青春、なのかな。
卒業は終わりじゃないんだ。出発の思い出なんだ。
「これからもよろしくね、絵美子!」
「うん! よろしくね!」
空には、祝福するように桜吹雪が舞っていた。
「お母さん」
久しぶりに三人で夕食を終え、プレゼントを渡すために立ち上がる。
「ん? どうしたの、絵美子」
「ちょっと待っててね」
リビングのソファに隠しておいたプレゼントを取り出す。
「はい、これ」
「あら、なあに? 開けていいの?」
「うん」
袋を開け、ブローチを見ると、母は思わず口に手を当てた。
「高校を無事に卒業出来ました。ありがとうございます!」
「絵美子……」
声にならない声で、溢れる涙に構わず抱き締められた。
「ありがとう、ありがとうね……」
何度も、何度も、そう言ってくれた。
「お父さんにもあるんだよ」
母が落ち着いてから、父に向かう。
「俺にもか?」
「はい、これ」
「なんだ?」
小さい箱を開けると、そこにはジッポーライターが入っていた。
「そんなに高くないけど、文字入れてもらったんだ」
ライターを見ると、大きく分かりやすく『禁煙』と刻まれていた。
「ははっ、ライターに禁煙か!」
「いつも、お仕事忙しいのに、自転車とか直してくれたり、前は旅行にも行ってくれたよね。ありがとうございます!」
「絵美子……」
父も泣きながらそっと抱き締めてくれた。
改めて、少し離れて二人を見る。
「無事に高校卒業できて、その記念と両親への感謝の想いを込めた卒業プレゼントです。本当に、ありがとうございます!」
最後は泣きそうになり、声が震えたが、言い切って頭を下げる。
普段は決して口にしない感謝の想いを、言葉にして両親に伝える。
父さんの入院ってあまり良いきっかけじゃなかったけど、こうしてまた家族が一つになれた。
卒業プレゼントを教えてくれた友人にも、後で改めて感謝を伝えよう。
エピローグ
ギリギリで進学が決まったので、上京するために駅へ行くと、日野に出会った。
「あれ、日野くん?」
今度は向こうが気付いていなかったようだ。
「お、久保じゃん!」
大荷物を持っての上京、というわけではなさそうだ。
「どうしたの?」
「俺は親父の跡を継ぐことにしたんだ」
全然知らなかったが、日野の父親は植木職人なのだという。日野も現在、植木職人になるために勉強をしているらしい。
「そういえば、卒業プレゼントはどうしたの?」
「ああ、本だよ」
「本?」
「親父は本を読まねえからな、どっさりプレゼントしてやった」
へへっ、と笑う。
「怒られなかった?」
「なんでさ? むしろ泣いて喜んでくれたよ」
「そうなんだ……」
これはこれで、ありなのだろう。
「ところで、さ」
「ん?」
「お前彼氏とかいるのか?」
「いないけど」
日野がいきなり挙動不審になる。
「……俺さ、お前のことが―――!」
タイミング悪く、電車がホームに入る。
「え? なんて言ったの?」
「えっ!」
電車に気付いてなかったようだ。
そして発車のアナウンスが流れる。
「あ、ごめん! あたしこの電車に乗るの!」
「ちょっ、待って!」
そして、何か言いたそうな日野を、ドアが無情に遮る。
「……!」
「ごめん、聞こえないよ」
発車のベルが鳴り、電車が動き出した。
新しい日々へと、希望を乗せて。
END
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ご意見やご感想などありましたら、よろしくお願いいたします。