胡桃
「此処を訪れるお客さんは、時間に追われていない。寧ろ、その時間を追うような末子だ」
そうか、と思った。
確かに上の姉はなんだかとても忙しそうだ。
真ん中の姉は要領が良くて、立ち回るのがとても上手だ。
時間に追われも、追いもしなくて、くるくると操っている。
「私、此処にいても良いの?」
「勿論だとも、レディ。私が城へ案内しよう。艶やかな宝石も、豪奢な服も、美味しいディナーも充分にある」
水を得た魚のように、急に生き生きと手を出した青年に反射的に手を重ねようとすると、不意に落ちてきた何かが手の甲に当たって、驚いて手を引いてしまった。
「え?」
かつんと床に転がったのは、大きな胡桃。
不思議に思って視線をあげると、青年が何故か血相を変えて固まっている。
その向こうで、携帯灰皿に煙草を押し当てた男が、ちらりと私に一瞥をくれた。
「どうする?」
「どういうこと?」
「カボチャの馬車は諦めるなら、さっさと逃げるよ。厄介な相手が宣戦布告だ」
「厄介って、この胡桃?」
「ざ、残念だが、レディ。今回の邂逅はなかったことにしてくれ。失礼させていただく」
「あ、」
あっと思う間もなく鎧をがしゃがしゃ云わせながら青年が出ていって、薪割りをしていたそっくりな少年が顔を出す。
「お姉さん、決まったの?」
「逃げることにしたんだね」
「え?」
「頑張ってね」
「頑張ってね」
「「首を刈られないようにさ」」