糸
「住人になりたいと望メバ、自らこんな風に手渡シマス。眠り男は、それを集めてイマス」
道化師の言葉は、あの人の姿と重なって、すとんと心に落ちたけれど、別れ際のあの顔が消えない。
「だったら、どうして」
「自分の望みのために名前を集めてるのは事実だからねぇ。夜の男は融通が効かないもん」
『聞かれなければ、答えられないよ』
絡まっていた糸がするすると解けて、私の瞳からひとつ涙が転がり落ちた。
「お迎えデスネ」
「何が聞きたいの、お嬢さん」
素っ気なく落ちてきた言葉に瞬いて顔を上げると、黒いハットが僅かに揺れる。
「どうして名前を集めてるの?」
「眠りすぎるから。自分だけで生活するエネルギーを補充できないから、余分なエネルギーを集めている」
「名前は、余分?」
「新しい名付け親ができれば、名前が重なる。古い名前を捨てずに、名付けはできないから、捨てる側には余分なものには違いない」
たんたんとした言葉は、雄弁より余程嘘ではないと解るから、私は男の服の裾を掴んで俯いた。
「ごめんなさい」
「謝る意味が解らないよ。掴むものを見つけたなら、キミはただ選べば良い」
私は心の中に言葉を零す。
ぐるぐると回る言葉は中々動きを止めないけれど、男は答えをせかしはしなかった。