林檎
「僕。泣いてた理由解っちゃった。だって、従兄弟の時計持ってるんだもん」
ビスキュイを口に運ぶ事を止めないまま、兎耳の少年は私を振り向いてにこりと笑う。
慌てて時計モドキを隠そうとすれば、道化師が肩を竦めた。
「ナルホド。あの関係デシタカ。お客様には丁寧ニ。誰に何を吹き込まれまシタカ?」
合わなかった筈の二人の会話がぴたりと噛み合って、なんだかそれだけでほっとしてしまって私の瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「女王様は首をはねる。君の頭を空っぽにして、記憶を胡桃に閉じ込める。でも君が知りたいのは、夜の男の方だよねぇ」
「何を根拠ニ?」
「女王様に由来するなら、恐怖。哀しみに由来するなら、それは培われた時間に他ならないもん」
「それも道理デスネ」
ふむと納得したように頷いて、道化師はどこからか真っ赤な丸い林檎を取り出して私の前に差し出した。
「女王が胡桃ナラバ、眠りを奪わレタ愚かな男は、これを集めているのデスヨ」
「りん、ご?」
「心臓、魂。なんて呼んでも良いけど、簡単に云えば名前かなぁ。名前を失うと、存在が真っさらになるんだよねぇ」
兎耳に触れて、少年は小さく口を尖らせる。
「夜の男は無造作に名前を奪うようなロクデナシ、と思ってるのかな?」
「少なくトモ、女王と比べるべくもナク、眠り男はお客様には丁寧デスヨ」
何も云えない私の手に林檎をのせて、道化師がその瞳を指差した。
「望まないモノヲ、眠り男は奪いまセンヨ」