花嫁衣裳
私は走った。
枝が腕や顔を引っ掻いても、葉が眼前を遮っても、走り続けた。
立ち止まればもう、動けなくなることは必須だと知っていたからだ。
けれど、蔦が私の足を引っ掛けて、地面に膝をつかせたせいで、私の足は止まってしまった。
ひざ小僧の痛みが、今更引っ掻き傷の痛みも一緒に連れてきて、私はもう我慢できずに泣き出してしまう。
私はいつの間にか、あの男を心から信用していた。
「カメかと思ったら女の子だねぇ。何で泣いてるの?」
「哀しいからデショ」
唐突に落ちてきた声に顔を上げる前に、ひょいと身体が宙に浮く。
「っ」
目の前には道化師の顔。
横から覗き込む兎耳の生えた少年がにこりと笑って私を見つめた。
「可愛いから、泣いてると勿体ないよ」
「ちっとも、慰めになってまセンヨ」
「花嫁衣装がくすんじゃうし」
「白い服が全て花嫁衣装だと思っタラ、大間違いデスヨ、貴方」
「お茶と美味しいお菓子でも食べて元気だしてね」
ちっとも噛み合わない会話に呆然としていると、唐突に眼前にティーカップとビスキュイが差し出されて、何かを答える前に、どさりと椅子に落とされた。
そこには大きな机があって、溢れんばかりに並べられたティーカップの群れが出迎える。
「その兎は、あまり賛同できることは云いまセンガ、お腹が空くと、哀しいのは賛成デス。ヨウコソ、お茶会ヘ」
茶目っ気たっぷりに頭を下げた道化師の向かいで、少年は既に席についてビスキュイと紅茶に手を伸ばしていた。