カボチャの馬車
頭の当たりそうな扉を潜ると、家の中は意外と広くて、男は迷いなく進んで、坐り心地の良さそうなソファーを示した。
「座って、お嬢さん」
向かいあったソファーの横に鎮座する暖炉に薪を投げ入れて、振り返った男はハットのつばを押し上げる。
「ようこそ、異世界へ」
「異世界?」
突拍子のない単語に眉を顰めると、男の長い指がぱちりと音をたてた。
「そうだよ、異世界というわけだ。足を踏み込んだのは、お嬢さんだよ」
「待ってよ。一体、」
目覚める前、大切なものを追いかけていたはずだ。
ずきんとした頭の痛みはそれ以上の記憶を再現しない。
「なんなの、どういう」
「お嬢さんの今後の選択肢はふたつ。簡単だよ」
軽く肩を竦めて、男は二本の指をたてた。
「ひとつ、この手をとって、全てから逃げて帰り道へ向かう。ひとつ、出会う誰かの手をとって、この世界で暮らす」
「全然意味が解らないわ」
不意に耳に届いたのは嘶き。
面倒臭そうに視線を向けて、男は窓を指し示した。
「それならその目で確かめると良いよ、お嬢さん。あれが君が手をとるかもしれない誰かのひとつさ」
「なによ、あれ」
縋った窓の向こうに見えたのは、立派な二頭の白馬が引く不恰好なカボチャの馬車から下りて来る、鎧を着込んだ青年だった。