ナイフ
「良くもまあ、出てこいなどと言えたものだの、小娘」
地面から立ち上がれずにいる私を見下ろす女王の言葉はまるで重さがあるように、私の身体にのしかかる。
逃げないといけないと解っているのに、身体はちっとも動かなくて、私はただ目を反らせずにいた。
「ご機嫌麗しいね、女王陛下」
不意に視界を遮るように私と女王の間に男が立つ。
「貴様が視界に入るなぞ、ちぃとも麗しゅうないわ。除け」
「残念ながら。はい、そうですかとは云い難いよ」
「ほんに、忌ま忌ましい。最悪の組み合わせよ。さっさと消えれば良いものを」
重さを感じさせずに鎖鎌を持ち上げて、女王は指すような視線を男に向けた。
視界から女王が外れて、私はようやく身体が動くのを感じて、こっそりと身を起こす。
「それなら見逃して欲しいね」
「愚かな問いだと解らぬ貴様でもあるまいに」
「そう、愚問だね。お嬢さん、下がっていて」
男の後ろに隠れるように立ち上がると、目を細めた女王が呆れたように息を零した。
「この男が、善意だけでお前を守っていると信じているのかえ、小娘」
「なにを」
「この男の方が、余程鋭いナイフを持っておるにの」
「嘘よ。ねぇ?」
振り向いた男は何も云わない。
立っていた場所が崩れ落ちるような感覚に、私は思わず駆け出していた。