蛙
頬を落ちる涙が風に触れて冷たくて、私はふっと目を開けた。
隣から聞こえる穏やかな吐息に目を向ければ、男が肩を貸してくれていたらしい。
起こさないようにそっと身を起こして、私はごしごしと頬を擦った。
「あのう」
「!?」
「あ、驚かせてすみません。ボクここです」
不意に届いた小さな声に慌てて辺りを見回すと、石の上にちょこんと乗った小さなトカゲがひろひろと長い尾を振る。
「始めまして。ええと、お客さんですよね?」
「そう、だと思うわ」
あの時計モドキを持ち上げると、針は規則正しくまっすぐで少しも踊ってはいなかった。
けれどトカゲは大きな目をくるりと動かして石の上で飛び跳ねる。
「やっぱりそうですね。こんにちは、お客さん」
「あなたは、私を招くものではないの? 針が動かないわ」
「残念ながら。ボクはまだ正式な住人ではないんです。魔法が解けるまでは」
「魔法?」
眉を顰めると、トカゲはまたひろひろと尾を振った。
「そうです。本当はボク、蛙の王子なんです。煙突くぐりをするために、この姿を貸してもらいました。煙突くぐりをしたら、ボクは住人になれるんです」
「煙突くぐりって?」
「いつかくるお客さんが、家に嵌まって出られなくなった時、ボクが煙突をくぐって助けるんです」
事もなげに云って、トカゲはまた楽しそうに飛び跳ねる。
「もし、お客さんが家に嵌まったら、ボクを呼んでくださいね。それじゃあ」
緑の鱗のトカゲは、するりと石の上を滑って草の中に姿を消した。