嵐
一瞬だけあった間に息を止めると、酷く穏やかで、けれど呆れたような吐息が耳のそばに落ちる。
「まったく。我が儘だね、お嬢さん」
唐突に羽根がはえたのかと思うくらい、あっさりと浮いた身体に驚いて目を開けると、細い男の何処にそんな力があったのか疑うくらい簡単に、身体は肩に担がれていた。
「きゃっ」
「口閉じないと舌噛むよ」
私を担いだまま、男が走り出す。
気づいた女が何か叫んだようだったけれど、あっという間に見えなくなった。
狭い路地も、塀も、建物も、まるで男のために道を開いているように錯覚するほど軽やかに、男は町を走り抜ける。
男が足を止めたのは、町を抜けて森にはいってからだった。
久しぶりに足が地につくと、よろけそうになって慌てて木の幹に手をつく。
運ばれた私より、運んだ男の方がけろりとした顔をしているのは何だか納得がいかないが、それでもあの場所を離れたせいか、嫌な気持ち悪さはなりをひそめていた。
「あの、ありがとう」
「逃げるのを手伝うのが役目だから。帰り道を探す気になった?」
「それは、」
即答できずに言葉を濁すと、男は呆れたようにため息をつく。
「決めるのはキミだから良いけど。そろそろ嵐を覚悟してよね」
「え? 嵐?」
「まだお嬢さんが会っていない連中は、癖のあるものばかりってこと」
小さく欠伸を零した男は幹の根元に座り込む。
「どうし」
「少しは休まないとね。幸い嵐の前の静けさはもう少し持ちそうだ」
つられて時計モドキを覗き込むと、針は踊ってはいなかった。
私もどっと疲れを感じて、男の横に座り込んだ。




