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塔
「娘さん、娘さん」
水から上がるように、すうと持ち上がった意識に視界が色を取り戻す。
けれど、それはあの大きな邸宅のある景色ではなかった。
それは、巨大な何かが通りすぎたあとの町だったものの姿。
荒廃した瓦礫の連なりが曾て町だったことを示すのは、なぜか見覚えのある崩れた石畳だった。
すっかり埃に塗れ、色を無くしても、その石畳は確かに、あの石畳だった。
「どうして」
思わず泣きそうになって、私は誰もいないことに気づく。
この町だった場所にも誰もいない。
闇の中には小人がいたのに。
はっとして、ずっと握りしめていた時計のようなものを見ると、針がゆらゆらと踊っていた。
「誰か、いるの?」
誰の手でも取ってしまいたい気分だった。
此処ではない場所に行けるなら。
「娘さん、娘さん」
微かに聞こえた声に反射的に顔をあげて辺りを見回すけれど、人影は何処にもない。
「誰? 何処にいるの?」
「塔の所に」
顔を左に向けたとき、砂塵の影に大きく聳える何かが見えて、私は立ち上がって走り出した。
その微かな声は、荒廃した町の中でも、優しくて穏やかだった。