森の中の小さなお家
目が覚めたとき、私は木々の覆い繁る鬱蒼とした森の中にいて、どうしてここにいるのか思いだそうとすると、不意に涼しげな声が思考を遮った。
「お目醒めのようだね、お嬢さん」
目を向ければ、幹に背中を預けて座る男の人が、目深に被ったハットの下から視線を投げる。
黒いハットに黒い礼服。
ネクタイまで揃いの黒で、男は咥えた煙草をベルトから提げた懐中時計のような携帯灰皿で揉み消すと、無造作に立ち上がった。
「あの、貴方」
「始めまして、お嬢さん。あんまり悠長に喋っている時間はないから、起きたならさっさと立ちあがって。歩きながら話そう」
差し出された手に反射的に掴まると、細身の身体の何処にそんな力があったのかと思うくらいの勢いで引き上げられて、慌てて地面に足をつく。
「走れとは云わないから、せめて速歩きくらいはしてくれるかな?」
「あ、あの」
「今は進むを先にして。あとからいくらでも質問に答えるから」
右手を掴んだまま歩きだした男に引きずられるように、お気に入りの真っ白なワンピースをぱたぱたと掃って、森の中を進むと、やがて木立の向こうに、ロッジのような家が見えた。
「わぁ、久しぶりだね」
「可愛いお嬢さんを連れてるね」
森の中の小さな家の前で薪を割っていたのは、幼い二人の少年で、そっくりの彼らは、親しげな様子で男を見上げてにこりと笑う。
「少し、暖炉の前を借りても良いかな」
「うん、いいよ」
「薪もたっぷりあるよ」
頷いた少年達に肩を竦めて、男は私をその小さなお家の中へ促した。