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ただ、大部分を占めていたのは、実は郁也の言動だった。異性も同性も関係なく、あらゆる垣根を簡単に飛び越えて見せる郁也の言動は、ぼくに少なからず疑心暗鬼を抱かせた。
つまり、郁也も琴美を好きなんじゃないか、と。
ファミレスで郁也の相談を受けた後、ぼくが続けてその話題を出し、ぼくの疑心暗鬼を聞かせると、郁也は口にしていたお冷を盛大に噴き出して笑った。
確かに、なくはないけどな。
そう言った郁也が、決して全否定しなかったことに、ぼくはむしろ安心を感じてしまった。郁也はぼくに嘘をつくつもりはないのだ。それどころか、想いを打ち明けたぼくに対して、敬意を払ってくれてさえいる。彼の口調から、ぼくはそんな様子を感じた。
しかし、なんだな、お前らは。
続けて郁也はぼくに笑いながら言った。
付き合ったら上手く行くと思うぜ。案外、似た者同士な気がしてきた。
郁也は、にやり、と笑って見せた。そしてぼくと琴美が二人きりになるタイミングを用意する、と約束してくれたのだった。
それが、今日、この瞬間なのだった。
しかし、郁也はぼくに、事前に連絡をしてきたわけではない。
事後報告なのだ。
『まあ、がんばれ』
それが最後に郁也から送られてきた、受信ボックスの一番上、最新の受信メールの内容だった。
郁也は郁也の都合で、このタイミングを作って寄越したのだ。
ああいう形で約束をしたのだ。普通、もっと計画的にやるだろう。ぼくの憤りはその一点だけだった。ドタキャンだろうがなんだろうが、琴美と二人きりになれるなら、ぼくにとってはその方がいいに決まっている。ぼくは郁也とは違って、好きな女性とはできる限り二人きりで会いたい。
「好きな男、いるか?」
冷製パスタをかき混ぜていた琴美の手が止まる。
正直、郁也の唐突なやり方には、物申したい。が、確かにぼくに機会を与えてくれたことには変わりない。ぼくはこの店に向かう途中から、そう思うようになった。まあ、がんばれ。その言葉通り、ここからはぼく自身ががんばるところだ。
スプーンとフォークの先に向けられていた琴美の視線が、ゆっくりと上がり、ぼくをまっすぐ見た。
「いるな」
衝撃的な言葉。
ぼくの体温がさー、っと音を立てて引いて行った。冷房が強すぎるわけではない。
「わたしもいい歳だ。それはもちろんいる」
「そ、そうだよな。そうだ。おれたちもそれなりな歳だもんな」
「それがどうかしたのか?」
「いや……」
どうかしたもなにもない。
ここからはぼく自身ががんばるところのはずだったのに、どうやら土俵にも上がれずに終わったらしい。
「そういう話なら、わたしからも訊かせてもらおうか」
「……なにを?」
「湊。お前、好きな女はいるか?」
なに?
「え?」
「だから好きな女だ、女。女子。異性。そういうものが、お前にはいるか?」
なんだ、これは。
こんな話の流れは、予想していなかった。
今日、このタイミングを迎えるまで、何度となくシミュレーションして来た会話の流れ。いつか郁也がこのタイミングを作ってくれる話になった時、どんな風に話をしようか、そのことを繰り返し考えて来た。それが、まったく役に立たない。まさか琴美が、ぼくにそんな質問をしてくるなんて、思いもしなかった。
なんと答えればいい?
この質問に、ぼくはなんと答えればいい?
ぼくは琴美の顔を見る。ぼくを見つめる彼女の瞳を、見る。
これまで何度となく話をして来た。言葉を交わして来た。その中で、一度も見たことがないほど、彼女の表情は硬い。
「いるのか? いないのか?」
「い、いや……」
「わたしも唐突過ぎて言葉が選べん。だがせっかく得た機会だ。この場ではっきり聞かせろ」
……え?