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 彼女と二人きりでいることを、妙に恥ずかしがるのだ。

 そこでぼくはスマホを操作し、先ほどのメールのひとつ前に送られてきた郁也の言葉を画面に表示させた。


『まだ二人っきりで食事はちょっとな……頼むよ!』


 これだ。

 琴美のお怒りは、ごもっともだ。

 好きで付き合ったのだから、二人きりでいた方がいいだろう、とぼくは思う。だからこちらも気を使って、なるべく二人きりにしてやろうと行動する。なのに、郁也は何かにつけてぼくや琴美を呼び出すのだ。彼女の方にも友達を呼んでもらい、七、八人で遊びに出かけたり、食事に行ったりすることもあったまるでそうしないと二人でいられないかのように、頼む、来てくれ、とメッセージを送ってくるのだ。おかげで郁也が付き合い始めた七月からも、ぼくは大いに振り回されていた。


「まったく意味が分からんな、あの男は。いい加減、振り回されるわたしもわたしだが」


 怒りのボルテージが峠を越えたのか、琴美は自分自身に非を探し始めた。実に彼女らしい。琴美は言葉使いも、その内容も、立ち居振る舞いも、本当の男よりも男らしい。ただ、どんなに相手を罵っても、必ず自分にも間違いがあったのではないか、と考える女性だ。


「まあ……郁也はいつもこんなもんだろ」


「甘やかし過ぎだ。はっきり言ってやらねばならん時もある。それが友達と言うものだ。そうだろう?」


 こういうところも、実に彼女らしい。


「にしても……どーするよ。昼、食べてないだろ?」


「当然だ。わたしは『昼を一緒に食べてくれないか』と頼まれて来たんだからな」


 どうやらまだ、完璧に峠越えしたわけではないらしい。またスマホの画面をいじりながら語尾を強めた琴美と、同じレベルでの憤りをぼくも感じてはいるが、とりあえず脇に置いておくことはできる。


「なんか、食うか」


「なら『トッティ』だな。そこ以外にない」


 即決である。こういうところでいちいち悩まないのも、琴美らしい。まあ確かにその店は、ぼくたち三人の行きつけではあったが。

『トッティ』はイタリア料理を出す喫茶店だ。パスタから本格的なピザや肉、魚料理、デザートまで、豊富なメニューがそろっている。これで『喫茶店』と言い張るサッカー好きのマスターの心情がよくわからなかったが、値段がリーズナブルで、学生でも財布に気兼ねすることなく通えるので、ぼくと琴美と郁也は、ほぼ毎日、三人でこの店を利用していた。常連になりすぎて、マスターと仲良くなり、忙しい時には店の手伝いをさせられるほどだ。

 そんな行きつけの店だ。ぼくももちろん異論はない。ぼくたちはすぐにその店へ向かうことにした。

 駅のコンコースを出ると、強烈な日差しがぼくの目を焼いた。八月。真夏の太陽の、眩暈がするほどの耀きと熱量は、まるでそういう兵器なのではないかと思うほどの威力がある。


「まずいな、これは。死人が出るぞ。確実に。次はわたしかもしれない」


 などと不穏なことをつぶやく琴美と他愛ない会話を交わしつつ、駅から五分ほど歩いた裏路地に店を構える『トッティ』の入り口をくぐった。

 突然全身を、見えない幕で覆われたような感覚。冷房が作り出した快適空間は、残忍な兵器の猛攻をくぐり抜けてきたぼくたちにとって、まさに天国のようだった。


「あれ、今日は二人なの?」


 狭いカウンターの奥で、四十代独身の髭面マスターが、ぽっちゃりとした身体を窮屈そうに動かしながら、人懐こさを感じる笑みと共に訊いてきた。ちなみに『ぽっちゃり』はマスター本人が自分に使っている形容詞で、客観的に見ると、明らかにその枠は超えている。

 ぼくたちはそんなマスターに笑いかけ、お任せでランチを注文した。郁也のことは、暑いから家で意識を失っているかもしれない、と流しておく。


「本当に、意識でも失ってくれていた方がまだよかったな」


 木製の梁と柱、それに白い漆喰の壁からなる店内には、ぼくたち以外に客の姿はなかった。珍しい、とは思ったが、すでに時間は十五時近い。食事で来るには遅いし、お茶飲みで来店するには少し早いのだろう。それを確認したぼくたちは、セルフサービスのフリードリンクコーナーから、勝手にグラスを拝借し、勝手に水を注いで、これまた勝手に席を決めて座り、料理が出て来るのを待った。

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