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「あのヤロウ、どういうつもりだ?」
スマートフォンに目を落としながら、彼女は口汚く罵っている。
ブルージーンズに白いブラウスという出で立ちは、栗色に染めたショートの髪を無造作に散らした髪型や切れ長な眼の印象と一緒になって、一見すると端正な顔立ちの男に見えなくもない。しかし、胸の膨らみや、腰の細さは紛れもなく、いや紛れるどころかあからさまに、女性のそれだ。
「人を誘っておいて、なんだこのメールは? ええ? そうは思わんか?」
そう、ぼくに向かって話を振ってくる彼女はしかし、そういう女性的な部分に目を向けられることなど、まるで頓着がないかのようだ。待ち合わせ予定だったJR立川駅の改札前、肩幅に開いた両脚の、右脚に重心を乗せて立ち、腹立たしさをスマホの画面に叩き付けている。
ぼくは彼女への返答に迷い、苦笑いを浮かべて一度視線を外し、周囲を見た。
ぼくらが毎日乗り降りしているこの駅は、この地域では主要な乗換駅である。そのため駅舎も大きく、コンコースも広い。駅の北と南を繋ぐ通路の意味合いもあり、コンコースはどんな時間でも人で溢れかえっている。例えばいま、平日の昼下がりであったとしても、それは変わることがない。
ぼくは耳の後ろを伝って流れた汗をそっと拭った。人いきれの中を南口方向から北口方向へ、真夏の風が吹き抜けて行った。
ぼくと彼女……村川琴美が今日、ここにいるのは、偶然ではない。ある男に呼び出されたのだ。真夏の平日の真昼間、ふらふらしていられるのは、夏休みが二カ月も三カ月もある日本の大学生の特権だ。
ぼくも自分のスマートフォンを取り出した。リンゴのマークが背中に付いた機器を操作し、メール画面を起動する。
受信メールの項目を開くと、あの男の名前が一番目から三番目まで並んでいる。
似鳥郁也。
どこぞの有名家具屋を二つ合わせたみたいな名前をした男の、上から二番目のメールを選択し、開いてみる。それはいま、琴美が見ているメールと同じものであり、ぼくも改めて目を通し、暑い空気を吸い込んで、肩を大きく落としながらその息を吐き出した。
お怒りは、ごもっともだ。
そのメールには、こうあったのだ。
『やっぱ大丈夫だわ。そっちで食べてていいよ』
つまり、こういうことなのだ。
郁也とぼく、それに琴美は、いつも三人で行動していた。これは特別何か変わった理由があったわけではない。たまたま履修した大学の講義がほぼ同じであり、自然とそうなったのだった。
それが大学一年のことだ。そして大学二年になった今年も、ぼくたち三人は相変わらず同じように行動していた。
ただ、それが少し変わったのは、夏休みに入る前だった。
郁也に彼女ができた。
元々、郁也はモテた。細身の長身で、容姿もアイドルみたいにきれいな顔をしている。言葉は巧みな方ではないが、決して口下手なわけではない。同性に対しても、異性に対しても、垣根なく接することができるのだ。だから、交際相手がいつできても、不思議ではなかった。
意外だったのは、それが告白をされたのではなく、郁也から行った結果だったことだ。
郁也という男は、少し付き合っただけでは、本質が分かり辛い。いつもぼーっとしている印象が強く、実際のところは何を考えているのかが読み辛い。
今回の件にしてもそうだ。五月の連休が終わった頃、急にぼくに相談をしてきた。相手は同じ学部の同級生。知らない顔ではなかったが、それほど交流のある相手でもなかった。少なくとも、ぼくの知る郁也の行動範囲ではそのはずだった。なのに突然、付き合いたい相手がいてな、と切り出してきたのだ。
で、ぼくにも手を貸してくれ、という。自分で言うのもなんだが、基本的にお人よしのぼくは、その言葉に頷いたおかげで五、六月はかなり振り回された。郁也のために、あれこれ奔走してやったのだ。
結果として、ぼくがあの彼女には彼氏がいない事を調べ、彼女がどんな男が好みか、食べ物はどんなものが好きか、などなど、さまざまなリサーチをしてやったのだった。
そうしたぼくの活動の甲斐もあり、郁也は例の彼女と付き合うようになった。しかし、ここでも郁也の分かり辛さが露呈する。