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「Hast du Lust mitzukommen?」


 一緒に来る気あんのか?



 彼がドイツ語で囁いた言葉に洋一は何故か一瞬詰まった。

 ガイルに誘われて来た時点で決まっていたはずだった。同じ事を問われたのに何故だか彼への返答は困った。ドイツ語だから分からない訳じゃない。洋一はネイティブの発音とは言わなくともドイツ語をドイツ人と普通に会話出来る程度には分かっているつもりだった。北部訛りも理解していた。

 でも、彼への回答は言葉に詰まった。

『……ありますよ、多分』

 口を付いて出た言葉は日本語だった。

「日本語は分からねぇよ」

 彼は英語で返答する。。

『日本語喋れるんですか?』

「何となく分かるが、細かいところは知らない。流暢に英語喋れるんだったら英語で言ってくれ」

 彼は洋一の日本語での問いに正確に英語で答える。何故だか彼は日本語をちゃんと理解している気がした。

 ドイツ人と日本人の気質は似ていると思う。どちらも真面目で勤勉な人が多く、ビジネスパートナーとしては付き合いやすい人が多いとも聞く。

 彼はやる気なさそうにしていたが、本当に面倒くさがりの人間がこんな所にはいないような気がした。工房は散らかっているように見えたが、良く見れば一つの作業に必要なものは同じ空間にまとめてあり、彼自身が作業しやすいように置いてあるのだろうと推測出来た。だから、この工房が汚いようには見えなかったのだ。

「僕は僕の為にここに来たんですよ。仲間になった以上、やるべき事はしますよ」

「なら別に何も言うことはない。俺は俺の事情でここにいる、お前はお前の事情でここにいる。利害が一致した上で仲間になったなら、俺からどうこうすることはない」

 それは敵になれば容赦はしないと言う警告の言葉に聞こえた。

 ガイルが小馬鹿にしたように笑う。

「偉そうにいいやがって。力もねぇくせによ」

「Halt die Klappe. てめぇが後先考えず色んなモン拾ってくるから面倒な事になるんじゃねぇか。一度二度通信部の眼鏡の嬢ちゃんに謝っとけよ」

「言われるまでもなくリズには詫びてるっての。……つか、そもそもヨーイチに関してはお前が頼まれたんだろうが」

「拾ったのはてめぇだろうが。俺はわざわざ拾いに行ってやるほどお人好しでもねぇよ」

「俺にあんなことを言っておいて良く言うぜ。コイツを助けたかったんだろうが」

「違うな。俺は俺が必要なら付き合ってやってもいい、そう思っただけだ」

「結局同じ事だろ」

「勝手に言ってろよ」

 舌打ちをして、ウォールナットは引き出しからバタフライナイフを取り出し、そのまま洋一に向かって投げた。

 いつか無くしたと思っていたナイフ。

 日本から持ってきて愛用していたものだ。無くして少しだけ落ち込んだが、無くなったのは仕方ないとさえ思った。それでも、脳の片隅にあった存在。

「………何で貴方が預かっていたんですか?」

「イレーザーとしては、俺が一番安全だと思ったんだろ? お前が必要なら俺を頼ればいいと思っていた。あとは自分で考えろよ。俺が出す答えじゃねぇし、人から貰った答えなんか何の意味もない」

 一瞬考えて洋一は苦笑する。

 必要なら頼っていい人だとサーは言った。

 そして彼はウォールナットを名乗っている。洋一の思っている通りならば、洋一がこうしてここまで来ることはあらかじめ仕組まれていた事だと思う。どうなるのか少なくともサーには分かっていたのだ。

「馬鹿だなぁ、あの人。そんな風に想っていてくれたのなら、ちゃんと跡を継いで終わりにしてあげてもよかったのに」

 そしてウォールナットの言葉の意味も分かる。

 何故自分が組織に入るのを反対しているのか。謎かけのような物言いは性分なのだろう。そもそも、人から出された答えに意味が無いというのは同感だ。

「でも、もう、僕は選んだ。だから、僕にはウォールナットさんは必要ないです」

 それは恐らくサーが望んだこととは真逆な事。けれど、自分自身で選んだ事だ。

 ガイルが少し驚いたようにする。

「…………お前、今のだけで分かったのか?」

「僕の想像通りなら、ですけど」

 ちらりとウォールナットを見ると彼は舌打ちをした。

「だからこういう聡いのは嫌いなんだよ。どっかの考え無しよりはマシだけどな」

「……それ、俺のこと言ってんのかよ?」

「あーあー、自覚がある分お前は随分とマシだな。少しだけ評価上げてやる。良かったな」

「……っち、犯すぞ」

「はっ、やんならやれよ」

 凄みを利かせたガイルをウォールナットは軽くあしらうように手を振る。

 本気で啀み合っているというよりはウォールナットがガイルをからかって反応を楽しんでいるように見える。ガイルもそれを分かっているのだろうが、反応せずにはいられないという風に見えた。

 その様子を見て洋一は笑う。

「仲がいいんですね」

 洋一の言葉にほぼ同時に返事が戻る。

「よくねぇよ」

「どこがだよ」

 ウォールナットが嫌そうに舌打ちをした。

 二人は否定したが、おそらく仲が良いのだろうと思う。少なくともガイルは洋一をレイア達に引き合わせた後、すぐにこの工房へと案内をした。バタフライナイフを取りに来ただけだと彼は言うだろうが、ガイルはレイアやロハよりも彼に最も気を許しているように見えた。

 実際その洋一の見立ては間違いではなかった。後々分かってくることになるが、ガイルは何かあるたびにウォールナットの元を訪れている。何かしらの武器の調整や銃弾を作って欲しいと最もらしい理由を作って来ているが、実際は何か決めかねている事がある時に答えを出すためにここに来ているのだろうと思う。少なくとも洋一にはそう見えた。

 ‘理性’と呼ばれた人。

 その人が頼りにするウォールナットは、組織で修復以外特に何をすることもないという。作戦に口を出すことも、積極的に関わることも。それなのに、この人が抜けたら、この組織は成り立たない気がした。

(……面白いな)

 この人も、ここの組織の人たちも。

『雨宿りには丁度いいかもしれないなぁ』

 日本語で漏らすとガイルは不思議そうにしたが、ウォールナットは黙って洋一を見つめた。

 本当にそれでいいのか。

 そう問うように。

『僕は僕で決めてここにいる。僕が本当に行きたい場所が見つかるまでは』

 日本語が理解出来たのか出来ていないのか、ウォールナットは少しだけ口元を緩めて笑ったように見えた。

 洋一の願望からそう見えたからかもしれないけれど。

「ウォールナットさんは修復や武器の調整とかしてくれるんですよね?」

「そのためのここだからな」

「じゃあ、今度来てもいいですか? お願いしたいことが出来るかも知れません」

「依頼を受けるか受けないかは気分次第だ。俺が嫌な事は死んでもやらねぇよ」

 それでもいいなら、来いよ。

 暗にそう言われている気がして洋一は微笑む。


 この出会いが洋一の人生にとって重要なものと気づくのはもう少し後のことだった。

 そしてこの出会いが「バタフライ」という伝説を彩ることになることは、まだ誰も気付いていない事だった。


                                    終




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