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「状況は?」
現場を伺える位置に辿り着き問いかけると青年は振り向きもせずに答えた。黒のスーツを着込んだ彼の手にはライフルが握られており、耳には無線のイヤホンが装着されていた。
「仕掛けられた爆弾が爆発。観光客を含む27人が重軽傷。今のところ死者の報告はありませんが、投げ込まれた手投げ弾とともに武装勢力、推定二十人ほどが入り込みました。現在32名の人質と共に立てこもってます」
寳崎は口の端を吊り上げて笑った。
「手際がいいですね」
「全くそのとおりですね。やっぱり間諜は林田さんかな」
「憶測で口にしてはいけませんよ」
「はぁ、すみません」
言ったものの青年は悪びれた様子はない。ライフルを構えたまま図書館の方を見ていた。
本来この時間寳崎はあの図書館にいる予定だった。スケジュール表にもそう記入されており、急な予定変更を知らない殆どの者が寳崎も人質に取られたと思いこんでいるだろう。
無論それは寳崎に取っては好都合だ。
味方に動きを知られなければ味方に潜んでいるスパイに状況を知られることもない。大きく動くことは出来ないが、小回りを生かした仕事こそ、本来の寳崎の得意分野だった。
「で、洋一くんはどうです?」
「彼らの仲間ではないようです。ただ、私より早く異変に気付きましたね」
「へぇ、すごいや。ぜひともウチにスカウトしたいところですね」
寳崎は苦笑する。
「やめておきなさい、彼は私たち程度で制御出来る人間じゃない」
「そんなに凄いんですか? 可愛い子に見えたけどなぁ」
彼の言う可愛いは、従順な事を示しているだろう。確かに久住洋一という少年は従順そうに見える。実際彼が協力してもいいと言い、こちらが雇い主になったのならどんな理不尽な命令でもこなすだろうと思う。必要ならば腕一本くらい自分で切り落として渡してくるだろう。そんな印象を覚える少年だった。
ただ、それは雇い主側が求める絶対的な主従関係とは違う。
「あの子は常に向かい合う人を試しているんですよ」
「試す?」
「相手の行動や言葉を冷静に見ているんです。答えが気に入ったら手伝ってあげてもいいかな、程度に思っているんです」
「それだけで自分の命も危険に晒す、と?」
「そうです。だから人を殺しに行っても雇い主よりも相手を気に入ったら平気で裏切る子ですよ。本人は裏切ったつもりは全くないでしょうが」
「はぁ、良くも悪くも純粋って訳ですか。怖いですねぇ」
久住洋一から‘匂い’を最初に感じたのはこの男だった。大使館に預けられた少年を見て誰もが同情し、疑いもしなかった。けれど彼は自分と同じ独特の匂いを感じるのだと言った。
人殺しの匂い。
しかも、冷静に人を殺せる人間だと彼は言ったのだ。
そんなことは信じたくなかった。
ただ、経験上彼のそう言った勘が良く当たることを知っている。生やさしい人生を生きてきた訳ではない彼は幼い頃からそう言ったことに聡かった。
「ってか、遺伝ですかね」
彼はあまり緊張感のない笑みを浮かべる。
「寳崎家は代々脳に欠陥があるのかもしれませんねぇ。一度あの子と一緒に精密検査してみないといけないかなぁ」
「憲悟」
「あ、すみません。集中しないと」
言って彼はライフルのスコープを覗く。
「動きはまだありませんね。要求を出してくれればこちらもやりようもあるんだけどね」
「今頃‘私’を探している事でしょう。逃がしたのではないかと尾崎さんが殺されていないといいんですが」
「大丈夫でしょう? 彼らが俺の想像通りの人たちなら尾崎さんはむしろ味方に引き込みたい人です。邪魔な悪役は寳崎統悟です」
「まったく、因果なものですね。人を助けるために人を犠牲にして人から恨まれる。間違ったことはしてこなかったつもりですが」
「正しいこともしてこなかったんでしょう?」
「全ての方向から見て正しいことがない以上、全ての方向から見て間違っている事はあり得ないですからね」
「はは、上手いこと言うなぁ」
「洋一君の言葉ですよ」
へぇ、と憲悟は笑う。
「面白いなぁ、あの子」
「そうですね」
「それで、どうします? 人質助けに行きますか?」
寳崎は首を振った。
「いいえ、人質の救出は交渉班に任せましょう。我々は狙撃班と合流し犯人の逃走経路を潰します。優先事項は尾崎さんの安全確保です。作戦に支障をきたす場合は全ての作戦を放棄し彼を守ること。そのために必要であれば私を狙う者への対応は不要です」
「了解」
「次いで各国要人客人大使館員の安全確保、犯人を捕まえる事が不可能でしたら射殺しても構いませが、なるべく捕獲を考えて下さい。林田に関しての行動は不要。恐らく既に逃走を図っていることでしょう。万一大使館敷地内で発見した場合貴方の判断に任せます」
彼はにこりと笑って寳崎を見つめた。
「O.K. Daddy」
2日米国にて日本人大使館を狙ったテロ事件が発生。市民も含む42名以上が死亡、100名以上が負傷した。主犯格は‘黄金の翼’と名乗り現在も逃亡中。犯行グループは同日14時頃手投げ弾を投げ込み警備員などを殺害して突入。図書室に立てこもり人質(推定)30名と共に72時間に及ぶ籠城を続けた。米国軍の協力の元、人質解放の為警備隊が突入。犠牲を払ったものおの人質のほぼ全員の救出に成功した。人質解放を求め交渉中だった寳崎統悟大使館は銃撃され現在意識不明の重体。
同グループは爆発物を仕掛け建物を三棟半壊させている。この爆発により職員のほか保護されていた日本人の少年一人が行方不明。爆発に巻き込まれたと見て現在捜索中である。
(日本人大使館襲撃事件、新聞記事より抜粋)