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「同じ顔」

 ぽつりと呟くと寳崎は目を開いた。

「……?」

「サーと同じ顔するんだね、寳崎さん」

 彼の目の前に振り下ろされたナイフは彼に届かない位置で止まっている。洋一は息を吐き、寳崎から離れ天井を見上げる。

「久住君?」

 洋一は少し視線を泳がせる。

 明確な隙になったはずだが、彼は動かなかった。洋一は外のドアの向こう側の気配を伺ってから少し肩を竦める。

「どうやら、もう一つ選択肢ができたようですよ」

 彼は不思議そうにこちらを見やる。

 洋一は寳崎に対してにこりと笑う。

「寳崎さんを殺したいの、寳崎さんと僕以外に誰かいるようですね。あの人達に殺されるのも選択肢です」

「……私を殺さないのですか?」

「何かどうでもよくなっちゃった」

 洋一はテーブルナイフを袖の中に隠し直す。

 遠くで何か爆発するような音が聞こえる。

「もっと命乞いしてくれれば殺してあげたのに、同じ顔するから」

 死にたくないと足掻くようにしていれば殺していた。命乞いの為に洋一と自分の関係を口にすれば殺すつもりだった。けれど彼はしない。必要ないと言わんばかりにほっとしたような表情を浮かべて死を待っていた。

「マードックも貴方に殺される前、こういう顔をしていたんですね」

 寳崎は自分の顔を触って苦笑する。

「鏡見なくても分かるんですか?」

「自分がどんな気持ちでいるのかくらい知っています」

 サーもまた自分に殺される直前同じ表情を浮かべていた。彼を殺したのは洋一自身の興味もあるが、仕方ない人だと思ったのが正しい。明確に好きと言えるほど興味も好意も持った相手であり、殺しの技術に関して尊敬もしていたが、それ以上にどうしようもない人だと思ったのだ。

 だから彼は殺してあげた。

 けれど、寳崎は殺さない。興味はあるが好意はなかった。そして、敵意もなかったからだ。

「凄いですね、今の言葉だけでちょっと寳崎さんに対する評価上がりましたよ。殺して欲しいって頼まれたら殺してあげても良いですよ」

「私は貴方に死にたいと懇願することはできません」

「そう、なら必要ありませんね」

「……貴方はどうするのですか? 私を殺しに来た殺し屋が私を見逃せばそちらの世界では生きられないでしょう」

「寳崎さんちょっと勘違いしているよ」

 洋一はちらりと笑う。

「僕に依頼人なんかいない。貴方を殺したかったのは、貴方と、僕と、あと、今来た人たちだけ」

 寳崎は意味が分かったのか分からないのかじっと洋一を見ていた。

「新しい道が出来たのなら、僕は思うように進んでみようと思います」

「人殺しの道を歩むのですか?」

「それだけの理由があれば別に人を殺す事躊躇いません。邪魔をするなら今度こそ殺します。嫌なら今ここで殺して下さい。十秒の間なら抵抗しませんよ」

 誰にも評価されないだろうが、ここで洋一を殺せば彼は沢山の人の命を救うことになるだろう。

 彼は少しだけ躊躇っているようだった。

 だが、何かを決めたように懐に手を入れた。

 洋一はくすりと笑って彼に背を向けた。

「……Näkemiin isä」

 意味は分からないだろう。彼はフィンランド語を知らないはずだ。

 けれど戻ってきたのは雑な発音のフィンランド語。

「Hyvaa syntymapaivaa」

 洋一は振り返る。

 寳崎が懐から取り出していたのは拳銃ではなく赤いリボンのかかった小さな包みだった。優しそうに笑った寳崎は立ち上がり、洋一の手にそれを持たせた。

 聞き違いではない。

 誕生日おめでとう、彼は確かにそう言った。

「寳崎家では二十歳の誕生日に父親が万年筆を買って送るんですよ」

「……十九歳だよ」

「知ってます。だから、万年筆を買った訳ではありません。それに、私は貴方の父親ではありません。あなたのちゃんとした父親はマードックだけです」

「息子に殺される父親なんてどうしようもないよ」

「これから悪い道に進むと知っていて何も出来ない親も大概ですけどね」

「とんだ悪党だね、寳崎さん」

 彼の方から何かが震える小さな音が聞こえる。

「本当ですね」

 寳崎は笑って携帯電話を取り出した。

「仕事になりそうですね。洋一君は安全なところに隠れていて下さい」

「Can I give you a hand?」

 ネイティブの発音で問うと彼は小さく笑った。

「いいえ、ありがとうございます」

 寳崎はドアノブを回して外へと出た。その横顔に、洋一に向けた笑みのような優しさはない。

 彼の姿を見送って、洋一は貰ったプレゼントの包みを眺めて溜息を付いた。

「……ホント、サーの言うとおりだ。あの悪党は、とんでもないお人好しだね」

 だから言っただろう、と彼ならむっつりとして答えるだろう。

 だから躊躇っていたのだとは口に出しては言わないけれど、犬猫にそうするように洋一の髪を撫でながら苦笑いを浮かべるのだろう。復讐のために人を殺してきたイレーザーという男もまたお人好しなのかも知れない。

「でも、結局僕は分かんなかったよ」

 自分にしては珍しい執着だと思ったのだ。だから寳崎に会いに来たし、話もしたいと思っていた。けれど、何を思ったのか正直良く分からなかった。嬉しいとは思ったのだろう。殺したいと思った訳でもない。洋一はただ賭をして、寳崎は生き延びる選択をしていった。だから、殺さなかっただけでのことで殺したくないと思った訳でもなかった。

「選べる人って凄いなぁ……」

 洋一は寳崎から受け取った箱を開く。

 少し驚いた。

 古びた万年筆がそこに入っている。

 洋一は寳崎の出て行ったドアを振り返る。

「……万年筆じゃないんじゃなかったの?」



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