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 ユートピアは表向きには貿易会社となっている。元々は軍の払い下げ品を扱うような小さな会社だったが、創始者であり先代社長のラリー・シェインの敏腕振りのおかげでどんどんと業績を伸ばし大きな会社となっていった。

 ラリー・シェインが亡くなり、娘のレイアが継いだ後も業績が悪化することはなく順調に力を伸ばしていった。レイアはまだ若かったが、先代の頃から副社長を務めていたジョージを中心とし、多くの人が先代の恩に報いるためとレイアを支え成り立たせていった。

 本社はアメリカの西海岸に広大な土地を持つ。一つの都市のような造りをしており、そこにいれば殆どのものがまかなえた為、敷地内で家族と共に暮らす社員も珍しくはない。その敷地内の一角に一般社員が滅多に近づかない工房がある。

 主はエリック・コール。殆どの者に通称であるウォールナットと呼ばせている。ウォールナットはクルミ材を意味する単語であり、以前彼が経営していた工房の名前でもあった。

 先代社長ラリーの友人であり、レイアの後見人でもある男の工房だった。

 彼は変わり者として有名であるが、技師としての技術は一流だった。口癖のように「直せないのは人間だけ」と口にするが、それはあながち誇張でもなかった。彼は機材や材料さえあれば見たものを大抵は直してしまえるという器用さを持っていた。記憶能力集中力も並はずれており、その能力を見込んでわざわざ遠くから尋ねて来る者さえ会った。ただ、気分屋であり、気に入らない相手であればどんな立場の人間であっても追い返すような所がある。口汚く罵るのも常であり、よほどの用でもない限り人は近づかない。

 ただ、幹部に近いほど彼の工房に頻繁に訪れていた。

 彼の昔からの知り合いであり、現在レイアの身辺警護を行っているガイルもまた例外ではなかった。

「おい、いるか」

 入り口付近から呼びかけると中から不機嫌そうな声が戻ってくる。

「……何の用だ?」

「上機嫌だな、クルミ」

「用があるなら言え。無いなら出てけ。気が散る」

 単調な英語が帰ってきて、ガイルは苦笑した。

 初対面の人ならまず勘違いをするが、この男はこれで相当機嫌がいい。ガイルは彼の脇にあるテーブルに小型の銃を置いた。

「修復依頼だ」

 機械を組み立てていた男はちらりと見やると作業をする手を止めて銃を手に取った。

 金色の髪に勿忘草色の瞳を持つ若いドイツ人の男だ。表情を殆ど動かさず、くわえたままだった煙草を唇から離すとふうと息を吐いた。彼特有の煙草の匂いだった。

 彼は片手でマガジンキャッチを押して弾倉を外し、スライドを引いて薬室内の弾薬を抜く。くるりと返して中を確認するとちらりとガイルを見る。

「……期限は?」

「明日までに直るか?」

「Arschloch」

 彼は鋭く舌打ちをして煙と一緒に吐き出した。

 お世辞にも上品とはいえないドイツ語だが、いつもの口癖だとガイルは苦く笑う。そもそもそう言われても仕方ないくらい無茶な依頼をしているのだ。

「すまねぇな、お嬢が使うんだ」

 彼は冷たい氷を思わせる色の瞳でガイルを見上げる。

「これは大佐が最後に手にしていた銃だろ。今更どうする気だ?」

 彼が「大佐」と呼ぶのは先代の社長ラリーの事だ。年齢こそ離れていたが友人同士の彼らは「大佐」「少佐」と呼び合っていた。ラリーは軍属経験があるのだが、エリックはそう言った経験は無いはずだった。一度不思議に思ってガイルはラリーに尋ねた事があるのだが、幼い頃のお遊びの名残だと結局真意は知らない。

「単なるお守りだ」

「実弾発射出来る? クレイジーなお守りだな」

 彼は皮肉っぽく笑う。

 その表情は見るからに不機嫌そうだった。

 彼がここにいる理由は一つしかない。親友であるラリーに後見人を頼まれたからだ。それ以上でも以下でもないことをガイルはよく知っている。友人の死を悼む感傷めいたものですらない。ただ純然な「約束」を理由に彼はここにいるのだ。

「……明日、と言うことは結局大使館に行くんだな」

「ああ、その予定だ」

 明日、あるテロ組織によって日本大使館が襲撃される。目的はイレーザーと呼ばれる殺し屋が殺し損ねた日本人を殺す事と、レイアと外交官が接触すること。そのために占拠立てこもり同組織内の逮捕された仲間の「解放」を要求する。

 レイアは「ユートピアの社長」として日本大使館を訪れる。その際、襲撃に遭い、巻き込まれ捕虜となる。レイアと目的の人物が何らかの形で接触した後は、捕虜の解放という名目でレイアを含んだ「女子供」が解放されることになっている。

 そして保護者として現れたガイルと合流した彼女は「武器」を受け取り次の「仕事」に向かう。その先の仕事は彼には知らせていないのだが、恐らく彼は見当付けているだろう。

 少し難しそうな顔をして紫煙を吐いた。

「……イレーザーは本当に死んだのか?」

 ウォールナットの呟きにガイルは顔を顰めた。

「ニュースくらい見ただろ? 中の奴に遺体を確認させたが本人に間違いねぇって言ってたな。死んだのは確かなはずだ」

「身体の生死は些細な事に過ぎない。俺が聞いているのは‘本当にイレーザーが死んだのか’ってことだ」

「あぁ? 何だそれ、どういう………」

 言いかけて彼の言葉の意味に気付く。

 ガイルは表情を引き締めた。

「……いる、と思うのか?」

「Der Mann wurde mit einem Messer ermordet.」

 彼はナイフで殺されている。

 答えになっていないが、敢えてドイツ語を使った辺り、その言葉が何より重要だと言わんばかりだ。

「確かにイレーザーはナイフで殺されたな。一撃だったと聞いているが……」

 彼は呆れたように呟く。

「ein dickfelligerTyp.お前の頭は首の上に飾るだけのものかよ? だったらせめて銀色みてぇに出来のいいモン飾れ」

「んだと、コラ! 調子にのってんじゃねぇよ、吠えるだけが能の内組が。外交組を舐めるな、犯すぞ」

 他の人間ならすくみ上がるような凄みをきかせてみたが、彼はそれに動じない。体格の差も腕力の差も甚だしいというのに、この男は全く動揺していない。それどころかさらに挑発するように言葉を重ねてくる。

「やんならやれよ、変態。……お前程度に出来るとも思えねぇけどな?」

「Leck mich!」

 覚えず酔っぱらいのケンカのような汚い言葉を口にすると、自分の口の悪さを棚にあげて彼が笑う。

「育ちの悪さが知れるな」

「はっ、てめぇよほど痛い目に遭いたいようだな。俺を挑発して殴られるのが趣味なのかよ?」

「生憎と俺はそういう趣味はない。そもそもそれで怒るってことは、てめぇ自身が考え無しって認めているってことだろ? 良かったな、自分の欠点が分かって」

「つくづくムカツク野郎だぜ。望み通り殴ってやろうか? てめぇの首から上を芸術的に飾ってやろうか?」

 ぱきぱきと拳を鳴らして見せると、彼は鼻で笑い飛ばした。

「そう言う趣味はないって言ってるだろ? 可哀想に、本格的に頭が悪いようだな」

「てめぇ、コラ!」

 襟首を掴むと彼は呆れたような表情を浮かべた。

「短気すぎんだよ。……離せよ、服が伸びる」

「……っち」

 ガイルは彼を乱暴に突き放す。

 こんな所で彼に怪我をさせてしまえば後で困るのは自分の方だ。

 そもそもこの男は別にガイルに対して敵意を持っている訳ではない。挑発して激昂する自分を楽しんでいるのだ。分かっていたが、分かっているからこそ異常に腹立たしいのだ。

「分別は多少残っているようだな」

「……てめぇ、いつか痛い目見るぞ」

「始終怪我の絶えないお前に忠告されても説得力ねぇよ。………イレーザーはナイフで殺された。しかも傷は一カ所のみ。依頼された仕事がまだあったはずの殺し屋が一撃で仕留められている。抵抗もせずに。……意味は分かるか?」

「抵抗出来なかったか、する気になれなかったか、する必要が無かったか、だ」

 彼は頷く。

「現場で一人の日本人の子供が保護されている。このところイレーザーが連れ回していたという噂のガキだ。今は大使館に保護されている」

「………代替わりしたとでも言うのか?」

「さぁな。ただ、もしそうなら、お嬢の立てたせっかくの作戦は実現出来ない」

「………」

 実現出来ないと言うよりはそこまでする意味が無くなるのだ。一番はイレーザーが殺し損ねた男を殺すこと。そうしなければ、日本で自分たちに不利な法律が通されてしまう危険があったからだ。

 だから、殺し、それと同時にレイアが目的の外交官に顔を売り、あわよくば恩を売るための行動。

 それは実行されずに終わることだろう。目的の人物が死んでしまえばそこまでの危険を冒す必要がなくなるからだ。だが、そうであった方がガイルとしても都合がいい。何よりレイアを危険にさらさずに済むのだ。

「問題は、これがイレーザーの最後の仕事になる可能性があるってことだ。イレーザーを含めればそれが47人目だ」

「47?」

「何だ、あいつが何故殺し屋なんかやっているかしらねぇのか?」

「教え子が政府連中に見殺しにされた事件は知っているが……」

「それが理由だよ。47人分の復讐を果たし、それで‘消しゴム’の仕事は完遂される」

 ガイルは眉を顰める。

「……幕引きに他人を巻き込んだって事か?」

「俺の知る限り、イレーザーは教師としてまともな方だった。あいつが、子供に自分の尻ぬぐいをさせるとは思えねぇ。俺の予測通りなら、そいつ自身が望んだことだ」

「人殺しになる道を?」

「それは当人に聞けよ。……イレーザーが死ぬ直前に預かったものがある」

 ウォールナットは引き出しを開くと中から何かを取りだし放る。

 ガイルはそれを受け止めた。

 バタフライナイフだった。

 グリップの部分にYKのイニシャルが刻まれている。保護された子供の名前はヨウイチ・クズミと言わなかっただろうか。

 開いてみればその異常さに少し驚いた。

「……子供の玩具にしては随分殺傷能力を高めているな」

「機会があれば持ち主に返して欲しいと言われている」

「……」

 ウォールナットは煙草を灰皿で揉み消すと、新しい煙草に火を付ける。

 新しい煙を吐き出して、彼は笑った。

「Wird er überleben?」


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