後編『色をもつ神々』
「ご苦労だった」
少年はいつの間にか巨大な蜘蛛に変わっていた。この蜘蛛は、緑の神の神使――神の使いの生き物のこと――だ。黒い神を拘束すると、緑の神の元へ歩いていく。
緑の神は黒い神とは違い、正義と秩序を愛する神だ。多くの神と同じく残酷性は有しているが、それを鑑賞して喜んだりはしないし、無意味な残酷行為はむしろ嫌う。
「何の真似だ緑!」
黒い神は怒りをあらわにして緑の神を睨みつけた。罠にはめられたのだと気付いたからだ。黒い神に巻きついている蜘蛛の糸は、緑の神の腕に繋がっている。
さっきまでここで行われていたことはすべて幻だったのだ。黒を誘い出すための作り物の悲劇。確かに、天然ものにしてはずいぶんうまそうな匂いがしているなとは思っていた。
緑の神は無感情な表情で黒を見おろしながら近づいて行った。
「お前がお前の統治地域でどれだけ不幸をばらまこうが構わない。互いの地域には基本的に干渉しないのがルールだ。だが、他の神の地域にまで不幸をばらまこうとするなら、見逃すわけにはいかない」
言われて黒い神が周りを見渡すと、ここは緑の神の領域だった。神達は自分の担当地域に信仰があるから、自分の領域にいる時の方が神力が高まる。仮にこの拘束がなくても、黒い神には不利な状況だった。
「誘い出しておいて何を言うか。難癖を付けて俺を殺すつもりなんだろ?」
殺すつもりなんだろうと言ってはいるが、黒い神は別段怯えていない。神にとって死はそれほど恐怖することではないのだ。
神は肉体が朽ち滅びても、信仰が生きてさえいれば生き返ることができるのだ。ただし神力は落ちてしまうが……。
「今回のことを言っているのではない。お前は自分の欲を満たすために、他の神の地域に何度か手を出している。それを反省せずに居たから、今お前は私の世界にいるのだろう?」
確かにそうだった。黒い神は悲劇を求めるあまり、他の神の地に手を出して警告を受けたことがあった。黒い神はそれを反省もせず、文句があるならかかってこいと挑発までした。その結果がこれなのだから、黒い神に文句を言う資格はない。
「お前は俺に何をさせたいんだ?」
黒い神は捕えて説教をするなんて生ぬるいことをする緑の神の態度を見て、殺す気はないのではないかと思い始めていた。ならば別に目的があると言うことだ。
「これまでの行いを悔い改め、謝罪せよ」
緑の神の要求はあまりに簡潔だった。ただ単に謝れと言っているだけだ。これまでの黒い神の行いに対する償いとしては、甘過ぎるとさえ思えるもの。だが……。
「嫌だね。お前こそ俺にこんなことをしたことを謝罪したらどうだ?」
黒い神に反省の色はない。馬鹿にするように笑い、挑発する言葉を吐いた。
「ククク……ぎ、ぎゃ!」
黒い神がうすら笑いを浮かべると、緑の神の腕から電気が発生し、黒い神を拘束している蜘蛛の糸がそれを受けて黒い神を戒めた。
「これまでの行いを悔い改め、謝罪せよ」
「……罠にはめたうえ、動けない相手に拷問か? ハハハ、お前も俺と大差ねぇんだよ。この偽善神がッ! ぐッ!」
黒い神が吐き捨てると、再び緑の神は電気を流す。そしてまた謝罪を求めた。
「これまでの行いを悔い改め、謝罪せよ」
「……うるせえよ雑草。グ……ククク」
黒い神が緑の要求をはねのけると、再び電流が流れたが、黒はそれを耐えて笑って見せた。
緑の神は決まりごとが好きだ。恐らく自分の中で、黒い神が謝罪するまで死なない程度の電流を流し続けるというルールを作った。だから、緑の神は黒い神を殺さない。
そして、黒い神はそれに気付き、絶対に謝罪しないと決めた。
黒い神は、緑の神に返す言葉を即座に千個用意する。
その千個を言い終えたら? その千個の言葉を言い終わるうちに、今度は一億の言葉を用意する。
その一億の言葉を言い終えたら? それを全部言い終わる頃には、緑の神も力尽きるはずだ。そうしたら黒い神は、この戒めを破って緑の神の首を飛ばしてやろうと考えていた。その間に、黒い神の方がさすがに死ぬかもしれないが……。
どちらも折れることはない。これは意地の張り合いだ。神の争いにしては地味かもしれないが、その期間は何百年にも及ぶことが予想された。寿命に限りがない者同士の気の遠くなるような長い喧嘩だ。
「これまでの行いを悔い改め、謝罪……」
だが、緑の神が定型の言葉を言おうとすると、鋭い鞭が黒い神を拘束している蜘蛛の糸に振るわれ、緑の神の腕から蜘蛛の糸が千切れた。それでも黒い神は完全には抜け出せず、黒い神は立ち上がれない。
「やめましょう緑。もう十分だと考えます」
鞭を振るったのは、緑の神と黒い神と同じく、世界を創造したい神の一神である、青い神だった。
青い神は万物の幸福と平等を好み、不幸なものを憐れむ神だ。
「青、邪魔をするのか? まだ謝罪が住んでいないんだぞ?」
怒りはしないが、緑の神は厳しい表情で青い神を見た。青い神は首を横に振り、緑の神をなだめようと優しく言った。
「黒にとって、罠にはめられただけでも屈辱的なはず。そして、罠にはめられただけで大した罰を与えられずに解放されれば、さらに自尊心は傷つくはずです。それをもって私達からの、黒への制裁としませんか?」
それはあまりに甘かった。実質罪人を何の罰も与えずに解放すると言っているようなものなのだから。
「青……お前も一枚かんでいたな?」
青い神は私達からの制裁と言った。だから黒い神は、自分を捕えたのは青い神と緑の神が協力して行ったものだと理解した。
「おい、緑。お前はこんな半端者と組んで俺をはめたのか? こいつは、不幸そうに見えれば善人だろうと悪人だろうと情けをかけるような信念を持たないクズだぞ?」
黒い神は青い神の言葉に呆れて緑の神に問いかけた。青い神は世界を作った神の中で、最も残酷性の薄い神だ。黒にとって一番そりが合わないのがこの青い神なのだ。
「信念を持って他者を不幸にしているお前よりはるかにマシだ。それに、一つ間違っている。私が青と 組んだのではなく、青が私と組んでお前を捕えたのだ」
それを聞いて黒い神はさらに呆れた。要するにこれを主導で行ったのは青い神だったのだ。自分を捕えた張本人だと言うのに、いざ捕えて見ると可哀そうになり、もう十分だろうと言い始めたというわけだ。
「やっぱり信念も覚悟もない臆病者じゃないか。よくそれで神が務まるな?」
「……」
青い神は何も言い返さない。ただ憐れむように黒い神を見つめている。黒い神にとっては罠にはめられたことより、この方がよほど腹が立つ。
「……やめるか」
緑の神が一言そう呟き、黒い神の戒めを完全に解いた。黒い神は、緑の神が急に態度を変えたことに困惑した。
「な、何だって?」
「主導で行った青がもういいだろうというなら十分だろう。今後は他の地域に手を出すなよ?」
緑の神は、青い神の言葉で冷静になったらしい。一言黒い神にくぎを刺すようなことを言って、緑の神は消えた。
黒い神はあっけにとられて、あっさりと緑の神を逃がしてしまった。
「き、貴様ァー!」
黒い神は青い神に詰め寄り、襟を掴んで締めあげる。
緑の神の謝罪を求める言葉にはうすら笑いを浮かべていたのだから、ある意味青い神は黒い神から一本取ったと言えるかもしれない。
「何なんだお前は。俺が憎かったんじゃないのか? だから緑を使って俺を捕まえたんだろ? なのに、土壇場で怖気づいてもうやめようというのか? ふざけるな半端者がぁああ! その首切り落としてくれるッ!」
「どうぞ」
青い神は怯えるでもなくそう言った。
「不幸なものたちを救うためとはいえ、そのためにあなたの幸福を邪魔してしまいました。だから私はあなたに謝罪します。あなたの幸せを邪魔してしまって申し訳ありません。あなたが私を殺すことによって幸福を得るならば、私は喜んで殺されましょう。それで私の罪を許してくれますか?」
黒い神は青い神を掴んだ腕を震わせながら怒りに堪えていた。やはりこいつは意味が分からない。善人が好きなのかと思えば悪人の味方をしたりもする。どんな基準で行動しているのか全く理解できない。絶対の意志という物が目の前の神からは感じられない。
「……興ざめだ。俺も帰るぞ」
ここで殺してやりたかったが、それをしても青い神を喜ばすことになると悟った黒い神は、今日は引くことにした。
しかし、姿を消す瞬間。黒い神は鬼のような形相で青い神を睨んだ。
「お前のその澄まし顔。いつか絶対に歪ませてやるッ!」
それだけ言って黒い神も消え、その場には青い神だけが残った。
青い神はその言葉を噛みしめ、空を見上げてポツリとつぶやく。
「私一人が苦しむだけなら、私は甘んじてそれを受けてもいい。ですが、他の誰かも巻き込まれると言うなら、私はそれを全力で阻止します。そんな私は、あなたに言わせればやはり信念がない半端者ですか? 黒」
神の呟きに答えてくれるようなものはない。
青い神はしばらくそこに立ち尽くした後、自分の世界に消えた。
駆け足ですがこれで完結です。
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。
近々長編連載を始められそうです。
この小説はそれの下準備。と言ってもほとんどつながりはありませんが……。




