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前編『黒い神』

 世界には多くの神がいる。持っている力も様々だし、性格もまた違う。中にはお互いのことを認識できない神も居た。

 

 ここに黒い神が居た。その神は残酷で、悲劇を喜ぶ神だった。

 残酷なだけなら別に特殊な神ではない。神は多かれ少なかれ残酷性がある。信者を持つ神ならば、その者達に掟を課し、それを破った者には神罰をくだす。神罰には限度がない。神の心ひとつで、村が、山が、世界が消し飛んでしまう。例えそれで無くなったとしても、最初から作り直せばいいのだから気にしない。

 神はある程度残酷性を持っていなければやっていけないのだ。厳しくなければ舐められ、力を持たねば誰も崇めようとしない。信者を罰するとき、又は信者を外敵から守ろうとするとき、神に躊躇があってはならないのだ。

 

 このように、神はある程度残酷性を持っている。だが、黒い神は残酷なだけではなかった。悲劇を喜び、悲劇を生みだす神だったのだ。雲の上から下界の悲劇を鑑賞して笑うだけならば、そこまで悪い神ではない。だが黒い神は、鑑賞するだけでは飽き足らず、世界の者達に悲劇を囁くことがあった。

 

 例えば、強い憎しみと恨みを抱えた者には復讐を教唆し、絶望と失意の中にある者には自殺の喜びを説いた。神という高次元の存在に囁かれれば、それを聞かずに居られない。悲劇を囁かれた者達は、その黒い神に言われるままに復讐を行い、または自殺した。

 黒い神は、自分のいいなりになり、下位の存在達がさらに傷ついて行くのを見るのが嬉しくて仕方がなかった。それはまるで、自分の庭で偶然何かの芽を見つけ、それに水をやり、美しい花を咲かせたような感動だった。

 ただしその花は刺だらけ、死の花粉をばらまき、近づいた者を不幸にする死の花達だ。それを遠くから眺め、花の美しさとその花に近づいた者の不幸を目にして、黒い神は満足する。

 

 不幸の芽が簡単に見つけられればいい。実際見つけるのはたやすい。世界には不幸な者達は山ほどいるのだから……。だが、そのほとんどの芽は小粒。例え花が咲いたとしても、多くは雑草の域を出ないつまらない花ばかりだ。

 だから黒い神は、自分のための花壇を作ろうと考えた。自分好みの花ばかりを選んで、花壇に植える。育てる。鑑賞する。神が自分だけの世界を作るのは珍しくない。ただし、維持が面倒だからやらない神はやらない。時には、数人の神が協力して世界を作ることもあった。

 できるだけ大きな世界が作りたかった黒い神は、いくつかの神と協力して一つの大きな世界を作りだした。その世界を分割し、基本的には他の地域には手を出さないという取り決めで、神々は自分の統治する世界を得た。

 

 黒い神にまかせられた地域は不幸だった。他のどの地域よりも悲劇が絶えないのである。黒い神が、自分好みの不幸の種を無遠慮にばら撒いて育てたからだ。

 神は自分の担当地域に降臨し、種を植える。

 

 *    *    *

 

 汚い猫を見つけると、人間達にあれは不吉な猫だから、早く始末した方がいいと教えた。

 当然人間達は猫を殺そうとした。しかし、猫を殺そうとすると、神の予言どおりに猫の周りで不吉なことがたくさん起こり、たくさんの死者が出た。

 人間達は猫を殺すことから、猫から逃げることを考え、その猫を見かけると怯えるように逃げ出した。それでも、不幸から逃げられず、猫を目撃しただけで不幸になると言う噂が横行し、猫の周りの人間達は恐怖のどん底に落とされた。

 

 対して猫も不幸だった。なぜなら、猫は不幸を運んだりしていなかったからだ。ただ餌を探して歩いているだけだ。お腹を空かせて鳴いているだけだ。爪が長くなったので、壁を使って研いでいるだけだ。

 それなのに、猫の周りでは実際に不幸が起きる。そんなつもりはないと言うのに、猫は自分が本当に不幸を運ぶのだと思い込んだ。

 猫は絶望し、世をはかなんで自殺した。

 それを見届けると、実際に不幸を呼んで猫の仕業に見せていた黒い神は満足して笑った。

 

 *    *    *

 

 辺鄙(へんぴ)なところにポツンと生えている花の木が泣いていた。

 早速黒き神は仰々しく花の木の前に降臨し、なぜ泣いているのか話せと言った。

 

 花の木は年に一度……しかも一週間程度しか花を咲かせることができない種類の木だった。花が咲けば、その蜜を飲みに虫達が寄ってくるし、花見をするために人間達も来てくれる。

 ところが花がすべて散り、葉っぱが草だらけになると、とたんに誰も花の木に会いに来てくれなくなる。花の木はそれがとても寂しかった。

 

 黒い神は同情した風を装い、人間達を呼ぶ方法として、神の信仰のことを教えた。

「絶大な力を所有し、それを行使して、己が強力な存在だと印象付けよ。恐怖を与え、崇めさせるのだ。 そうすれば、人間達はお前を恐れ、敬い、供物を持ってくるようになる」

 

 ずいぶんと物騒な言葉だったが、なにしろ神の言葉なのだ。花の木は大まじめにその話を聞いた。

『ですが、私にそんな力はありません』

「任せろ、私がお前に力をやるぞ」

 そんな簡単なやり取り。たったこれだけで、花の木はあらゆる生き物を苦しめる毒の花粉を出すことができるようになった。

 

 花の木は迷わずそれをばらまいた。神に無理を言って季節外れの花まで咲かせてもらい、広い範囲に毒の花粉をばらまいた。

 結果は言うまでもない。周りの生き物たちは苦しみもがき、たくさんの者達が死んでしまった。人間達にも被害が及び、危険な花の木を切ってしまおうと斧を持って木に殺到した。

 しかし、木に近づけば毒の花粉にも近づくことになる。仲間達が次々倒れるのを目撃し、人間達は怯えて木を切るのをあきらめた。そしてこの先には近づいてはならないという立て札を立てて、住み慣れた地を離れて行った。

 

 驚いたのは花の木だ。ただ誰かに傍に居て欲しかっただけだと言うのに、気が付けば自分の周りには誰も居ない。

『神様! 黒い神様!? これは一体どういうことなのですか?』

 自分のことを必死に呼ぶ花の木の姿を、黒い神は見下すように空から眺めていた。

 

 *    *    *

 

 洞窟の中でコウモリが何かを願っていた。

 何か面白い気配を感じた黒い神は、聞き耳を立ててコウモリの願いを聞いた。

 

『私は暗い世界に閉じ込められるのは嫌です。洞窟の中が嫌です。静まり返った夜の空が嫌いです。お願いです。私に昼間の空を飛びまわる権利をください』

 

 それだけ聞いて黒い神はコウモリを笑った。

 コウモリは夜の世界で生きるのが定めだ。それを嫌い、昼の世界で生きてみたいなどとぬかすコウモリが非常に滑稽だった。魚が陸で暮らしてみたいと言う様なものだ。まあ、そう考えた魚は、長い時間をかけて陸で暮らせるように進化したのだが、それは一代の間ではまず無理だ。

 

「いいだろう。お前の願いをかなえてやるぞ?」

『あ、あなたは誰ですか?』

「この地の神だ」

 

 黒い神は、今回は素直にコウモリの願いを叶えてやろうと考えていた。わざわざコウモリの周りに不幸などばらまかず、単純かつ純粋にこのコウモリの真昼間の空を飛べるようにしてやろうと考えた。

 それだけで、このコウモリが不幸になることが予想できたからだ。

 その予想は的中した。

 夜の住人であるコウモリが、堂々と昼の空を飛ぶ不吉な現象を目撃した生き物たちは、皆コウモリを不気味がった。

 昼の空を飛ぶ鳥達は、集団になってコウモリを追いまわし、地上の動物達は、コウモリを思いつく限りの言葉で罵倒した。

 人間達はコウモリから子供達を隠し、大人たちは石を投げてコウモリを攻撃した。

 

『私は悪魔ではない! 私は悪魔ではない! ただ太陽の光を背中に浴びて飛びたかっただけなのだ』

 

 そんなコウモリの叫びを誰が聞いただろう? その嘆きを聞く者は、悲劇を喜ぶ黒い神しか居ない。黒い神がその嘆きに同情するはずがない。黒い神がコウモリに与えるのは嘲笑。

 黒い神は姿を隠してコウモリの嘆きを嘲り、それを鑑賞しながら酒を飲む。

 コウモリは、人間の誰かが放った矢に当たって死んでしまった。

 黒い神は予想通りの結末を見届け、次の悲劇を探して世界を巡る。

 

 黒い神が通った後には黒い道ができ、世界は黒く染まって行く……。

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