ヴァルハラで会いましょう
作者はヴァルキリープロファイルを未プレイです。悪しからず。
僕は今、昼食をとることのできる場所を探して炎天下をさまよっている。
事の発端は今朝僕が起こしたきまぐれだ。
大学のあまりに長い夏休みに頭をやられた僕は、怠惰な日々を打破すべく、愛車のビーノちゃん(原付である)にまたがってあてどない小旅行をしようと画策したのだ。
結論から言うとこの判断は間違いであった。
計画もなしに気温三十八度を誇る外へ飛び出すのは、あまりに無謀であったのだ。
走行している間はまだ風があるから良いものの、一旦停止すれば直射日光と道路のコンクリートからの照り返しによる二重苦である。
ああ、空調の効いた部屋で扇風機にむかって宇宙人ごっこをしていたのが、遥か昔のことに思える。
そして今、僕の体はさらなるトラブルを抱えていた。
腹が減ったのだ。
現在の時間は昼過ぎ。よく考えれば朝食もとっていないし、健康な若人ならば空腹になるのもいたしかたなし、といった状況だ。
幸い道路脇の建物に飲食店のものと思われる看板が掲げられている。ひとまずあの店で食事をとり、今後も小旅行を続けるか否かを検討するとしよう。
店舗はなかなかに洒落た外観をしていた。真っ白な壁面には波模様の装飾が施されており、二つある突き出し窓は壁面と同じく真っ白なレースカーテンが取り付けられていた。
店舗脇に置かれていた看板には、女性が書いたものと思われる可愛らしいポップ体の文字が躍っている。
「喫茶佐世保バーガー」
店舗名からして商品をごり押しだ。佐世保バーガーて。少なくともここは佐世保ではない。
若干の不安を覚えたが、喫茶と銘打っている以上軽食くらいはとることができるだろう。
僕は真っ白な扉のノブを回すと、勢いよく引き開けた。
ドアの内側に取り付けられていたベルが来客を告げ、店内の涼しい空気が僕を包み込む。
天国かここは。涼しすぎる。住みたい。
「お帰り下さいませ、ご主人様」
「出鼻を挫かれた」
非常に丁寧な帰れコール。さすがの僕も思わず帰りたくなってしまった。
声の主はどこにいるのだろうか。少なくとも同じ目線の高さには見当たらない。
少し目線を下にすると、ちんまい女の子がとてもよい笑顔でこちらを見つめている。
この店の店員なのだろうか。
僕がしばらく何も言わずに立ち尽くしていると、少女は自分の間違いに気付いたのか、急いで訂正を口にした。
「失礼いたしました。お帰りなさいませ、ご主人様。喫茶ヴァルハラへようこそ」
「看板に偽りありだ」
なんで出迎えの言葉がメイド喫茶なのかとか、表の看板と店名が違うとか、次から次へと突っ込みどころが湧いてくる。会って数分でこれとは、彼女は中々の逸材かもしれない。
だが、店名を聞いて一つの疑問が氷解した。きりがないので突っ込まないでおいたのだが、彼女の服装はそういうことだったのか。
「ここがヴァルハラだから、君はヴァルキリーの格好をしているのか?」
「察しの通りです。そしてお客様はオーディンです」
「最高神なんだ! もうちょっと格下でもいいんじゃないかな!」
ちなみに僕は片目でもなければ、老人でもない。しかし飲食店の店員に突っ込みを入れたのは初めてだ。何やってんだ僕。
「それではお席にご案内致します。お一人様ですか?お一人様なんですか?」
「何で二回聞いた?」
ニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、手を後ろで組んで左右に揺れる店員。その動作が何を意味しているのかは知らないが、馬鹿にされていることだけはわかった。
主神の扱いがひどい。
「それでは孤独死候補生一名様をご案なーい!」
「心にくるあだ名をつけるな!」
訴えもむなしく、店員は無駄に元気よく行ってしまった。僕は器が大きいから、この程度のことは軽く受け流せる。別に泣いていない。
「こちらの席になります」
「ぐす……、ありがとう」
案内された席には、あまり日本では見かけないようなデザインの机が佇んでいた。素人目にも高そうなものであることがわかる。まぁ今更何が出てきたところで驚きはしないが。
「ちなみにこちらのテーブルは当店が、イタリアのカッシーナ・イクスシー社にオーダーメイドで発注したものです。お値段七桁はくだらないとか」
「マジで!?」
驚いた。今までのアホな驚きではなく、ガチでびっくりした。明らかに力を入れるところを間違えている。ていうか僕、今からここで食事するのか。
そりゃ高級な机で食事する気分は悪くないだろうけど、食事中にこぼしたりしたときのことを考えると心臓に悪い。
もはや罰ゲームだ。
「ところで、この席には椅子がないようだけど」
「ああ、失礼いたしました。今ひろげますので少々お待ち下さい」
「ひろげますので」と言ったかこの店員。
まぁ壁に立てかけられた物体を見た時点で嫌な予感はしてたけど。
店員が背もたれの部分と座席の部分に手をかけて左右に開くと、その物体はたやすく椅子の体裁を成した。
うん、パイプ椅子だ。
「パイプ椅子」
「パイプ椅子でございます」
「イタリアの高級家具」
「カッシーナ・イクスシー社製のテーブルでございます」
「パイプ椅子」
「パイプ椅子でございます」
どうやら僕の違和感は彼女に伝わらなかったようだ。きっと僕がおかしいのだろう。そういうことにしておけば万事丸く収まる。
大人しく席に着く。パイプ椅子は意外なほどに僕の桃尻にフィットした。庶民にはこのくらいが丁度いいということなのだろう。
「注文はメニューでなさいますか? 勘でなさいますか?」
「メニューで」
いちいち突っ込んでいられない。何なんだその二択は。
勘で注文しろと言われても、今の僕には佐世保バーガー以外を思い浮かべる自信がない。
サブリミナル効果というやつか。たぶん違う。
店員がすごくつまらなさそうにこちらを睨んでいるが、無視。
「むぅ、それではメニューを持ってまいりますので、少々お待ち下さい。それとこちら、グングニールとレーヴァティンになります」
「フォークとナイフだろ! そういうのいいから!」
思わず突っ込んでしまった。店員がすごくうれしそうな顔でこっちを見ている。
そんな期待を込めた眼差しでこっちを見るな。仲間にはしてやらん。
「ちなみにお客様が今腰かけていらっしゃるのがスレイプニルでございます」
「パイプ椅子だよ! 最初に何回も確認したよな!?」
「スパイプイス」
「響きは近くなったけど! 思いついたことを何でも言うな!」
「ではご注文はパイプ椅子の酢漬けでよろしいですね」
「よろしくねーよ! 食えるかそんなもん! 後うまいこと言ってやったみたいな顔やめろ。別にうまくなかったからな、今の」
不味い、大声の出しすぎで体力の消費が激しい。ただでさえ空腹なのに。
対して店員は絶好調だ。相手をしてもらってうれしかったのか、顔には満面の笑みが張り付いている。
「メニュー、お持ちいたしました」
「どうも、ん?」
おかしいな、僕の視力は両目ともに2.0のはずだ。なのにメニューに書かれている文字が一向に読めない。この年齢にして老眼になってしまったのだろうか。
「ちなみにメニューは全て古ノルド語で記されております」
「読めるか。ていうかこれ書いた奴すごいな。」
完膚なきまでに読めない。というよりもこの日本で読めるやつが何人いるだろうか。
結局勘で注文することになりそうだ。
横目でチラリと店員を見ると、彼女は僕を策にはまったアホを蔑むような目つきで見ていた。
「それで、ご注文はいかがなさいますか?」
急かすようにして、彼女は僕に問う。
やはり、そういうことなのだろう。
今のところ存在すると思われるメニューは酢パイプ椅子と……。
「……佐世保バーガーで」
「かっしこまりましたー!」
よくわからない敗北感を感じた二十一の夏。
作者は佐世保バーガーを食べたことがありません。悪しからず。