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死が二人を分かつまで

掲載日:2026/03/20

 南向きのバルコニーからの光がゆっくり陰り、西の腰窓からの光が部屋を満たし始めていた。大きなダイニングテーブルの前で隆子はキーボードを打っている。ついさっきまで続いていた3つの部署とのチャットを閉じ、打ちかけの翻訳文に会議で決まった修正を加えていく。そのとき、テーブルの端のスマホが小さく振動する。画面には、逸子の名前が表示されていた。隆子は応答のボタンを押すのを一瞬ためらうが、指先はためらいより早くその画面に触れていた。

「今いい」

「うん、会議終わったとこ」

「前に言ってた料理教室の取材、さっき終わったんだけど、授業のメニューがパスタだったのよ」

 ここまで聞いて隆子は次の展開が想像できた。

「もうね、頭と口がパスタ一色、わかる」

 隆子はだまって聞いている。

「今晩、パスタしない、この前大阪の知り合いからもらったうすくち醤油あるじゃない、あれ使おうよ。冷蔵庫に豚肉残ってたよね、見てくれない」

 隆子はスマホを片手にキッチンへ向かい冷蔵庫の扉を開く。

「豚肉あるよ。野菜は……キャベツとニンジン、あとレタス」

「あ、じゃ決まりね。キャベツとニンジン炒めてパスタに和えよう」

「ちょっとさ、それ塩焼きそばじゃないの」

「いいじゃない、お箸で食べよ。なんか付け合わせだけ買って帰る」

 それだけ言うと逸子は電話を切る。再びキーボードに手をそえながらこんな会話を何年続けてきたろうと隆子は考える。キーボードを打ち進めるにつれてそんな考えもやがてうすれていく。モニター上にいくつか異なるデータを広げ行き来しながら翻訳の加筆をすすめる。締め切りにはまだ余裕はあるが、よくある突発的な注文が入ると全体がショートしかねないので気分がいいとき一気に進める。西の腰窓の光もなくなっていた。

「ただいま。ちょっと、ねぇ、荷物とりに来て」

 逸子が玄関でスニーカーを脱ぎながら声を上げる。隆子はあわてて保存をかけPCを閉じる。玄関で逸子はハイカットのスニーカーに手間取っている。付け合せだけのはずが、大きなレジ袋2つが床の上に置かれている。隆子はレジ袋の中をみて今朝の会話を思い出した。今週は、細々したしなものの買い出しが自分の番で、わざわざ化粧する逸子の横でそれを伝えた。隆子は表情には出さないが後ろめたい気分に襲われる。

「さっきの感じだと、隆子、きれいさっぱり忘れてるだろうなって」

「明日でもよかったじゃない」

「また明日の朝に私の横で同じこというの」

 隆子は応えず黙ったまま床の上のレジ袋をダイニングテーブルに運ぶ。二人は並んでレジ袋の品を冷蔵庫やクロークにしまう。二人の手の甲がふれたとき隆子はその冷たさから、春先で日差しはあったのに朝からさほど気温が上がらなかったのだと感じた。

「朝、ウォーキング行ったとき結構冷えてたけど、その後もあまり温くならなかったの」

「そうね、ひなただけ温いのに結構寒かったよ」

 他愛ない会話をしながら二人で手わけして夕飯の支度をする。隆子は料理の味付けもうすくち醤油や出汁の素材といちいちこだわる。そして逸子は味付けを隆子にまかしている。パスタをニ枚の皿に分け、付け合せのマリネとサラダをそえる。

「箸つかえば」

「和風だと箸って、そっちの方が変でしょ」

「ワインかお酒買ってくればよかったね」

「うん、店だとグラスでたのめるのに」

 すべて片づけたあと、ソファで夜更けまでオンデマンドで映画を観る。どちらかが寝落ちしたら寝室へ。かわりない二人の週末。


 アラームが小さな音を立てる。隆子は枕もとにうもれたスマホを手さぐりで探す。隆子の右隣に逸子が背を向けて小さくいびきをかいている。隆子はいまも豊かな逸子の髪に顔をうずめている。逸子には二人で暮らすようになったときはすでに左手を上にして眠る習慣があった。その理由を心臓を上にして眠るのが負担を与えないから体に良いのだと言いはった。隆子も逸子のその姿勢に合わせて自然と右へ向き眠るようになった。カーテンのわずかな隙間から光がこぼれる。アラームをとめると再び静寂。となりの逸子はアラームの音にも起きる気配はない。隆子はしずかにベッドから抜け出し、洗面の鏡の前に立つ。鏡を見つめながら今日一日の予定を頭に思いえがく。週末の朝、隆子は普段どおりの日課のウォーキング、その間に逸子は起きだし市電に乗って週一度のジムに向かう。隆子がウォーキングから戻るとたいてい逸子はジムに出かけたあと。朝食の準備を済ましたあと、一人ソファでくつろぎながらタブレットで様々な海外の記事を読んでいると、逸子がジムから戻る。二人はその日の昼からの予定を話題に、おそい朝食を取る。その数日前の夜、逸子は急に美術館にいきたいと言い出した。仕事の関係で、最近二人の住む地方の大学の教授に赴任した有名な美術評論家から美術のみかたを教わったらしい。彼はその美術館の建設委員を務めていた。隆子もずいぶん昔にその美術評論を読んだ記憶があった。

「ねえ、あそこの美術館て有名な絵、けっこうあるんだね」

「何回も私と行ってるのにそれ知らなかったの」

 逸子のいつものあまりに軽いノリに戸惑いながらもその誘いがうれしかった。美術館いきが決まって隆子は現在開催中の企画展を調べたが、主だった企画は先月で終わっていて、地元美術団体の展示しかない。

「今日、企画展て面白そうなの何もないよ、いいの」

「企画展て去年みに行った『印象派と浮世絵』とか、ああいうやつ」

「そうだよ、あちこちの美術館から作品をかりてきて展示するのね。だから常設展てのは美術館のコレクション展示だけ、それでも結構あそこのコレクションもいいのあるけどさ」

「いいよ、あの先生もその中に素晴らしのがあるていってた」

 自宅近くの駅から二人は市電に揺られながら美術館に向かう。土曜の昼はかなり込む時間帯だが、何かの事情で先行車が遅れ、後続車はかなり空いていて運よく二人ならんで座れた。隆子には車窓からの景色は休日の定点観測に感じられる。先週より季節は確実に進んでいる。まち並みは中心市街地に向かうほど、にぎわいを増していく。建物も流れすぎていくちいさな形が次第に大きくなり、やがて車窓より大きくなり全体が見渡せなくなる。歩道は行き交う人でうずまり距離感が感じられなくなるように隆子は感じた。逸子はスマホの画面を見つめている。

「それ美術館のホームページね」

「うん、直前予習してる。今の常設展示の作品紹介みたいだよ」

「あ、これいいじゃない、ロダンのデッサンか」

「ロダンて入り口の横の大きな彫刻のひとかな」

「逸子の口からロダンの言葉聞くのが不思議かも」

「先生が情熱込めて説明してたんだ」

 逸子は頭を隆子の肩に軽くもたれそう語った。二人は市電に限らずいろんな場所でならんで座るとき、自宅にいるときよりも親密にお互いの身体にふれる。そのことを逸子はずいぶん前に「家のそとで読書がすすむのと同じ感覚」と語ったことがある。それには隆子も妙に納得した。車窓の景色は再びちいさな形に戻っている。

 美術館は丘の上に建っていて市電の駅から十分ほど鬱蒼と繁った森のなかを歩く。木洩れ日というにはあまりにきつい光が激しいコントラストを描く。人気の企画展が開催されていないからか、二人以外にこの径を歩く人影はない。逸子は森の径に入ったときから互いの指さきだけを絡めている。

「久しぶりだよね、こうやって歩くの」

 隆子はだまったまま二人のすこし前のあわい緑の舗装を見つめている。やがて木々の重なりはなくなり大きく視界がひらける。丘の中腹を蛇行しながら続く径は厳格なまでに装飾が排された広場につながる。幅の広い石づくりの階段がエントランスまでつらなる。美術館は丘の斜面に建てられているためエントランスの建物はとても低くくおさえられていて全体の大きさがつかめない。階段を上がったエントランス前にロダンの彫刻が置かれている。荒々しいが正確なプロポーションで作られスケールアップされた青銅の立像。二人はその前に立ち、そびえ立つ立像を基壇の手前から見上げる。

「この人、弟子の女性にひどい扱いしたそうね」

「カミーユのこと」

「そう、前に映画でみてたけど先生の話聞いていて思いだした」

「それ、先生批判なの」

「そうじゃないけど、知っちゃうと無視できないな」

「まあそうなんだけど、それいうとこれから観るのってほとんど、どうしようもない連中ばっかりだよ」

 逸子は基壇から顔をそむけるようにななめ横にふり向く。

「隆子、向こうの展望広場いかない……」

「いくって美術館、どうすんの」

「なんか気力なくなっちゃった、だってどうしようもない連中でしょ」

 隆子はまぶしさもあり目を細めて展望広場の方を見渡す。立像の基壇を背に二人は階段を下り、美術館のならびにある展望広場にむかう。この広場からは二人が降りた市電の駅周辺が見わたせる。地域の人々は丘と呼ぶがほぼ山に近い。大都会のように夜ふけまで明かりがともり続けることはないが、日が暮れるころには美しい夜景がのぞまれる。二人は磨きあげられた岩の直方体のベンチに座る。広場は楕円形で片方が丘の斜面で眺望がひらけている。楕円形の中央には大きな黄色く着色された鉄板の彫刻が置かれている。彫刻は重量感がなく不定形で不安定でありユーモラスでもあった。うすい鉄板にならべられたリベットがなければ巨大な紙切れに見える。隆子は磨かれたベンチの岩はだをなでながらいった。

「まえ、よくここに座ってあの彫刻ながめてた」

「うん、夏なんかこれ、日がかげっても熱くて座れなかったよね」

「逸子、まえこの彫刻、訳わかんなくてダメていってたね」

「なんかドロドロさがすけない分、こういう方がいいかも」

「えぇ、それは意外だ」

「自分でも不思議だよ」

 ふと隆子は逸子の横顔をみる。その視線は彫刻を見るでもなく、その向こう景色を見るでもなかった。

「どうしたの気分でもわるいの、さっきから」

「あ、ごめん、そうじゃないけど、芸術てけっこう大変ね。ひとの一生変えちゃうもの」

「でもそれ芸術だけでもないじゃない。普通に人と人の出会いでも人生なんて変わるよ」

「私たちも変わっちゃったね」

 逸子はベンチの上においた隆子の指を自分の指さきでなぞりながらそう語った。

「人生なんて階段でこけたって変わっちゃうよ」

「わたしたちもまだ変わるかな」

 隆子は答えず彫刻のうえの空を見あげる。知らないうちに背後から黒い雲が二人のうえまで流れてきていた。さっきまで春のひかりがふり注いでいた空が、急に暗くなる。得体のしれない黒い雲が、みるみるうちに広がっていく。二人の脳裏に同時に過去の記憶がよみがえる。逸子は不安げにいう。

「寝室のまど、少しすかしてなかったかな」

「ひょっとしてダイニングのまども……」

 二人はベンチから立ち上がる。隆子は広場を見渡しながらいった。

「あの手すりのはしっこ、駅の方まで直接いける階段なかったっけ」

「確かあそこだよ。いそごう」

 あたり一面、日差しがさえぎられそれまでの穏やかだった風が急激に姿を変えつつある。同時に不自然とかんじるほど急激に気温が下がっていった。手すりから見える景色は、さっきまでの春の光に満ちた穏やかな高台からのうつくしいものから、なまり色の尋常ではないそれに一変していた。その手すりの端に斜面をくだる階段のおどり場を見つけた。肌を突きさすような強烈な寒風がふきつける。斜面をくだる階段は一人通るのがやっとだった。それは駅までの距離を気が遠くなるように二人に感じさせる。逸子が先に降りると告げると隆子は従った。二人が階段を少しくっだったところで強風にあおられた雨粒がほおにあたった。みるみるうちに雨粒は密度を高める。逸子はふり向きいった。

「傘あるけど……」

「むりよこの風だよ、とにかくこの階段下りなくちゃ」

 雨粒は髪を濡らし額をつたいまぶたにかかる。袖でぬぐいながら狭い階段を二人つらなりくだり続ける。隆子の神経はかかとに集中する。ようやく階段は終わり二人がならんで歩ける坂道に至った。隆子は着ていたジャケットを脱ぎ雨よけに二人の頭を覆った。逸子は隆子の緊張した横顔をみる。駅へ通じる坂道は鬱蒼とした木々に囲まれ日差しがなくなるととても暗く感じられた。二人はジャケットをかぶり肩を寄せあい無言で歩きつづける。風雨は木々の間を吹き抜け一層強くなる。それは二人から体温以上に気力を奪うかのようだった。坂道が緩くなったところで鬱蒼とした木々は終わり住宅のならぶ街並みにとなる。市電の駅に着くが人影はなかった。車道を行きかう車は路面の雨水を激しく巻上げている。

「さむい……」

 逸子の身体を抱きよせるが、雨に濡れたお互いの身体が温まることはなかった。それでも逸子の濡れて冷たくなった髪をほおに感じながら張りつめた糸がほぐれる気分にひたる。ライトを灯した市電がブレーキのきしむ音を立て二人の前に停車する。濡れた身体で座席に座るのに気後れした二人は無人の車掌室の前に手すりへしがみつくようにして立つ。車窓はくもり、ガラスの外はしたたる水滴しか見えなかった。逸子は隆子の肩に頭をあずけささやく。

「助かったね」

「うん」

 しばらくするとくもった車窓からの強い日差しだけが差し込んだ。


 自宅にもどった二人は大あわてでダイニングと寝室の窓を確かめる。どちらも窓はすいていたが、カーテンが濡れただけで部屋うちに被害はなかった。二人はようやく濡れた髪をタオルで拭き部屋着に着がえる。

「隆子、さきにシャワー使って。夕飯、冷凍のを温めて簡単にすましちゃうのでいいかな」

「いまから買い物いって作れないからいいよ、それで。ごめん、じゃさきに使うね。」

 逸子はフリーザーを開きいくつかの買いおきをぼんやり見つめながらさっきの激しい嵐を思いかえす。体をつき刺すような寒風と容赦ない横なぐりの雨の冷たさが皮膚にしみついている。頭の中では自宅のいつもの場所にいることがわかっているのに、あの階段を下りたときの感触が身体からぬぐえない。そして嵐のなかで初めて隆子と自分の身体そのものへの危機を意識した。それはいままでの病気の経験などとは異なるものだった。

「どうしたの、ぼんやりして。上がったよ、冷えてるでしょ、はやくお風呂入って」

「あ、ごめん、ほらこれ、隆子の友達に送ってもらったそばめし、B級グルメだね」

「嵐の中、無事帰還したんだから景気つけにこの前買ったカツオのタタキ、食べちゃおうよ」

「あ、あれ食べちゃおうか、えぇっと、これ流水解凍たがら気をつけてね」

「わかってるて、もういいから早く入りなさいよ」

 浴室からはシャワーが床にうち付ける音。くもった鏡の前で逸子は立ち尽くす。彼女は膝を落としカウンターの端に両手をついたままうつむく。長い髪が顔をかくしていた。


 夕食の片付けを終え二人はダイニングテーブルの角にすわる。隆子の仕事場をかねる目的もあって二人には大きすぎるものを選んだ。正面で向かい合うとテーブルが閑散とする気がして二人は角で向かい合いすわる。隆子はソファの向こうのテレビでオンデマンドの映画のリストを次々送っている。何か特別用事がない限り週末は二人で映画かドラマをオンデマンドで観るのが習慣になっている。週ごとに選択権は二人の間を行き来する。邦画のリストを流す手がとまる。

「これ、これにしよう」

 スマホをのぞいていた逸子は画面から顔を上げた。

「何、どれにするの」

「お葬式、映画館へ観に行ったわ」

「また古いの選ぶね、わたし就職した年のよ」

「もう古典の部類かな」

 二人は笑いながらソファに移る。二人はいつものように、ソファの上で1つの生体になった。 隆子はふかくこし掛け、両ひざを左右にゆるやかに開き、逸子のためにやわらかな窪みを作る。その内側に、逸子はすい込まれるように背中をあずけた。逸子は後頭部を隆子の鎖骨のあたりにあずけ、隆子は腕をまわし、逸子の胸元をつつみ込む。それは二人が体温を感じあうしずかな抱擁だった。画面から伝わる感動に速まる鼓動や手のひらの汗を感じとる。隆子はスタートボタンを押した。二人は何度か観た記憶とズレを耳もとでささやくように語り合う。笑いの強さやポイントのズレがちがうのをお互い感じるが、爆笑するときの二人のタイミングとくわわる力はひとしかった。逸子は画面に魅入っている隆子の横顔を見た。やがて映画はクライマックスからエンドロールへ流れていった。G線上のアリアが流れスチール写真が画面に映るそのなかで隆子が感想をいおうとするのを遮るようにして逸子はしずかに語る。

 「あのさ隆子、聞いてくれる」

 隆子は逸子の横顔を見る。逸子は画面ではないどこかを見つめている。

 「この前ね、遺言書作ったんだ、公証役場てとこで」

 「遺言書て何よ、どこかわるいの、余命宣告でもされたの」

 「まさか、そんなんじゃないって」

 「じゃ何、死んじゃうてことでしょ」

 「あんね、隆子もだけど私ももうすぐ70だよ。ずっと先延ばししてきたけど、そろそろ考えないと。いつ来るかなん分かんないんだし」

 逸子はどこかをみつめたまま語る。隆子は逸子の横顔をみるが、その先がどこかわからない。

 「何一人冷静なのよ、そんなの考えられるわけないじゃない」

 「大事なはなしだから、聞いて。おととし、母が死んだとき隆子に手伝ってもらって、お葬式みたいなのいやで、二人でお別れ会みたいにしたじゃない。あの時、母の棺を前にして隆子、ずっと横にいてくれて私もうとっても幸せだった。お骨拾うのも一緒にいてくれたし」

 隆子は逸子のくちびるを見つめる。

 「わたし、ひとり娘だから、母が亡くなって父からのってわたしが受け取ったのは知ってるでしょ。隆子とずっと暮らしてきて、これからもずっと暮らしたいけど……」

 「そんなの勝手に決めないでよ、だいいち逸子がいない先をどう納得しろっていうの、そんな仮のはなし、想像できないし、したくもないわ」

 「でも二人そろって誰かの前でこんな話、隆子絶対にできないでしょ。これはわたしが一人で決めないとどうしようもないことなの」

 「絶対いや、だめ、そんなの……」

 隆子はことばにつまる。エンドロールの音楽と映像はとっくに終わり、選択画面が次々に放映作品の紹介を流している。二人はそれ以上かたろうとしなかった。逸子の身体を押しのけ隆子はソファから立ち上がる。逸子はそれまで包まれていた隆子の体温からいきなりはがされソファに一人取り残される。さっきまで隆子の身体があった隙間をうめるようにいそいでソファの背に体をあずける。そこには体温がまだ残っていたが余計にそこにあった存在を愛しくさせるものだった。逸子はひざをかかえたまま画面に流れる映像をいくどとなくぼんやりみつめる。逸子はソファから立ちあがり冷気をかんじさせる廊下を通って寝室の扉をひらく。そしていつものすがたで寝入る隆子の横に潜り込む。常夜灯のわずかな灯りのもと隆子の寝顔をみつめる。まぶたの動き、頰の皺、かすかな寝息。やがてそのまま眠りにおちた。


 おわり


「死が二人を分かつまで」 最後まで読んでいただきありがとうございました。ご感想をお聞かせいただければ幸いです。

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